3-19 封じられた港
【Side:鉱山都市総督エズモンド】
「ハハハッ、見よ! 帝国の軍船の威力を!」
軍船の弩砲から放たれる火矢で炎上する小舟、矢に貫かれて落水するドワーフを見ると胸がすく思いじゃ。
秘密の地下通路を通り港へ脱出、幸いにも寄港していた儂個人の私掠船へと乗り込んだ訳じゃが、この鬱憤を晴らさねば気が済まん。
停泊中の軍船は最低限の出港準備が済んだところで、強引に出港させた。だらだらと集まってくるノロマな兵士なぞ待つ必要はない。
軍船は反乱鎮圧の要じゃからな。万が一にも反乱軍の手に落ちるような事があってはいかん。
「水が苦手なドワーフ共にはロクな水上戦力はない。こうやって水上からの攻撃には大した反撃もできまい」
攻略時には難敵だった港を見下す砦も占領後に無力化してある。砦の弩砲は軍船で使用しておるし、投石機は解体中じゃ。
しかも、儂の脱出後、各所に散らばる帝国兵は砦に立てこもるように伝令を出してあるからドワーフ共も簡単には奪取できんはず。
船にいるかぎり儂の身は安全。儂の私掠船、軍船、物資を乗せた交易船の三隻ならば、水上から都市の反乱軍を封鎖できる。
交易船の物資があれば籠城も問題ない。むしろ食料を海上輸送に頼るドワーフ共の方が先に音を上げるじゃろう。
「もうよかろう。小舟さえ潰せば弩砲の使用は控えよ。貴重な矢弾じゃ。ドワーフごときは弓で狙え」
大した武器を持たぬドワーフどもは港で右往左往しておる。
いくら帝国に反旗を翻そうとも、結局は首根っこを押さえられた家畜のようなもの。
「総督閣下、この後はいかがしましょう? 本国へ増援を求める魔法通信を送りますか? この船には受信設備がないので一方通行になりますが……」
「待て。この程度の反乱で一々援軍など要請しては、儂の統治能力が疑われる。領地より儂個人の私兵をいくらか呼び寄せれば十分だ。いずれドワーフ共は飢えて降伏するじゃろう」
今後は多少待遇を上げてやる必要はあるかも知れんが、降伏の条件には反乱のリーダーの処刑を要求すれば良い。
こうやって属国は躾けるのだ。反乱の一つや二つ、何ということもない。
【Side:トーマ】
帝国側の船が港を離れたことで手が出せなくなった。
奴らは残った小舟も弩砲で炎上させていったため、こちらからは乗り込む手段もない。
しかも離れた場所から弩砲で攻撃してくるため、港周辺は危険で退避するしかなかった。
逆に言えば鉱山都市内に残る兵士達は捨てられたので、都市内部の残兵の制圧は捗っている。
反乱軍は着実に都市内の掌握を進めて、翌日には都市内部はほぼ開放された。
残る帝国兵は三隻の船に逃れた兵士と鉱山都市外縁部の砦に籠城する兵士だけだ。
夜には、制圧した旧倉庫街の兵士宿舎に臨時の反乱軍司令部を置き、反乱軍の主要なメンバーが集った。
「このまま港の外に帝国船を居座らせていては、都市を奪還したとは言えん!」
「砦に籠城する帝国兵も厄介じゃぞ。本来なら砦の投石機と弩砲で港に迫る敵船を沈めるはずじゃったものを!」
「都市内の残兵を降伏させても、あいつらがいる限り、大陸側と交易を再開できん」
「交易再開なり、支援なりを求めねば、食料の備蓄が心もとない。大量に積んでいたはずの交易船も荷揚げ前だったからの」
「港を塞がれた状態でどうすればいいっちゅうんじゃ!」
開放されたドワーフの長老達が円陣を組んでカンカンガクガクの議論をしている。
敵の軍船の弩砲は砦のものを移したものらしい。敵船を沈める役には立てず、味方を殺すことになるとは皮肉なもんだ。
「砦だけも何とか落とせないのか?」
「ワシもそれを考えてはいるが、かなり厳しい戦いになるぞ。砦は独立しておるから備蓄も豊富じゃし、陸側にもしっかりと城壁をこさえてある。しかも砦専用の小さな港があるので船からの増援もありえる」
長老達の議論を横目に、俺はダンドに問いかけるが、砦攻略は簡単には行かないらしい。
ドワーフ側には攻城兵器の類が少ないのも問題だ。
さらに砦の城壁に取り付いたドワーフ達に、横合いから敵船の弩砲が襲いかかるという悪夢が展開されるのは想像できる。
道理で帝国の総督が都市を簡単に逃げ出したわけだ。こんな守りにくい場所よりも砦や船さえ押さえれば、一時撤退して再奪取も可能だと踏んだのだろう。
だが、ドワーフ側も前回のように人質を取られての降伏はないから、必死に抵抗するはずだ。
双方に犠牲の多い戦いとなるかもしれない。
ちなみにドワーフ側には救出されたエルフ達も協力を申し出ているが、魔力は多くても基本的に女子供ばかりなので、あまり戦闘の役には立たない。
リーダー格の数人が風魔法や水魔法を使えるそうだが、戦闘にはあまり向かないので期待はできない。
一方、ノーム勢はバレットランチャーがあるので、そこそこ戦える。奪われた杖も探しているので、いずれ見つかれば魔法戦力を期待できる。
人数は多くないが、飛び道具の少ないドワーフ達の助けになるだろう。
「時間をかけての兵糧攻めとかはダメなのか?」
「むしろ、それをやられるのはワシらじゃな。元々食料の半分は交易に頼っておったから食料備蓄が減ってしまっておる。しかも帝国の奴らワシらの小さな畑にも塩を撒いて、ミスリル生産のみを迫りおった。帝国の求めるモノを作らねば食料も得られんというわけじゃ」
ああ、地球の帝国主義の時代の植民地経済支配の構図とよく似てるな。モノカルチャー経済というか、経済的にも帝国に逆らえないような仕組み作りが進んでいたわけだ。
「それで元の輸出先と交易再開をしなくてはならないけど、港の前の船が厄介と……」
「船の排除には砦の奪還ぐらいしか方法がないけど、砦を攻撃すると船が邪魔をするだろうということだね」
俺のつぶやきにノエルが答えるが、どうにも八方塞がりだ。
「こちらにも船ならコルサド号があるのではないですか?」
「そうですモ。あの船がありますモ」
「この状況で港に船を出しても、あっというまに弩砲で沈められてしまうだろうね。それにコルサド号に乗り込める人数で軍船に切り込むのは無理だよ」
アーヤとシアがコルサド号の事を言うが、それは無謀だ。ノエルも否定している。
「キュキュルもいるよ~」
「弩砲で打たれたら大変だぞ。水中を潜って近づくだけなら平気だろうけど」
「そっか~」
メルがキュキュルの存在を上げるけど危険すぎる。メルもすぐに気づいて納得してくれた。
「そういえば、キュキュルは水中で魔法使っていたな」
「魚とってた~」
「ん~、魚取れるぐらいの威力だと嫌がらせぐらいにしかならないとボクは思うけど」
ノエルの言うことももっともだ。キュキュルに戦ってもらうのは無理だろうし、危険なことはさせたくないな。
「ん、待てよ。水中を移動する運び屋としての役割だけでも優秀だよな」
「キュキュルはゆうしゅう~」
そうか、俺を水中からこっそりと運んでくれれば……。
敵船の攻略方法の糸口が見えたかもしれない。
俺は思いついた考えを皆に告げて、作戦を立てることにした。