3-18 港の戦い
防壁を突破したドワーフ達の勢いは凄まじく、中の帝国兵達を次々と倒していく。
「うわぁぁぁ! もう無理だぁぁ!」
「俺は逃げるぞぉぉ!」
指揮官も倒されて、指示もないままドワーフになぎ倒されていく兵士達の中には逃げ始めるものも出てきた。
逃げる兵士達は、宿舎街の奥の港方面に向かって走っていく。
「降伏だ! 降伏する!」
下級指揮官らしき兵士の叫びで、周囲の帝国兵が武器を捨て始めた。
「帝国兵ども! 武器を捨て、両手を上げよ! 皆、両手を上げる者は傷つけるな!」
ダンドが大声で周囲に呼びかける。どうやら、ここは勝ったらしい。
早々に見切りをつけて逃げ出した一部の兵士は逃したが、大多数は降伏している。
そして気がつくと、あちこちから負傷者のうめき声が聞こえてくる。
双方、数十人単位の激突だったが、死者は思ったより多くはなさそうだ。
だが、数人が倒れたまま動くことがない。その中の一人は銃で受けたと思われる傷から血を流している。
俺はその兵士に心の中で合掌する。お互いに背負うもののために戦った結果とはいえ、人を殺したことには違いない。
その罪を裁かれるのがいつか、誰が裁くのかは知らないが、この事は忘れないようにしよう。
「トーマよ。一丁前の兵士の顔をしとるな」
「ダンド。あんたも初陣はこんなだったのか?」
「そうさな。もっと情けない顔をしておったよ」
「そうか……」
ダンドに肩を叩かれた俺は、そんな問答をする。
「トーマ~大丈夫~」
「頬から血が出ていますモ!」
「小さな傷みたいだけど治療は必要だよ。ボクが回復魔法をかけてあげるよ」
俺の所に集まってきた皆の指摘で、頬に傷を負っていたことに気づく。
「ああ、ありがとう。気づかなかったよ」
ノエルの治療に礼を言いつつ、気になったことをダンドに聞いてみる。
「他のドワーフ達は大丈夫か?」
「うむ。お前さん達の加勢のおかげで死んだものはおらん。ここでは重傷者が数名出ただけじゃ」
「ここでは?」
「ああ、反乱の開始時や皆の集結時に運悪く帝国兵に囲まれたものが犠牲になっておる」
「やはり……」
「気にするな。誰の責任でもない、時の運それだけじゃ。犠牲のない戦なぞありえん」
ダンドはきっぱりと言い切ると、敵味方問わず負傷者を後方へ運ぶように指示を出す。
気づいてみれば、ドワーフ戦士達だけでなく、一般のドワーフ達までもが集まってきていて、負傷者の後送や防壁の撤去などを始めている。
「さて、これで都市内部最大の帝国兵の拠点は潰したわけじゃ。とはいえ、まだ帝国兵の半数程度は残っているはず」
「どこにいるんだ?」
「残りの兵士のうち、ある程度はあちこちに分散しておるじゃろう。こちらは集結させなければ問題ない。問題は、この先の港にいる帝国の軍船じゃ。そこに多くの兵士達が向かったのではないか」
「軍船が来ているのか。まずいな、何隻だ?」
「幸いにも軍船はでかいのが一隻のみじゃ。だが、港には中型の交易船が一隻と同じぐらいの船がもう一隻、合計三隻の船がある」
「この状況では全部の船が帝国軍に押さえられてるだろうな」
「まず間違いないじゃろう。そして最後の船じゃが、どうも偉いさん個人の私掠船じゃな」
「私掠船というと、帝国公認の海賊船ということか?」
「そうじゃ。以前から、ここと大陸側の国との交易をじゃましておったクズどもじゃ」
「もしかして、上陸直前に見た船がその船だったのかもな」
タイミングから考えて、シアが漕ぎ手として強制徴募されたのも、その船である可能性が高いな。
「そんな訳じゃから早めに港を押さえたい。奴らが船を出せば、陸のワシらには手が出せん」
「もしかして、ここの兵士はその時間稼ぎだったのか」
「かもしれん。大勢の兵士のための物資や水の積み込みがあるから、すぐには船を出せないはずじゃ」
「わかった。ここまで来たら最後まで手を貸すよ」
「すまんな。今のワシらには準備が足りぬ。飛び道具がないんじゃ」
陸での接近戦ならドワーフ達のパワーで押し切れるだろうけど、反乱軍には遠距離攻撃手段が足りなすぎる。
せいぜい、今の戦いで弓が鹵獲できてマシになった程度だろう。ドワーフ達が弓をうまく扱えるかは知らんが。
やがて、宿舎街の制圧が確認できたので港へと向かう。
ドワーフ達と一緒に進軍していくが、港へ到着した時には意外な光景が広がっていた。
港にいるはずの三隻の内、私掠船と交易船はすでに港から離れており、一回り大きな黒い軍船のみが港に停泊している状態。
まだ、帝国兵が船の周囲に取り残されているにも関わらず、乗船のためのタラップは横倒しに倒されている。
何本か残る縄梯子に帝国兵が我先にと群がっていた。
そうこうしているうちに、船は櫂を出して港から離れようとする。
船の縄梯子も引っ張られて斜めになっていく状況での無理矢理な出港だ。
「待ってくれー」
「俺も乗せてくれー!」
「うわぁぁぁ!」
縄梯子から兵士がバラバラと水に落ちていく。
「俺達を見捨てるのかー!」
「バカヤロー!」
残された兵士が軍船に罵声を浴びせるが、船が後戻りするはずもない。
数十人の兵士を岸壁に取り残したまま軍船は港を離れた。
多くの兵士達は怒りや嘆きの叫びを上げながらも、一人二人とその場に崩れ落ちていく。
残された兵士達はその場にうずくまったまま抵抗する意思はないようだ。
逃げ出す準備をしていたところを置きざりにされたのだ。
捨てられた自分達がドワーフに抵抗しても犬死にするだけだと理解するはず。
「仲間を簡単に見捨てるとは……、どこまでも腐った奴らじゃ」
ダンドが吐き捨てるように言う。
まあ、全兵士で必死に抵抗されていたら、こちらにも多くの被害が出るだろうから、これでよかったとも言える。
やがて、ドワーフ達は残された兵士を武装解除する傍ら、港に残された船がないものかと探し始めた。
小舟で敵船に乗り込むつもりなんだろうが勇敢だな
「この船は使えるぞ!」
「こっちの船もだ!」
荷揚げ用などの小舟も何隻かはあるみたいだから、それを使えば何とかなるか?
ガンッ! ガンッ! ガンッ! だが、そこへ軍船から飛来した大型の火矢が突き刺さる。
「グァッ!」 小舟に乗り込んで確認していたドワーフの一人は火矢に胸を貫かれて水中へと落下した。
「アアッ!」
「皆伏せろ! あれは弩砲じゃぞ!」
ダンドが警告を発する。
全員が姿勢を伏せて退避する間に、軍船から次々と飛来する火矢が小舟を炎上させていく。
俺は水中に落下したドワーフを助けに向かおうとするが、ダンドに止められる。
「無駄じゃ。弩砲に胸を貫かれて生きてはおるまい」
「だが、もしかしたら……」
「イヤ、仮に息があっても助からん。いま水に飛び込めば犠牲が増えるだけじゃ」
周囲のドワーフ達も首を振るだけだ。
気づいてみれば、離岸した三隻の船は岸壁から一定の距離を保ったまま、それ以上進もうとしていない。
反撃されない位置から攻撃するつもりなのか?
それとも、追撃される可能性を恐れて小舟を沈めただけなのか?
どちらにせよ、このまま岸壁近くにいるのは危険すぎる。
停泊する三隻をにらみながらも、俺達は港から撤退するしかなかった。