3-16 総督
【Side:鉱山都市総督エズモンド】
「うおおぉ! 帝国を追い出せー!」
「帝国兵をぶちのめせー!」
地上を見下ろす窓から外の騒ぎが聞こえてくるぞ。一体どうなっている!
人質が逃げた報告から、そんなに時はたっておらんぞ。
そっと窓から覗くとあちこちで兵士が袋叩きにあっている姿が見える。
いかん。ドワーフどもめ、一般人までが兵士を集団で襲っているじゃないか。
「さあさあ、子供を人質にするような軟弱者に負けたらドワーフの恥だよ。ぶちのめしてやりなー」
「「「おおおおー!」」」
エプロンをつけた女ドワーフが男達に激を飛ばしている。
おのれ、ドワーフの亜人ごときが思い上がりおって!
だが多勢に無勢、兵士達は人質捜索などにあちこちに分散しておるから対抗できそうもない。
まずいぞ。この接収した館は砦としての役目を持ってないから、奴ら暴徒が雪崩込んでこられたら耐えきれん。
兵士なぞ幾ら死んでも構わんが、儂が生き残るための護衛が必要じゃ。
「誰か! 誰かおらんか!」
「いかがしました、総督閣下?」
ドアの外の護衛が顔を出した。
この無能が! この状況でボーッと突っ立っていて何になる。
「館を脱出するぞ。外の暴徒がここを襲わないとも限らんからな」
「いま外に出るのはかえって危険かと愚考しますが……」
「都市内の兵士がここを守りに来るのを待っていて手遅れになったらどうする。儂が奴らに手に落ちれば全て終わりなのじゃぞ」
「はあ。では、どうなさるので?」
まったくもって度し難い愚か者ばかりで泣けて来るわ。
「この館を接収後に秘密の地下通路を掘ってあるのだ。それで港の船まで逃れる。幸い儂の私掠船が来ておるから都合がいい」
「わかりました。では護衛の兵を集めるのですね」
「護衛は貴様を含めて腕の立つ者五名で良い。他のものは館の防衛に残せ。防衛に当たる者には館の死守を命じるのだ」
「……わかりました」
館を守りきれれば良し。最悪でも儂が逃げる時間稼ぎにはなるだろう。
そもそも兵士を大勢乗せたら私掠船の積荷を減らさなくてはならないではないか。
煤けた亜人共の都市ではあったが、それなりの財貨を集めることはできたのだ。
反乱を治められずに総督の地位を失っても、再起はたやすい。
それに計画以上のミスリル増産に成功した儂の手腕は称賛されるべきじゃろう。
この実績と財貨を利用して、新たな地位を得ることも可能なはず。
儂は玄関ホールで待機する兵士共に激を飛ばす
「皆の者、落ち着け! 多少、数は多くとも、所詮は有象無象の一般人に過ぎん。これだけの兵士が守る館を落とすことなど簡単にはいかぬ。やがて各所の兵士が戻るまで耐えればよいのだ!」
「「「オオー!」」」
「各自、落ち着いて持ち場を守れ!」
「「「ハハッ!」」」
奮闘せよ。運良く館が落ちずに生き残れば、それなりの褒美をくれてやる。
儂は数名の護衛だけを呼び、執務室の隠し扉を抜けて地下通路へと逃れる。
【Side:トーマ】
「なんだ! 地下通路が崩れているではないか! お前達、早く掘るんだ!」
「ですが、道具もないのでは……」
なにやら、俺が埋めた土砂の向こうで揉めているようだな。
往路で見つけた謎の地下通路を通ろうして掘っているようだが、何者だ?
ドワーフ達なら申し訳ないが……。
「剣があるだろう。頭を使わんか、愚か者!」
横柄な物言いと言葉使いからドワーフではないだろう。帝国軍の大物だろうか。
見つかるとまずいな。ここにいるのは俺、シア、ノエル、メルの四人のみだ。
土砂の向こうの帝国兵の数次第では太刀打ちできないかもしれない。
幸い地下通路側とは、まだ土砂で隔てられているので、このまま見つからないように進むのが良いだろう。
俺は指を立てて、皆に静かにするように合図をするとそろそろと前進する。
「むっ! 土砂の向こうから明かりが! 何かがいるぞ!」
兵士らしき男の声が響く。
しまった。俺が通路側の灯りに気づいたように、向こうだってこちらの灯りに気づいてもおかしくない。
「なんだと! ドワーフ共か! 皆、儂を守れ!」
どうも通路側には相当な偉い人間がいるみたいだ。どうする? 確保できればこちらが有利になるか?
こちらから仕掛ける手もあるが、間を隔てる土砂をどけてる最中に襲われるのは困る。
クラフト倉庫に収納すれば処理はたやすいけど、その間数秒は無防備だからな。
しばしの間、どちら側も土砂をどけて攻め込まない状態が続く。
向こうだってこっちの戦力はわからないはずだ。うかつに動けないんだろう。
おや、離れた場所から土を掘る音が聞こえてくる。おそらく、向こうの通路を通行できるようにしているんだろう。
こちらに攻めてくる気はないのかもしれない。または増援を待っているかだ。
俺は背後の皆に静かに進むように手で合図する。
ここで予定外の戦闘をするのは危険だ。当初の計画通り、隠れ家まで戻ることを優先しよう。
俺の背後を皆が通過するのを待って、静かにその場を離れる。
十分に距離を置いてから、大岩と土砂で抜け穴を埋めて追ってこれないようにしてしまう。
しかし、何をしようとしていたかも含めて、向こう側の人間の正体は気になるな。
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隠れ家まで戻った俺達四人は、すでに鉱山都市内で反乱が大規模になっていることに驚く。
人質救出の合図の狼煙を上げた途端、都市の各所で発生した反乱の一部は予定されたものだった。
だが、予定されたもの以外にも自然発生的に反乱が起きて、しかもドンドン広がりを見せていたのだ。
「つまり、抑圧されたドワーフの怒りはボク達の想像以上だったということだね」
「ウチだって反乱に参加したいですモ」
「怒りプンプンだよ~」
ノエルの言葉に、シアとメルも賛同する。
すでにいくつかの区画は帝国軍から開放されて、ドワーフ達が確保したらしい。
人質達もそちらに移されて、ドワーフの女子供達は男達との再会も果たした。
エルフの女子供達のケアも、アーヤとセルカさんがドワーフ女性と共にやってくれている。
女性達は非常に消耗しているし、子供達の中には病気の子供もいるらしい。
後で滋養強壮に効くシーサーペントの肉を差し入れしよう。
「ともかく、人質救出作戦は大成功と言っていいだろう。みんな、おつかれさま」
「いやいや、トーマこそ、今回の作戦の大殊勲者だよ」
「トーマ、えらい~」
「すごいですモ」
皆の称賛は少し照れくさいな。
「そんなことないさ。ダンド達ドワーフの前衛陣、シア達盾部隊の頑張り、ノエルとメルを含むノーム達の支援攻撃。他の皆も全員が力を合わせたからこその勝利だ」
「そうかもね。正直これだけの種族が力を合わせて戦うのはめったにないから」
「みんながんばった~」
「力を合わせるのは大事なんですモ」
とにかく、犠牲者を出すことなく助け出すことができたのはよかった。
それに大きな声では言えないが、帝国兵側の犠牲も最小限だったはず。
正直、まだ自分の手で人間を殺すことにはためらいがある。
さっき戦闘を避けたのには、この心理が影響してなかったとは断言できないんだ。
あの状況で戦闘になれば、人間相手に殺すか殺されるかの決断が必要になる。
魔物相手の戦いでもなく、自分の身を守るためのやむを得ない戦いでもない。
いつか、そんな場面で俺は人間を殺すことができるか?