1-08 本当の魔力
渓谷の断崖に口を開けた穴、これこそ『迷宮』の入口の可能性が高い。
穴は最近開いたもののようで、その下には崩れた岩がゴロゴロと落ちている。
ノエルは迷宮ごとつぶしてくれてもいいって言っていたが、あの中にどれだけの魔物がいるやら。
急に周囲の空気が冷えるような気がしてくる。
まずは慌てて突入せずに観察してみよう。
苦労して渓谷の反対側の断崖の上に登ると、潅木の中に身を潜めて監視することにする。
しばらくすると下流方向からゴブリン二体がやってくる。
そのまま見ていると、やつらはグギャグギャわめきながら穴に入っていく。
やがて声が遠ざかり聞こえなくなる。おそらく穴は奥深くに伸びているんだろう。
さて、どうすべきか。迷宮の入口らしき場所を見つけたが、今は迷宮に入る準備が出来てない。
偵察するにも松明の用意すらない。
まずはいったん森に戻るべきだな。
ここは思ったよりも森からは遠くない。森の転送門から数時間で来れるだろう。
途中、渓谷で赤茶けた岩を拾いながら、昨日作った森の拠点に帰る。
拠点というか、単なる横穴に戻った時には夕暮れが迫っていた。
「あはは、おもしろい家~」
メルンには公園の遊具みたいなもんだろう。
横穴に出たり入ったり、扉というか蓋をしてみたりを繰り返している。
さて時間もないので、さっさと晩飯の準備を始めよう。
晩飯は昼間捕った魚とエビだな。ちょい形が小さいものが多いから鍋にしたいな。
俺は漬物石サイズの石を拾い上げると、粘土化をする。
柔らかくなった石を捏ねて鍋のような形状に変形すると、元通り石化して石鍋の完成だ。
ふぅ~、もう慣れたもんでサクサクとできるな。
鍋の材料は、小魚、エビ、森で取ったノビルのような山菜、キノコ、それに山芋モドキだ。
臭み取りにノビルモドキは多めに入れておこう。
魚のワタは大雑把に取り、エビと一緒に最初に少しだけ空焼きするように焼く。生臭みを少しでもとりたいからな。
塩は貴重品のようなんだが少し分けて貰ったものを大事に使う。これもどこかで手に入れたい。
鍋に水を注いで、皮を剥いた芋を投入、芋に火が通ったらキノコ、ノビルの順に入れて少し煮込めば完成だ。
やがてグツグツいう鍋からおいしそうな匂いが漂ってくる。メルンも横穴から匂いに誘われて出てきた。
「クンクン……、いい~におい~、おいしそ~」
「うーん、これはエビとキノコがいい仕事してそうだ」
竹のお玉と箸で、竹のお椀に取り分けると、さっそくいただく事にする。
「ふぉふぉふぉ、あふぃあふぃ、けどおいし~」
「うん!うまい、あったまるな」
ノビルが正解でまったく生臭みは感じないな。煮込む事でネギの仲間特有の甘みも出てきている。
キノコやエビの出汁も良く出ているし、限られた材料では上々の出来だ。
多めに作ったつもりだったが、二人でガツガツ食べて完食する。
「ごちそ~さま~、おいしかった~」
「おそまつさま。最高にうまかった」
二人とも満腹だ。焚き火の前に横になりたくなるが、これからやらなくてはならんことがある。
だが、その前にメルンは集落に帰さないとな。
「メル、今夜はもう家に帰らないと」
「え~。穴のおうちで寝る~」
いやいや横穴は狭いし、長老も心配するだろう。よし、ここは……。
「メル、君には大事な使命がある」
メルをビシッと指差し、芝居がかった口調で告げる。
「本日発見した迷宮の場所を本部に報告せよ!これは重大な任務だ。できるか?」
「にんむ?できる~」
「よし、よく言った!では、さっそく長老へ報告に行きたまえ!」
「あいあい~」
メルはピョンピョンと飛び跳ねるように転移門に向かっていった。
ふう、これでメルの安全と俺の時間が確保できた。明日の探索の準備を始めよう。
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まず、考えるべきは武器だ。現状、石槍、石斧、石ハンマー、石ナイフの石シリーズがあるが、攻撃力的に心もとない。
屋外で戦うなら石槍でも十分だが、狭い場所や片手がふさがっている場合に鉄製の武器が欲しい。
ここで出番になるのが渓谷で拾ってきた赤茶けた石である。赤茶けた色は鉄の錆びた色、おそらくこれは鉄鉱石だろう。
実際に石ハンマーで割ってみると錆びていない内部からは黒い部分が出てくる。これは間違いなかろう。
だが問題がある。製鉄はかなり時間がかかる作業だ。炉は粘土で造れるとして、空気を送るふいご、そして炭が大量にいる。
炭は熱源としての意味だけでなく、鉄鉱石の酸化鉄を還元作用で鉄に戻すために必須なのだ。
ただ、俺にはクラフトというチート能力がある。スキルの効果でなんとかできるのと期待しているのだ。
まず炭を作るべきだろう。薪の中でもかなり太い枝を両手で握り、魔力循環と共に『加熱』を意識する。
ポイントは燃えるのではなく『加熱』、酸素がない状態での蒸し焼きをイメージだ。すると薪はみるみるうちに赤熱を始める。
「うう。これは熱い」
スキルのせいか、薪を握る手は火傷しない。しかし間近で薪が真っ赤に熱せられているんだ。熱くないわけがない。
「うううう、ダメだ!これはたまらん」
薪を一本だけ黒焦げにしたところでギブアップだ。もっと方法を考えなければ。
そもそも魔力循環が問題なんだ。
魔力を循環させることで効果が上がるのはいいんだが、今回みたいにループさせるような形状をとるのは難しい場合もあるぞ。
第一にメルはそんな事をしないでも魔法を使っているし。
そもそも魔力とはなんだ。心臓で作られるのか?現代人の俺の認識では、心臓は血液を循環させるためのポンプなんだけどな。
まてよ、本当にそうなのかもしれないぞ。心臓から流れる魔力は確かにある。それは実感しているが、心臓で作られているとは限らないだろう。
心臓は魔力においてもポンプの役割でしかないのかも。
では、魔力の発生源はどこだ。ここで、ふと気づく。
もしかして地球でのいわゆる『気』の力とか関係あるんじゃないかと。
現代社会では胡散臭いものと思われる『気』であるが、もしかして人間の体内を循環する力と言う点で異世界の魔力と親和性を感じる。
『気』といえばヨガの丹田、チャクラなどのフレーズが思い出される。
『気』は臍の下にある丹田から産まれるんだっけ。チャクラも似たようなもんで輪のイメージだったはず。
ふむ、ならば試してみるしかないだろう。東洋の神秘パワーみせてやるぜ。
俺はまず座禅を組み、臍の下にあるという丹田に意識を集中する。
そのまま目を閉じ、心を落ち着け無我の心境になるべく雑念を振り払う。
夜の森は静かで焚火のパチパチという音しか聞こえてこない。やがて、俺はゆっくりと瞑想状態に入っていく。
わかるぞ、たしかに暖かい何かが、そこには確かに存在している。
その何かを轆轤のようにその場で回転させる。そうだ、チャクラを回すんだ。
丹田でチャクラが回る。そのイメージと共に爆発的な力が体内で螺旋を描きつつ、心臓へと流れ込むのを感じた。
その瞬間、全身を駆け巡る力を感じる。今までとは桁が違う魔力が満ちている。
「おおおっ!回るチャクラが魔力を呼び起こしたのか」
いける!確信した俺は地面に手をつき、周囲に土壁を作り出すべく魔力を込める。
そう、転移初日に失敗して気絶したあれである。
ゴゴゴゴゴ!地面から盛り上がる土はどんどんその高さを上げていく。
それは、やがて厚みを均一に変えて垂直にそそり立つ壁に変化する。
「これが本物の魔力なのか」
今なら理解できる。俺が今まで発動していた魔法はまがい物だった。
本物の魔力を生み出すことなく、体内を流れる生命維持の魔力をポンプで無理に回していただけ。
今なら土魔法も片手で発動できるだろう。
ステータスを確認するとMPが十倍近く増えている。これならできる事はかなりあるはずだ。
俺は斜面側から横に土の屋根を伸ばして、さっき作った壁と結合する。
屋根の端の部分はさらに魔力をこめてしっかりと『結合』しておく。
これで横穴に住む原始人から、土壁の家に住む古代人ぐらいには進化できたぞ。
家から少し離れた斜面に穴を掘る。今なら手作業で掘らずとも魔法であっという間に完成である。
穴の奥の上から煙突を掘り、全体を固定する。大雑把だが炭を焼く登り窯である。
窯に集めてあった倒木の中で太目のものを大量に放りこむ。
そして入口にはわずかな隙間を残して粘土で塞ぎ、隙間に手を当て魔力で『加熱』する。
やがて煙突部分から熱気が吹き出す。酸素をできるだけ遮断しているのでそれほど炎は出ていない。
乱暴だが、短時間で炭を作るため一気に高温にしている。品質にこだわらなければ、何とか成るだろう。
炭が焼ける間に製鉄用の炉を造ってしまおう。粘土をドラム缶のように円筒状に積み上げる。
これは1回限りの使い捨ての炉なので外見はどうでもいい。どうせ溶けた鉄を取り出すときには壊すからだ。内側だけはできるだけ滑らかに整形する。
炉にはふいごで空気を送るために横穴を開けてやる。そこにはやはり粘土で作成した送風管をつなぐ。
ふいごを何で作るべきが悩むが、空気入れのようなポンプ式のものをを粘土、竹、木材、麻布などを利用して作成する。
主原料である鉄鉱石は、拾ってきた石を積み上げ『分解』する。細かく粉砕したイメージで期待通りに『分解』された。
砕けた欠片は、石の表面側こそ赤茶けていたが、内部は黒々して品質は悪くなさそうだ。
「まさか本当にブッシュクラフトで製鉄をやる事になるとはな……」
静かな闇夜に登り窯から火の粉が吹き上がる。それを横目に見ながら心は躍っていた。
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名前 : 鬼界 冬馬
種族 : 人族
状態 : 正常
Lv2
HP : 230 / 230 ( 200+30)
MP : 1940 / 2015 (2000+15)
スキル
言語理解 Lv3
環境適応 Lv2
身体強化 Lv1
槍術 Lv1
魔力操作 Lv2
土魔法 Lv2
工作 LV1
継承スキル
クラフト
神粘土 Lv2
加工 Lv2
分析 Lv1
変形 Lv2
加熱 Lv1
倉庫 Lv1
植物知識 Lv1
生物知識 Lv1
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