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遅咲き王子のお隣に  作者: 白澤 五月
第一章 つぼみ王子と没落令嬢
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2 没落令嬢でも負けません

「あら?あれは…まぁクレア嬢ではありませんか?」


私が必死にワインを並び終えると聞きたくなかった甲高い声が遠くから聞こえた。


(…やっぱり、いらしたのね)


「まぁ、本当に。……貧相な身なりをなさって、まったく気づきませんでしたわ」


「まぁ、そんなこと言ってはおかわいそうではありませんか?」


その声の正体は、華やかな姿をした上級貴族令嬢たちだった。

はじめにわざとらしく声をかけてきたのがデイジー。素材は絹であろうピンクの派手なフリルのついた特注のドレスを着ている。

オレンジ色で大きなダイヤがちりばめられた豪華なドレスを着たカルティアと濃い紫の生地に美しい刺繍が裾にあしらわれたドレスの女性がネスフィーネ。


彼女たちのような上級貴族がただの使用人に話しかけてきたこと、これこそが今宵私の気分が優れない理由の一つだった。


「……まぁ、ご令嬢方。お久しぶりでございます」


彼女たちのドレスより丈の短いワンピースを軽くつまんで女性の正式な挨拶をする。自分より身分が同等、もしくは上の人には

このように正式な礼をするべきというのが貴族社会では主流である。


しかしこのような作法など平民の女の子たちは知るはずもない。平民のはずなのに、私がこの作法を知っているのには深い訳があるのだった。

 ― ― ― ― ― ―


そう、私クレア・アステリアは元貴族令嬢である。


と、いっても貴族の中でも下級階級に位置するアステリア家は

たいした財産もなく、平民より少しだけ裕福だっただけ。


例えば、平民が食べる1食分のパンが1切れだったらアステリア家ではパンを1切れ半くらい。十分のような貴族にしては少ないような。しかしアステリア家では毎日その量が食べられるほどの

安定な生活ではなかったため平民と同じくらいの暮らしであったのは今も秘密である。


誰もが羨む『貴族』といってもピンきりがあるのがこれで分かるだろう。現在没落令嬢である私は母のあるつてをたどってお城の使用人として働いている。


昔は彼女たちのような貴族の令嬢だった私だが、アステリア家は父のギャンブル癖がいつまでたっても直らず、破産。母が密かに溜め込んだへそくりと家中の物を全て売ることでどうにか完済できたけれど、もちろん両親は離婚。


"あんな馬鹿知るか!"というのが母の意見。泣いてすがり許しを乞いていた父は捨てられ、弟と母の二人は母の実家で暮らしている。


私はといえば"クレアまで養うお金はありません!あなたはお城で働いてきてちょうだい!"と当時11歳ながら追い出されたのだ。そして私は毎月少しながらお金を二人に送っている。


あれから5年の月日がたち、私も使用人ライフに慣れてきた

今だからこそ言えることだが、私は貴族のように優雅な生活よりもこっちの忙しい生活の方が向いてるのかもしれない。


 ― ― ― ― ― ―


こちらに歩いてくる令嬢たちに近くに来るなー!と脳内で呪いをかけるが、もちろん私の顔はにこにこと微笑み続けている。これこそ、元令嬢の技"偽りの微笑み"である。


「お久しぶりね、クレア様。そんな貧相な格好でおかわいそうに……」


「本当に……元貴族令嬢だとは思えませんわね」


前もって用意してきたのであろう嫌みとじろじろとなめ回すような視線についつい偽りの笑顔がひきつる。


「そうだ、喉が渇いたわ……何かお飲み物はないのかしら……?」


すると突然、わざとらしくデイジーが喉の渇きを訴えた。まぁ、たくさんしゃべっていらしたものね私への嫌みをね…とは思っても言えないけれど。


「…私はもう使用人の身でありますのでなんなりと用を申し付け下さいませ。」


「…あらそう?ではそこの使用人、ワインをとってくださる?」


「…かしこまりました」


(あれ、これって…)


『喉が渇いたと訴えられてワインを手渡す』

ふと、去年の最後のパーティーでも似たようなやり取りがあったことを思いだした。とは言え、使用人の私が令嬢のお願いを断ることなどできない。先ほどテーブルに並べたばかりの美しい赤紫色のワインを手に取り、デイジーに丁寧に渡す。


すると……


「きゃっ、手が滑ったわー!」


ピシャッパリンッ。さっきまで優雅にグラスに収まっていた赤紫色が白と黒のメイド服に広がった。

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