3-24 水上の戦い5
【Side:ノーム族指揮官トール】
トーマ君達からの狼煙が上がった。作戦決行は翌朝。
ここまでドワーフ族は滾る気持ちを抑えて準備を進めてきてくれた。もちろん、我々ノーム族も協力している。
それだけではない、奴隷として連れてこられたエルフ族の女性の中にも戦いに参加を望む人たちがいたぐらいだ。
今回の作戦では戦力を二つに分ける。片方は砦の攻略部隊、もう片方は軍船攻略部隊だ。
数だけは帝国軍に勝る我々は、敵の連携を断つために敢えて二正面作戦を実行する。
実の所、軍船攻略には遠距離攻撃のできるもの以外は数を揃えても役に立たない。
トーマ君の協力で用意できたボートが二十艘、これで敵船に切り込む決死隊以外の前衛部隊は遊兵になるだけだ。
ならば、同時に砦攻略を行うことで、砦から敵船への援護だけでも防ぐのが有効だろうというのが皆の判断だ。
もちろん砦を落とせれば、砦から船への攻撃も可能になるだろうから、重要目標には違いない。
ただ、敵船攻略が最終目標であるため、遠距離攻撃可能な戦力はそちらに集中している。
幸い、帝国軍の宿舎街を落とした時に弓を鹵獲したので、多少はマシになっている。
元々はドワーフ達の物だったクロスボウが三十張程度、帝国兵が使っていたロングボウも二十張程度あった。意外にロングボウが少ないのは乱戦で壊れてしまったものが多いようだ。
もっともドワーフ達はロングボウを使いこなせなかった。しかし、我々ノーム族とエルフ女性の一部に弓の心得がある。
それとドワーフの職人達が突貫作業で弩砲の制作を行っている。軍船の弩砲は砦のものの流用と思われるから、砦を奪還しても弩砲は存在しない可能性が高いからだ。
残念ながらトーマ君制作のバレットランチャーやノーム仲間の魔法は岸壁から船までは届かないので、私や有志の仲間がボートに乗り込むつもりだ。妻のセルカには反対されそうなので黙っているが……。
娘のメルもトーマ君達と共に戦っている。父親としては心配と同時に負けていられない想いがあるのだ。
【Side:鉱山都市魔力高炉作業場】
「頭ー、土台に使えそうな大盾を調達できましたぜー」
「よし! 納品前だったミスリルを集めとけ。何枚かはミスリル張りの大盾に改造できるはずだ」
「わかりやしたー」
帝国の奴らに作らされたミスリルにも有効な使いみちがある。大盾の表面に貼れば、軽量ながら弩砲に耐える盾になってくれるはずじゃ。
作業場に残っているミスリルだけでも数枚は作れるはず。小舟で乗り込む決死隊の役に立ってくれよ。
「他にも鍛冶師達を集め――」
だが、儂が声をかけずとも鍛冶師達はドンドンと集まってきたようじゃ。
ガヤガヤとうるさいが、皆やる気だけは有り余っている。
「よーし、手隙の鍛冶師達は鋼の大盾を作るんじゃ。少々重くなっても構わん。武器鍛冶の作る弩砲に勝てる盾を作ってみせろよ」
「「「おおぅ!」」」
重すぎる盾になってしまうが、屈強なドワーフならば使いこなしてみせよ!
まったく、仲間の作った弩砲に耐える盾を作るとは非肉じゃが負けられん。戦いまでに何枚の盾を用意できるかに同胞の命がかかっている。
帝国に働かされているときとは違う、戦士達を支える仕事じゃ、ここが儂らの戦場じゃ。
【Side:ノーム族指揮官トールとドワーフ達】
もうじき夜が明ける。
すでに帝国の船に、トーマ君が破壊工作を行ったはず。昨夜の狼煙に答えて、こちらからも攻略作戦開始を表す狼煙を返している。
港近くの元倉庫街に大勢のドワーフ、我々ノーム、エルフの女性数名が集まっている。これが帝国の軍船を攻略する仲間達。
トーマ君の破壊工作が成功していなければ、攻略作戦は失敗する可能性が高い。
だが皆、彼らの破壊工作の成功を信じている。
我々は港の岸壁に向かって進軍を開始する。
ここまで敵の弩砲に対して様々な対策を講じてきた。
まず、ドワーフの鍛冶師達が不眠不休で鋼の大盾を相当数用意してくれている。重いのでボートに乗せると安定を欠きそうだが、陸上の攻略部隊には有効だ。
それに、なんとミスリルの盾が三枚も用意されている。この盾ならば軽量なのでボートの決死隊にも持たせることができる。是非、先頭のボートに持たせてやるべきだ。
また岸壁までの進軍にも工夫している。
鋼の大盾を持つもの以外にも、大樽を転がしながら進み、盾とするドワーフがいれば、ガラクタを詰めた木箱を押して、盾とするドワーフもいる。
もちろん、あちこちから集めてきた木板や扉を盾代わりに進む仲間もいる。
これらは前線の壁となるし、隙間は土嚢で埋めるつもりだ。
さらに後方にはボートを運ぶドワーフ達が控えている。彼らは状況を見て一斉にボートに乗り込んで敵船に向かう決死隊だ。
ボートには私自身やバレットランチャーを持つノーム仲間も何人か同乗する予定になっている。
敵船には同胞だけでなく弓兵もいるのだから、切り込むにもそちらへの牽制が必要だ。
そして最後に荷車に載せられて運ばれてくるのは急造した弩砲。予備の部品をかき集めてなんとか一台だけは間に合わせたらしい。
そして同時に砦にもドワーフ達が攻撃を開始する予定。
あくまで主攻は軍船だが、帝国の戦力を吸引するための助攻として、彼らの役割も重要になる。
現時点の鉱山都市の戦力を集めた攻略部隊だ。
これで帝国軍を排除できなければ、かなり厳しいことになる。
だからだろう、皆、厳しい表情で進んでいく。
普段は神に祈ることとなどない私だが、今だけ神にでも悪魔にでも祈ろうじゃないか。
【Side:トーマ】
すでに夜は明けた。身体強化で視力を強化して前方を見つめる。
目指す三隻の船はだいぶ大きくなってきて、その向こうには港の岸壁も見える。
ドワーフ達が岸壁の近くまで進んできている。樽や木箱など様々なもので急造の防壁を作っている。
帝国の軍船もドワーフ達に対抗すべく動き始めたようだ。甲板で兵士達が慌ただしく動いているのが見える。船から伸びる沢山の櫂が動いているのを見た感じ、船の向きを調整している。
軍船は弩砲を片側の舷側に集中して配置していたから、そちら側をドワーフに向けているのだろう。
ここまでは予想済みだ。俺は弩砲が配置されたのとは反対の舷側の喫水線上に工作を施してある。
帝国軍がこの船を沈める前に、その弱点を撃ち抜かなければならない。
コルサド号はエルフの二人の風魔法を受けて、今までの最高速度で海上を疾走している。
もうドワーフ達と軍船の弓の応酬が始まったようだ。港の方から戦場の喧騒が聞こえてくる。
「トーマ! 帝国の私掠船がこっちに気づいて向かってくるようだよ」
バレットライフルを構えつつ、前方を見ていたノエルが警告を発する。
「アーヤ、舵はそのまま。シアに任せていい。俺と一緒に水魔法で船や帆を濡らしてくれ」
「わかりました。トーマさん!」
私掠船にはドワーフ製の弩砲はない。大型兵器だから据え付ける場所がないのだろう。
それでも海賊船だ。ロングボウは当然あるだろうし、小型の弩砲ぐらい装備していてもおかしくない。
俺達は火矢対策に船体を水魔法で濡らしておく。当然、俺達もびしょ濡れだ。前にゴブリン戦でもこんな事があったな。
「トーマ! あっちの船がまっすぐ向かってくる」
「まずいな。私掠船の方がずっとでかい。正面から当たったら負けるぞ」
体当たり戦法をとってこられたら、こっちに勝ち目はない。
なんとか私掠船をかわして、軍船に近づかなくては!