3-29 決着
金ピカのミスリル鎧に身を包んだ総督が目の前で溺れている。
「ブワッ、ガボッ、ガハッ! だ、だれか! 助けろ! ガハッ!」
私掠船の甲板の兵士はすでに、武器を放棄して降伏の意思を示している。
その一方で、誰も総督を助けようとはしない。
海に落ちた他の兵士にはロープを投げている者もいるのにだ。
総督自身の人望のなさが伺えるな。
総督は船にへばりつくように必死にもがいているが、いくらミスリル鎧が軽くとも浮いてはいられない。
「ガハッ、ゴブッ、ゴボボボ……」
やがて総督は水中へを沈んでいく。
奴のしたことを思えば自業自得であるが、ここで俺達だけで裁いていいような悪党じゃない。
もっと総督を裁く権利を持つ人達に引き渡さねばいけない。
しかたなく、キュキュルに頼んで持ち上げてもらうことにする。
「キュキュル、あいつを持ち上げてくれ」
「キュゥゥゥ~」
やや不満げではあったが、キュキュルは水に潜った。
すぐに総督を頭に乗せたキュキュル浮かび上がり、意識のない総督をコルサド号へ運んでくる。
「この男が皆を苦しめた……」
エルフの二人は憎々しげに総督を見つめている。
ノエルは油断なく私掠船にバレットライフルを向けたままだ。
しかたなく俺とシアで意識のない総督をコルサド号に引き上げる。
俺がロープで総督を拘束するかたわらで、シアが私掠船へ声を掛ける。
「漕ぎ手のみんなー、もう自由になれますモー。甲板に出てきても大丈夫ですモー」
シアの声に答えたのか、大勢の男達が船倉から上がってくる。
彼らの大半は粗末な服を着ており、手枷や足枷を着けた漕ぎ手らしき者が多い。
一方、まともな服を着た兵士らしき男達もいるが、彼らの多くは暴行を受けた様子で後ろ手に拘束されている。
どうやら、俺達の攻撃に呼応して船内でも反乱が発生したのか。
通りで総督が船内に逃げ込まないはずだ。
シアが漕ぎ手達に手を振ると、彼らは笑顔を浮かべて振り返して来た。
シアを指さして、ザワザワしている奴らもいるな。どうやら同じ牛角族のようだ。
そして、彼らは甲板上の負傷した兵士達を拘束し始めた。
「これで終わったな」
「そうだね。ダンド達が向かってくるのを待とうか」
ノエルがバレットライフルを構えるのを止めて答える。
「これで皆救われたんですね。ありがとう、トーマさん」
「「ありがとうございます」」
「いや、俺に礼を言うことじゃないよ。皆の勝利だよ」
アーヤとエルフのミリシア、カローナの二人がお礼を言ってくる。
「でも、トーマさんの力がなければ――」
「それはお互い様だな。皆の力がうまく噛み合った結果だよ」
「そうだね。皆が頑張った結果だとボクも思うよ」
「メルもがんばった~」
「ですモ」
「キュッキュキュ~」
皆でお互いの健闘を称え合って笑顔になる。
「後はダンド達が交易船を奪って、こっちに来るのを待つだけだ。交易船の兵士は少ないから問題ないはずだよ」
「じゃあ、メルはキュキュルと迎えに行ってくる~」
「キュキュ~」
メルはキュキュルに乗ると港に向かっていく。
白波を蹴立て、時折ジャンプまでしながら進んでいくメルとキュキュルの姿は、戦いが終わったことを実感させてくれた。
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その後、交易船で駆けつけたダンド達ドワーフの手で総督は連行された。
溺れて意識のなかった総督だが、目覚めた途端にドワーフ達にフルボッコにされて再び気絶した。
死なせてしまうと今後の帝国との交渉に差し障りがあるので、今は簀巻きにされて投獄されている。
帝国軍の兵士もすべて捕虜となり、一方で軍船や私掠船の漕ぎ手達は解放された。
漕ぎ手達も同じ帝国の被害者同士ということで歓待されている。
結局、軍船は浸水で傾き、沈みかけたまま回復しなかった。
そのまま港内で沈まれると困るので、他の二隻とキュキュルで浅瀬まで運んで座礁させた。
今は皆忙しくて放置するしかないが、いずれは修復して活用したいそうだ。
私掠船は、俺の破壊工作で浸水していたが、戦闘終了後に修復しておいたので沈没は免れている。
その扱いだが、相談の結果、戦闘の損傷を修復後にノーム族に譲られることになっている。
共闘してくれたノーム族に対する戦利品の分配みたいなものだ。
とはいっても、実際にはノーム族とアーヤ達コルニア村との共同管理とする予定だ。
最初、アーヤはコルニア村からは自分一人だけしか参加していないと遠慮していた。
しかしノーム族だけでは運用できる人材が全然足りないので、コルニア村の人間達と共同管理することになった訳だ。
残る交易船は元々帝国の船ではなく、私掠船によって強制的に徴発されていた船だったので、本来の船主である商人に返還された。
商人は非常に感謝していて、今後は島の南側のコルニア村と秘密裏に交易をしてくれることになった。これでコルニア村とノーム族の里の物資不足も解消されるだろう。
それに加えて、エルフ達や強制徴募された漕ぎ手のように無理やり連れてこられた人達も、順番に大陸側へ送り届けてくれる約束になっている。
ドワーフ達は奪還した砦を修復して、再び侵略してくるかもしれない帝国への守りを固めている。
同時に占領下で放置されていた迷宮の間引きをしなければ、迷宮の氾濫の危険もあるということで非常に忙しいようだ。
ダンド達戦士ドワーフは、数チームに別れた戦士達を指揮して迷宮に潜っている。
メルの両親を含むノーム達もしばらくは鉱山都市の復興に協力するそうだ。
もちろん、ノエルも参加するし、役に立つかはわからんがメルも加わる。
メルは両親もいるわけだから当然とも言えるが、キュキュルと遊んでいる未来しか想像できないな。
そんなわけでアーヤも一人で村に帰還する訳に行かず困っているかと思いきや、積極的に復興に協力している。
島の種族全体での発展と調和に協力したいとのことで、献身的に活動している。
そんなアーヤの姿を見てエルフ達も復興に協力してくれている。中には、いずれアーヤの帰るコルニア村に移住したいというエルフもいるそうだ。
実はシアもそんな移住希望組の一人である。元々、家族を失って一人だった彼女であるから、気の合うアーヤのいる村に移住するのもいいだろう。
さて、俺はといえば、壊れた鉱山都市内の施設の修復に駆り出されている。
港周辺施設の修復は早急な交易再開のためには必須だし、反乱時に壊れた建物についても優先度の高いものは修復を手伝っている。
基礎工事や壁の修復など、クラフトスキル本来の用途として実力を遺憾なく発揮している。
今回の戦いを経て、さらに力を増したクラフトスキルはかなり長時間使い続けられるため、あっちこっちの現場に引っ張り回されている。
忙しいには違いないが、日本での労働とは違いブラックという気分にはならない。
皆に認められ、感謝され、充実感と達成感のある仕事と仲間達。
突然この世界にやってきて戸惑うことも多かったけれど、この力と仲間を得た事には感謝したい。
今日も輝く朝日の下で大きく伸びをしてから、仲間達に声を掛ける。
「さあ、今日は何を作ろうか!」
ご愛読ありがとうございました。
約3ヶ月半の初連載でしたが、多くの皆様に読んでいただき感無量です。
本編はこれにて一旦完結となります。
最後があっさりなので、閑話や後日談的なものをいずれ投稿したいと思っています。
また若干回収しきれていない伏線などもあるので、もしかしたら第2部〇〇編や外伝などで続きを書くかもしれません。
ただ、今はまったく書き溜めもないので時間はかかってしまうと思います。
今回は初連載ということで、ずいぶんと迷いながらの連載でした。
また、複数の方から誤字報告をたくさんいただきました。わざわざ時間を割いて報告していただいたことに感謝しています。
文章やストーリーも未熟ゆえにお見苦しい点も多くあったと思います。
その辺も含めて、最後に評価をいただけたらありがたいです。
では、あらためて、拙作をお読みいただき、ありがとうございました。