1-06 ノームの村
「石撃~」
幼女が右腕を突き出し、呪句を唱えると、地面から弾け飛んだ小石が、目標に命中する。
「ぐふぅ!」
メルンさんや、なんで俺の腹が目標なの……。
「スゴイ?」
いや、そんなドヤ顔されても。
ノエルに『渡り人』や、この世界について教わった俺は、そのままキノコハウスの一室を借りて泊まった。
ちなみに、この地下の集落はリルトコル村というそうだ。
そして早朝から集落の広場で、幼女のメルンに攻撃魔法のレクチャーを受けていたのだ。
なにせ昨日、基本の魔力循環を教わったばかりで魔法が使えるか未知数なのだが、彼らは俺が使えることを疑っていない。
なぜなら彼らノーム族は種族的に魔法に適正があり、土魔法を自然に使いこなせる。
「ストーンブラスト!……」
幼女のマネをして、呪句を唱えても、小石はコロコロ転がるばかり……。
「ダメダメ~。魔力がたりない~。体の中で魔力をぐるぐるする~」
「むう、初心者に難しい事を言われてもだな」
片手を突き出す体勢だと、まだまだ体内での魔力循環が弱い。
昨日の長老の言葉を思い出す。両手を合わせて、心臓の魔力が両腕を流れて、円を描くイメージか。
両手を合わせると目標を狙いにくいし、すこし工夫してみるか。
左手を突き出した右手の二の腕に添えて、心臓→右腕→左手→心臓へ戻る魔力循環をイメージする。
「ストーンブラスト!」
こんどこそ、地面から弾け飛んだ小石が飛んでいく。目標は外したが威力はありそうだぞ。
自己流だが、慣れるまでは循環を意識できるポーズがよさそうだ。
「う~ん?そのポーズはなに~?」
「うむ、トーマ流魔力循環法だ。かっこいいだろう」
「そうかな~」
首をひねりながら、同じポーズをとる幼女。かわいいんだけど、実は彼女見た目ほど幼くない。
ノーム族は外見の成長が人間に比べて遅いだけで、精神年齢的に十台前半程度はありそうだ。
「まあ、いいや~。あさごはんにしよ~」
メルンは跳ねるようにしてキノコハウスへ戻っていく。俺も慌てて付いていった。
──────────
朝食は、長老のラルド、孫のメルン、魔導技師のノエルと共に囲んでいるが、他に長老一家はいないのだろうか。
なお、朝食は根菜とキノコのポトフ、ふかした芋のようなものとシンプルだった。昨晩とほとんど違いがない。
まずくはないのだが、ポトフも芋も薄味で塩が足りなく感じる。
「ごちそ~さま~」
「ごちそうさま。おいしかったです」
「いやいや、おそまつさまで、すまんな」
メルンに続いて挨拶した俺に長老が答えるが、いささか表情が固い。
「どうかしたんですか?」
「いやね、どうも村人の中には人族の君を恐れる空気があるんだよ。事実、家から出てこないものもいるから」
やや口ごもった長老に代わって、ノエルが答えてくれる。
そういえば、早朝のせいかと思っていたけど、広場から戻る時も人影を見なかった。
「メルや、村のみんなの様子を見てきてくれんか」
「ほ~い」
祖父の言葉に答えて、メルンは家を飛び出していった。
「さて……いずれは知れる事、説明しておいた方がいいじゃろうな」
長老が語る話は、かなり重い内容だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元来、このコルサド島にはこのノーム族のリルトコル村、ドワーフ族の鉱山都市、そして極少数の人間の小さな村だけしかなかった。
なぜならコルサド島は小国に匹敵するほどの面積を持つ島だが、その多くは山岳や原生林のため、あまり人間が住むには適していなかったためである。
そんな中、ドワーフ族は鉱山に都市を築いており、この島の最大勢力だった。
彼らは島の内部を都市近くまで流れる川を利用して、近隣の大陸と金属製品の交易を行っていた。
交易の内容は、ドワーフの高品質な金属製品と人族の酒、食料、その他の物資など、お互いに持たざるものを交換していた。
特に島の西側の対岸にあるエルティエ王国は最大の交易相手であった。
大きな領土を持つが農業国であるエルティエ王国は金属製品を生み出すドワーフとは良好な関係を築いていた。
そしてドワーフ達の金属精錬にはノーム族も魔導技師として大勢参加していた。
ノーム達の豊富な魔力はドワーフの高品質な金属精錬に欠かせないものだったからである。
だが、その高品質が災いし、ドワーフの鉱山都市は、その独占を狙う北方のノルグラスト帝国の侵略を受けてしまう。
鉱山都市は軍船と多数の兵に囲まれ、友好国エルティエに助けを求める間もなく占領された。
その際にドワーフ達はもちろん、魔導技師のノーム達もほとんど捕虜として捕まった。
彼らはノルグラスト帝国のため、鉱山都市にて強制労働させられているらしい。
幸いにも、この集落は鉱山都市から遠い事と周囲が深い森に囲まれているために侵略は受けていない。
しかし、集落の仲間の多くは捕われたまま。
長老の息子夫婦や若者たちは、仲間の救出のため鉱山都市に向かったまま、一年近く戻っていない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
道理でこのノーム集落には空き家っぽいキノコハウスが多かったし、ノームの人影も少なかった。
さらには働き盛り世代の多くが捕まっているため、困窮し始めているのかもしれない。
それなら、同じ人族の俺に警戒感を抱くのは当然だろう。石を投げられてもおかしくない。
いや、メルンにはぶつけられたな……。
「正直、どうにも手の打ちようがなくて困っておった。これ以上、仲間を捕らえられる訳にはいかん」
長老の言葉は苦渋に満ちていた。
「だからね、『降臨の地』で眠る君を見つけ、英霊ポーロ様と同じスキルを持つ事を知ったとき、ボクは期待したんだ!」
ノエルが熱っぽく語る。
「残念だけど、俺はその英霊とは無関係の普通の人間だと思うよ」
「この時、この地、その力、ボクは偶然だとは思わないけどね。きっとポーロ様の導きさ」
「そもそも、その英霊様は何をした人なんだい?」
「堕ちるボクらの先祖を救い、この地を作り上げた英雄さ」
いや、ちょっと、期待が重すぎなんですけど……。
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とりあえず、塩や毛布など最低限の生活物資を分けてもらい、一旦集落を出る事にする。
村人を怯えさせるのは心苦しいし、外で試してみたい事もある。
せめてもの物資の対価として、ゴブリンからドロップした魔石のようなものをノエルに渡すと思いのほか喜ばれた。
なんでも魔石は魔道具や魔法の効果拡大など様々な使い道があるそうだ。
「助かるよ、外に出て狩をする人がほとんどいなくて困ってたから」
「んん?君たちなら魔法で戦えるんじゃないか?」
「そうでもないんだよ、魔法だけだと不意を打たれると危ないしね。それに戦える子は多くないから。メルはアレでも優秀なの。できるならばドンドン倒しておくれよ。迷宮から『はぐれ』が溢れないようにね。なんなら迷宮ごとつぶしてくれてもいいんだよ」
「いやいや、初心者に無茶いわんでくれ。しかし、やっぱり迷宮って魔物の巣なんだ。この森もヤバイのか」
「森の周辺なら危ない時には転送門の近くまで逃げれば、ほとんど追ってこないはずだから、まだ大丈夫」
「なるほど。ここに来たいときにはどうすればいい?」
「転送門で魔力を流してくれれば、こちらから確認して門を開くよ」
なるほど、昨日集落に入った時も転送だったのか。ノームの魔導技師すごいな。身体の小ささを魔導技術で補っている種族なんだろう。
セキュリティもしっかりしてるし、引きこもっている分には人間の侵略から守られるわけだ。
だけど、捕らわれた仲間をどうにかしないと、この先ジリ貧な気がする。できれば力になれるように頑張ってみようかね。
──────────
ノエルに見送られ、転移門から出た俺はさっそく森の中を探索する。昨日は知らずにスルーしてた有用な植物を採取できるはずだ。
なぜなら昨晩ノエルに森の採取物や生物について教えを乞い、図鑑も見せてもらえたからだ。
特にキノコ類は毒の危険があったので昨日は無視していたが、ある程度当たりをつける事ができる。さらにスキルの『分析』が有能だった。
両手で対象物に触れて魔力循環を行うことで、ある程度の情報──たとえば有毒物の確認ができる。
おっ、ヨモギのような葉を見つけた。ヨモギは薬草にもなるし、肉の臭み取りの香草としても有用だ。ヨモギ餅は有名だし、沖縄では野菜代わりに汁に入れて食べたりもするらしい。
しかし、近づいてよく見ると、少し違う。しかも青紫の花まで咲いているのを発見した。これは分析しなくてもわかる、トリカブトの仲間だろう。
日本でも有名な毒草だが、文字通りに烏帽子のような花が綺麗なので盆栽で売ってる事もあったそうだ。
だが、これをヨモギと間違えて食べた日には摂取後数分で麻痺し始め、しばらくすると死んでしまうヤバイ代物。
この世界には元の世界に似た動植物も多いので、たぶん間違いない。
案の定、スキルの『分析』で毒の反応が出たので、今後は間違って触らないように注意しよう。
知識を得た状態で探索すれば、森は素材の宝庫だった。
ト○ロの傘のような葉の下には里芋?あるいはタロ芋に似た芋、つる草の下には山芋に似た芋が見つかった。
他にも木の実、山菜、そして薬草類も多く見つける事ができた。
こんどこそ本物のヨモギも見つけている。
数時間の探索でズダ袋に入りきらない程の収穫があった。
しかし大量の収穫に浮かれてずいぶんと移動していた。いつのまにか転移門の『人払いの結界』の効果範囲から出ていたようだ。
「……」
何者かの声がかすかに聞こえたような気がする。大木の陰に身を潜めると周囲を警戒しながら待機する。