1 プロローグ
「クレア、僕の妃になってくれますか」
春の爽やかな風が彼の美しい銀の髪をなびかせ、彩り鮮やかな花びらが宙を舞う。私の隣にはタキシードに身を包んだ美しく大人っぽい彼が片膝をついて優雅に手を差し出している。そんな彼の一途に見つめる視線に引き寄せられるように私はそっと手を重ねた。
「…はい、喜んで」
ゴーン、ゴーンと鐘が低く鳴り響き、周りからは祝福の拍手と歓声が聞こえる。そして彼と重なった唇は優しく、そして情熱的で心が温まっていく。私を見つめてくれる彼の瞳は昔から変わらず美しい海のような鮮やかな青色。込み上げる嬉しさと恥ずかしさに彼をぎゅっと抱き締めると彼の耳は真っ赤に染まった。先程までクールで余裕そうだったのにそうやって照れる彼もかわいくて、かっこよくて。今となれば私にとって一番の大切な人。
(…もう、一生離れてあげないんだからね)
ーーーこれから話すのは今より少し前のお話。
私、メイド兼没落令嬢と出来損ないの"つぼみ王子"と呼ばれた遅咲き王子の予想外のお話である。
⭐ ★ ⭐ ★ ⭐ ★ ⭐
きらびやかなドレスに鮮やかな宝石が輝き、若い令嬢たちの甲高い笑い声が響く。そして、まぶしいくらいの光がたくさんのシャンデリアから広間へ振りそそいでいた。
「はぁ…」
16歳の少女クレア・アステリアはバルコニーで一人小さなため息をついた。彼女は今宵、お城のメイドとして王城のパーティーの給仕をしていた。彼女の金銀糸のような美しく、珍しい金色の髪は夜風に揺られ、ライトグリーンの瞳は不安げに遠くを見つめていた。
我が国、レアリウス王国では月に一度、お城でパーティーが開かれる。現国王、スティーブ・ヴェルダー陛下によって開かれるこのパーティーは"貴族の心の癒し"とよばれ貴族社会から支持されているのだ。
それもそのはず、貴族たちが集まる広間のテーブルには高級な食材をふんだんに使った三ツ星レストランのシェフの皿が並び、グラスには平民が一年働いてやっと買えるであろうほど高価なワインがたっぷりと注がれている。
"これで癒しでないなら何というのか"平民の皆さん、ごもっともです。いくら私達平民が頑張って働いても得ることのできないくらいの贅沢である。そのため、パーティーの費用のためとは言わないが、毎年少しずつ税金が上がっている。それに加えて、私達使用人にとって毎月下旬に開かれるこのパーティーの準備は
忙しさの元凶でもある。
"現国王が国民に反乱を起こされないのは奇跡である"とこの前どこかのお偉いさんも言っていた。私もできるならこのパーティーに反対したい、と密かに思うクレアである。しかし今宵、一人ため息をつくのには別の理由があった。
「クレア、厨房からワインを広間のテーブルに運んで欲しいのだけど」
「!はい、今行きます」
(まだここに居たいのに…)
メイド長に呼ばれて返事をする。この白亜のバルコニーに後ろ髪を引かれる思いだが、仕事をサボる訳にはいかないから仕事に戻らなければいけない。下ろしていた長い金色の髪をすぐにサイドで1つに束ねると、お盆を片手に広間に戻る。
「……よしっ!」
私がレアリウス王国のお城で働きはじめて今年で5年。パーティーで見る貴族たちの自分勝手な振る舞いには慣れてきたが、今夜のパーティーには特に気を付けなければならなかった。今夜は貴族の中でも最上位に位置する上級貴族がお城に集まっているのだ。
上級貴族たちは貴族の中でもたちが悪く、口うるさい人がほとんどで身分を行使して私達使用人にパワハラをする者もいる。上級、中級、下級と3ヶ月に一回ずつパーティーに招待されるのだが、上級貴族が集まるこの最悪な日にはクレアをはじめ他の使用人たち誰もがストレスを溜める。
一方、おしゃれや恋愛に夢を抱いている私と同じくらいの年頃の少女たちは上級貴族令嬢たちが纏っている美しいドレスや宝石を見ることを楽しんでいる。
私たちメイドが身に付けている制服は令嬢たちが纏っている色とりどりのドレスとは対照的に白と黒の地味なワンピースである。制服にはお情け程度にレースやフリルがついているが、使用人の制服と貴族のお召し物では雲泥の差だ。そのため彼女たちはキラキラとした目で令嬢たちを羨望の眼差しで見つめているのだがクレアはまったく彼女たちの服飾に興味はなかった。
私は貴族の間を縫って厨房へ行き、美しい赤紫色のワインの注がれたグラスを何本か銀色のおぼんにのせた。
(…少し急がなくちゃ)
使用人の動きなど気に留める貴族など誰もいないのだが、私には見つかってはいけない人がこのパーティーには数人存在する。なるべく顔を下に向けて足早に貴族の間を通り抜ける。
私はこぼれないように且つ素早く白いテーブルクロスがかかった円上のテーブルにワインを並べた。急いで並べたわりにグラスのデザインも綺麗に見え、手に取りやすい位置においてある。
我ながら良い仕事!……とグラスを眺めていたのが悪かったのだろう。
「あら?あれは…まぁクレア嬢ではありませんか?」
(……見つかっちゃった)