事件解決
公園に到着した。
バス停からは坂道を上る格好になったので、二人はすっかり汗をかいていた。
広い敷地は、砂場や滑り台、ブランコといった遊具が完備している。しかし今は時が止まってしまったかのように、人っ子一人いなかった。
「ここへ来ると、昨夜のことを思い出して気分悪いわ」
多喜子は渋い顔をした。
公園の一角には平屋の小屋があった。沢渕はその建物に吸い寄せられていった。多喜子も後に続く。
カーテンが掛けられていないガラス窓からは、部屋の中が丸見えだった。折り畳み式の長机とパイプ椅子が並べられている。
沢渕はそのまま建物の裏に回った。
「ちょっと、どこ行くの?」
多喜子が追いついた時にはもう、沢渕はお目当ての物を見つけていた。
「これを探しに来たんだ」
何のことはない、彼の足下には雑誌や新聞、書類などが重ねてあった。おそらくまとめて捨てるつもりなのだろう。
「それがどうかしたの?」
多喜子が怪訝そうな表情を向けると、沢渕は何かをつまみ上げた。それはビニール紐の切れ端だった。
「夏祭りの準備をした実行委員たちが、一年前の書類やチラシをまとめて廃棄したのさ。それを誰かが紐解いて、中身を漁ったんだ」
「何のために?」
「いや、最初は特に目的があった訳ではないと思うよ。いたずら半分で紐を切った。すると、書類の間から焼き鳥の前売券が出てきたんだ。まだ繋がったままのA4サイズの紙1枚がね」
「どうしてそんなものが?」
「おそらく去年の試し刷りだったんだろう。一年間ずっとこの小屋に放置されていて、また今年の祭りの時期にようやくゴミとして外に出されたのさ」
「なるほど、それを持ち去った誰かが不正に利用したってこと?」
「こういう仕事は持ち回りで行われるから、今年の役員は前任者の仕事を機械的に引き継ぐことになる。つまり印刷するデータは、そのままパソコンに保存された、去年と同じものだったんだ」
「だけど、前売券の表面は同じ文字だとしても、裏面の有効期限は違ってくるわ。実際受け取った券を見たけど、確かに今年の日付だったわよ」
多喜子は不思議そうに言った。
「去年の試し刷りには、まだ裏に有効期限の判子が押してなかったと思うよ。あくまで試し刷りだからね。つまり裏は白紙だった筈だ」
「それじゃ、どうやって?」
「その判子はおそらくこの集会所に置いてある備品だと思う。汎用的な日付の判子だから、使い勝手がいいように、誰にでも分かる場所に常備してあるのさ」
多喜子は黙って聞いている。
「昨日、祭りの際、この集会所は準備のために鍵が開いていたよね?」
「ええ」
「さらに言うと、準備にかこつければ、誰だって自由に中に入ることができた訳だ」
「つまり誰かが堂々と中に入って判子を持ち出した、ってこと?」
「そうだね。人目につかない場所へ行って、用紙を切り取る前に40回判子を押した。それからハサミを入れて、仲間に配ったんだよ」
「ああ、40枚っていうのはA4用紙に印刷できる数だったのね」
「そう、町内会では普通、家庭用のプリンターを使ってA4サイズの印刷をすることになる。前売券の大きさから、その数を計算してみたんだ」
「そうそう、昨日電話で中学生がどうとか、言ってたけど?」
「それは僕の勘さ。こんな公園の集会所の裏側にたむろするのは、近所の小学生か中学生ぐらいしかいない。そしてこういう悪事を思いついて、実際行動に移すのは中学生じゃないかと推測したまでさ」
「なるほど」
多喜子は目を輝かせた。
「おそらく主犯は準備が整うと、仲間たちに焼き鳥券を分配して、祭りの始まったばかりの頃に交換しに行くよう指示したと思う。なぜなら、正規のお客が来てからでは、焼き鳥がなくなってしまうことを知っていたからだ」
「あの子たち、絶対に許さないんだから」
多喜子が拳を握りしめた。
「しかし祭りの実行委員会も管理体制に問題ありだね。去年と同じ文書を使うにしても、せめて紙の色を変えるか、大きさを変えるかしないと、こういうズルい輩が出てくる」
「でも、今更犯人は特定できないわよね」
多喜子は残念そうに言った。
「いや、そうでもないさ。この集会所に張り紙を出すんだ。
先日の盆踊り大会では、焼き鳥の前売券で不正をした者が多数おり、使用した券を警察に提出済みです。指紋採取の上、前科者として記録が残りますので、この先の進学、就職が不利になると思われます。
ただし正直に名乗り出て、正規の料金を支払うのであれば、その人物は反省していると見なし、警察への被害届は取り下げます。同時に指紋などの記録は消してもらいます、ってね」
「ああ、それはいいかも。それにしても腹が立つわ。夏祭りなんて、今後絶対参加しないんだから」
多喜子の鼻息は荒かった。
集会所の陰から出ると、公園の砂場で遊んでいる幼児がいた。近くで若い母親が見守っている。
「あっ、ヤキトリのお姉ちゃんだ」
幼児が転びそうな勢いで駆け出した。そして多喜子の足に自分の腕を絡ませた。
呆気にとられていると、
「昨日は大変でしたね。でも気を悪くしないでくださいね。うちの主人、焼き鳥だけはいつもおいしいって言ってるのですよ。また来年もお願いしますね」
母親は息子を引き剥がして言った。
「ヤキトリ、おいしかったよ」
多喜子はしゃがんで幼児の目線になって、
「ありがとう。そう言ってくれると、お姉ちゃん、嬉しい」
9月になって、2学期が始まった。
その日の朝、友人が身体を弾ませるようにやって来た。
「沢渕くん、うちの団地もまだまだ捨てたものじゃないわ。不正をした中学生は全員、申し出たらしいの。それを聞いて、私、来年も夏祭りに参加することにしたわ」
佐々峰多喜子は満面の笑みを浮かべていた。
完