3-25 水上の戦い6
帝国の軍船へと突撃するコルサド号の前に私掠船が立ちふさがった。
体当たり攻撃を受ければ、こちらが負けるだろう。簡単に沈むことはないだろうが、軍船への攻撃ができなくなった時点でこちらの負けだ。
「ノエル! 敵の指揮官は見えるか?」
「ああ、見えるよ! 敵船にすごい金ピカの鎧を着た偉そうなオッサンがいる!」
「なんじゃと! まさかミスリル製か! そいつはたぶん総督じゃ! 必死に作らされたミスリルが、あんな俗物に使われるとは――」
帝国が無理に作らせていた貴重なミスリルを贅沢に使用しているなら、総督クラスの重要人物に間違いないだろう。
「今はそんなこと言ってる場合ではないよ、ダンド! ミスリルはボクのバレットライフルで撃ち抜けると思う?」
「無理じゃ! 弩砲でも撃ち抜けんぞ!」
「かまわない、ノエル。バレットライフルをぶちかましてやれ! アーヤは風魔法で帆を押してくれ。こっちは更に加速するんだ」
こうなったらチキンレースだ。こっちの覚悟を見せてやる。
「任せて。たとえ撃ち抜けなくても急所に当てて脅かせてみせるよ」
「はい。シアさん、舵は任せます」
「わかりましたモ!」
エルフ二人にアーヤも参加して風魔法を発動している。船はさらに速度を増した。
「発射!」
狙いを定めたノエルがバレットライフルを撃つ。弓の射程より遠い位置から放たれた弾丸は金ピカ鎧の近くで弾けた。
「おしい~」
メルが残念そうにつぶやくが、当のノエルは黙ったまま、次弾の狙いを定めている。
敵船の金ピカ鎧は慌てたように右往左往している。この状況で当たるか?
「発射!」
冷静な声でノエルの呪句が唱えられると、再びバレットライフルから弾丸が発射される。
今度こそ弾丸が金ピカ鎧を捉えると、その胸に突き刺さる。
残念ながら弾丸は鎧を貫けなかったが、金ピカ鎧は派手に転倒したようだ。周囲の人間が助け起こしているのが見える。
「発射!」
立ち上がった金ピカ鎧に、さらに続けてノエルのバレットライフルから弾丸が撃ち込まれる。
そして立ち上がったばかりの金ピカ鎧は再び転倒した。
いいぞ。たっぷりと脅かしてやれ。
「よ~し、メルもやるよ~」
メルはそう宣言をすると、用意してあった煙幕団子を私掠船に向けて投げた。
だが、ここからでは届かないだろう。
「石爆~」
なんと、メルは投げた煙幕団子が魔法の有効範囲ギリギリまで飛んだところで土魔法を発動する。
煙幕団子は石爆の魔法で加速されて敵の私掠船まで届いた。
今まさに弓で反撃しようとしていた敵の弓兵は煙幕で大混乱だ。
メルは次々と煙幕団子を投げて、離れた空中で土魔法を発動する。
中には石爆の衝撃を受けた時点で破裂する団子もあるが、それが逆にいい感じの目くらましになっている。
だが、敵の弓兵達すべてが混乱しているわけではない。
ガン! ガン! 竹束に火矢が突き刺さる。
「消火はワシに任せよ!」
ダンドが備え付けてある水樽から水をかける。水魔法が使える人間に余裕はない。
俺もすでにバレットガンを撃ちまくっている。
もう敵船とは目と鼻の先の距離だ。
敵船では大樽の影に隠れた金ピカ鎧が騒いでいるのまで見えた。
このまま進めば、正面衝突コース。
だが、ここで敵船は右に舵を切った。たぶんビビった金ピカ鎧の総督が避けるように指示したんだろう。
「シア! こちらも面舵だ! 右方向に舵を切れ!」
「わかりましたモ!」
船と船の舷側がぶつかりそうな勢いですれ違う。
お互いの船の左舷側に相手をみるが、私掠船側からは大樽の影に隠れた金ピカ鎧の総督がこちらを憎々しげに睨みつけていた。
しかも急速転舵によって、私掠船側は多くの兵士がバランスを崩している。
この好機に、俺は追撃の弾丸を打ち込もうと竹束の影から身を乗り出す。
だが、そこに兵士の矢が飛んできた。
ガン!、ガン!、ザシュッ! 「ぐあっ!」
飛んできた矢の一本が、俺の左の肩をかすめた。たまらず、その場に倒れ込む。
「「「トーマ!」」」
「「「トーマさん!」」」
「大丈夫! かすり傷だ」
かけよろうする仲間を止める。私掠船とはすれ違って離れていくが、まだ作戦は途中だ。
くそっ! 左肩が痛む。
俺の手で総督に一矢報いたかったが、逆にこっちが一矢報われた始末だ。
自分で治癒魔法をかけながら反省する。
帝国兵だって優秀なやつはいるだろう。ちょっと油断していたかもしれない。
だが、私掠船をかわしたコルサド号の正面には帝国の軍船がある。
ここまでくれば、軍船の喫水線上に仕込んだ弱点を狙えるはず。
俺はバレットライフルを構えるノエルの脇に陣取り、神粘土スキルで弱体化した船体の位置を指し示す。
「ノエル、見えるか? 舷側の喫水線近くに覗くピンク色の貝殻が」
「ああ、見えるよ。 三箇所あるみたいだね」
「そうだ。バレットライフルの威力なら撃ち抜けるように細工済みだ。すべてを撃ち抜いてくれ」
「わかった。ボクに任せておくれ」
ノエルはバレットライフルを構えて集中する。いつもより時間をかけて土魔法の魔力も練っているようだ。
「発射!」
ノエルの呪句が唱えられると、バレットライフルから弾丸が発射される。
今度の弾丸は強力な魔物にも通用するべく生みだされた徹甲弾。鋼鉄の鏃を鉛で包んだ金属弾は軍船の舷側を貫いた。
「発射!」
更にノエルは次々と徹甲弾を撃って、残る二箇所も貫いていく。
何発かは的を外したようだが、この状況では凄い命中精度だ。
「やったか!」
俺の目には、確かに撃ち抜いたように見えた。
「ん~、なんにもおきないよ~」
メルが言う通り、舷側に弾が抜けた穴が空いたように見えるが遠くではっきりしない。
ダメか? もっと強力な攻撃で大穴でも開けなければ無理なのか。
ガン! ガン! 軍船の兵士達が弓を射ってきた。再び、竹束に火矢が突き刺さる。
慌ててダンドが水をかけている。
「軍船が向きを変え始めているぞ!」
ダンドが警告するように、軍船は向きを変え始めている。これは強力な弩砲をこの船に向けようとしているのだろう。
まずい。竹束でなんとか敵兵の弓は防いでいるが、弩砲相手では持ちこたえられない。
ズッ、ズズッ、ドドッ、ドドドッ、ドドドドド――
その時、軍船の舷側に空いた小さな弾痕の周辺が崩れ始める。
方向転換による水圧で穴の周囲が崩れ始めたのか。
軍船でも異常に気づいたのか、兵士達が慌てているようだ。
「船内に水が!」
「早く汲み出せ!」
「それよりも穴を塞げ!」
兵士達が騒ぐ声が、こっちの船まで届く。
甲板の兵士達もこちらへの攻撃どころではないのか、矢が飛んでくることはなくなった。
「どうやらうまくいったみたいだ」
「ふぅ。どうなることかと思ったよ」
俺の声にノエルが安堵のため息を漏らす。
「成功したの~?」
「やりましたね。トーマさん」
メルやアーヤが声をかけてくる。他の皆も成功を喜んでいるようだ。
そうこうしているうちに、軍船はドンドン傾いていく。こちらから斜めに傾いた甲板そのものが見えるぐらいだ。
あそこまで傾いたら、もう立て直せないだろう。最大の脅威だった弩砲も撃つことはできないはずだ。
「「「うおおぉぉ!」」」
「「「やってくれたぞー!」」」
港の方からドワーフ達の歓声が聞こえてくる。
だが、軍船はまだ沈んではいない。戦いはこれからだ。