3-26 水上の戦い7
俺達が開けた穴からの浸水で、帝国の軍船は傾いている。甲板上に固定された弩砲は射角が取れず使用不能だ。
それどころか、甲板上の兵士には傾いた状態でバランスを取れずに四つん這いになっている者までいる始末だ。
そして、すでに準備していたのだろう。岸壁の方角からドワーフ達の乗り込んだボート群が向かってくる。
先頭集団の三艘は、ボートの先頭でミスリル製と思われる盾を構えながら進んできている。
盾を構えるドワーフ、二人のドワーフの漕ぎ手、バレットランチャーを構えたノームの四人混成パーティだ。
「あ~! 父様だ~」
どうやら一番先頭のボートにはメルの父親、トールさんが乗っているらしい。
「ワシらも突撃じゃ!」
「メルもがんばる~」
ここが攻め時と、ダンドが檄を飛ばし、メルが答える。
港側からドワーフ達が攻め、その反対側から俺達が攻める形だ。
軍船の弓兵は主に港側に配置されていたようで、こちらには少ない。
攻め寄せるドワーフ達に向かって、軍船の兵士達が弓を射ているようだが盾が矢を弾き飛ばしてくれている。
しかも軍船側の弓兵は傾いた甲板からの立射でバランスが取れず、狙いがうまく取れないようだ。
「「「石爆!」」」
先頭集団のボートに乗ったノーム達がバレットランチャーで反撃しながら近付こうとしている。
「ぐぁっ」
石弾に撃たれた兵士が傾いた甲板上を次々と転がる。
「発射!」
俺達も負けてはいられない。ノエルと俺もバレットライフルとバレットガンで攻撃する。
「うおぉぉぉ! これでもくらえ!」
「石爆~」
ダンドはシーサーペント戦で使った石槍を投擲しているし、メルは投げた石を土魔法で加速する例の技で攻撃している。
怒涛の攻撃に、軍船の弓兵達は次々と傷つき倒れていく。
「帝国兵たちよ、一時船内に退避! 排水と船の修復を優先せよ!」
指揮官らしき声が響き、兵士達が船内へと逃げていく。
船は両側から攻められ、傾いた足場でロクな反撃もできない状況では戦えないと判断したのだろう。
船内に籠城して、修復してから反撃するつもりだろうが、そんな余裕は与えないぞ。
やがて、ボートで近づいてきたドワーフ達が次々と軍船に取り付いた。フックの付いたロープを船体に引っ掛けて登ってくる。
ずんぐりむっくりの体型からは想像できないが意外に身軽だ。水上の戦いということで、適正のある者を選抜したのかもしれない。
俺達の船ではダンドが軍船の帆柱にフックを引っ掛けた。コルサド号からならば、こちら側に傾いているおかげで移乗しやすい。
「よし、ワシは行くぞ!」
「ダンドと俺だけが乗り込む! 皆、船を守っていてくれ」
「メルも行く~」
「ダメだ。乱戦になるかもしれない。ここから援護してくれ」
「え~」
「わかりました。トーマさん気をつけて」
「残る皆さんはウチが守りますモ」
「ボクがしっかりと援護するよ」
「「お気をつけて」」
メルは不満タラタラだが、さすがに危険すぎる。
残る皆に船を任せ、俺とダンドは軍船に乗り移った。
軍船は斜めに傾いているため、非常に歩きにくい。
こんな不安定な足場の上で戦いたくはないが、条件は相手も同じだ。
どうやら甲板上に生きている兵士はいない。死者以外はすべて船内に退避したようだ。
船内への侵入路は甲板中央のハッチ、船首楼や船尾楼の扉が目につくが、どこも開いているところはない。
当然すべての入口の向こうにはバリケードが組まれ、兵士が待ち伏せているのは間違いないだろう。
ボートからもドワーフとノーム達が続々と乗り込んできたので、甲板上には数十人の仲間がいる。
正攻法で攻めることも不可能ではないが、軍船の大きさから考えて敵兵も同等以上、悪くすれば百人近い可能性がある
そしてグズグズしていていられない理由もある。
敵の私掠船が転回して、再びこちらに向かって来ているのだ。
コルサド号の仲間だけでは危険だし、この甲板で迎えうっていたら、今度は俺達が船の内外とで挟み撃ちになるかもしれない。
俺は甲板に膝立ちになって魔力循環を始める。神粘土スキルで粘土化するためだが、対象が木製の甲板のため難易度も高いのだ。
やがて、十分に魔力が循環を始めたところで、神粘土スキルを発動する。
グゥゥゥン。次の瞬間、甲板に円を描くように魔力の波紋が流れる。
そして波紋が消えた後、甲板には粘土化した部分が円形の巨大な輪になっている。
試しに指で突いてみると、ズズッとめり込む。
「ダンド、この輪の線上をハンマーで貫いてくれ!」
「任せろトーマよ! 野郎ども、輪の周りを囲め! 一気にぶち抜くぞ!」
「「「おおぅ!」」」
ダンドの呼びかけにドワーフ達が集まる。彼らは得物のウォーハンマーの尖った方を頭上に構える。
「どうりゃぁぁぁ!」
「「「おおおぉぉぉ!」」」
ダンドの叫びに同調したドワーフ達は、全力でウォーハンマーの切っ先を振り下ろす。
ドドドガァァッ! 円形の輪に沿ってくり抜かれた甲板は支えを失って、甲板下の船内へと落下する。
「な、なにぃっ!」
「甲板を打ち抜きやがっただと!」
甲板下の船倉らしき場所には兵士達がたむろしていたようだ。
そこにすかさず、ノーム達のバレットランチャーが撃ち込まれる。
「ぐぁっ!」
「ぎゃぁ!」
「ダメだ! 逃げろ!」
数人の兵士達が倒れると、残りの兵士は逃げ出していった。負傷兵も置き去りだ。
「よし! 野郎ども、突入するぞ」
「待ってくれ、ダンド。高さがありすぎだし、甲板に戻れないぞ」
甲板の穴から船内に飛び降りるには少し高さがあるので、クラフト倉庫から抜け穴を掘った時に出た土や岩を落として小山を作る。
これで怪我せずに降りることができるし、いざというときには土砂を登って抜け出せる。
「うむ、これなら良い。船内の戦いはワシらに任せよ。トーマ」
「俺も参加するぞ。ダンド」
「いや、おヌシの力は他の者では代わることできんものじゃ。乱戦に飛び込むよりも、この場所で戦場全体を見てくれた方がよい」
「わかった。……それなら頼みたいことがあるんだ」
「なんじゃ?」
「船内にはシア同様に強制徴募された漕ぎ手が乗っているはずだ。彼らを巻き込まないように気をつけて欲しい」
軍船は帆と櫂を推進力とする大型のガレー船だ。当然、船内には大勢の漕ぎ手がいるし、彼らの多くはシアのような奴隷に近い状態だろう。
ドワーフ達が帝国兵と漕ぎ手を一緒くたに攻撃しないで欲しい。
「なるほどな。この船を一息に沈めないように力を加減していたのも、それが理由じゃな」
「知ってたのか」
破壊工作時に船が沈むような大穴を開けると、潜水服姿の俺が見つかってフルボッコにされてしまうとかを気にしたわけじゃないぞ。まあ、少しはそれも頭にあったけど……。
「わからいでか。木材と岩盤の違いはあれ、あれだけの穴を掘る力を持っておるのに船に開けた穴は小さすぎるわい」
「すまんな。俺のわがままで……」
「気にするな。彼らとて帝国に苦しめられた者同士。儂らの都合で死なせるのは道理が通らん」
「ああ、そうだよな」
俺達は負ける訳にはいかないが、目的のためには大勢を犠牲にしてもいいってのは違うよな。