3-08 潜伏
迷宮の横穴を塞いだ俺達は、ダンドの案内で地下通路を進む。
「しかし、迷宮から穴を掘り進められたら、鉱山都市もヤバイんじゃないのか?」
「その心配なら無用じゃ。鉱山都市の地下には巨大な結界魔方陣があるからの。コボルトなどの穴掘り担当の小物は寄ってこないんじゃ」
「そうそう。ボクらの御先祖様が作ったのさ。鉱山の地下を流れる竜脈から吸い上げた魔素で稼動する優れものなんだよ」
「ん?小物の魔物以外はどうなるんだ?」
「残念じゃが、オーガのような奴らは抑えられんな。じゃから鉱山都市に入る坑道にはすべて隔壁があるぞ」
俺の疑問にダンドとノエルが答える。なるほど、ノームの里にもあったような仕組みがここにもあるのか。
「そして都市の外はダンド達が魔物を間引いてくれていた訳か」
「そうじゃ。魔物から取れる魔石は魔力炉の燃料にもなるから一石二鳥じゃった」
「魔力炉? ノエルの家にもあったようなものか?」
「いや、ボクの家のとは桁が違うよ。これもボクらの御先祖様の遺産で高品質かつ大量の鉄を精錬できるのさ。ミスリル精錬だって不可能じゃないんだよ」
「ミスリルは山ほど魔力を喰うのが難点じゃがな」
なるほど、そのへんはクラフトスキルと大差ないな。魔力をどう都合するかが問題なのか。
「しかし、オーガみたいなのが沢山いるのか?」
「いや、普通は一体だけで、コボルトを呼ぶのも始めてじゃ。帝国の侵攻以後、鉱山都市の外の魔物は放置されとるせいで迷宮は活性化を始めておるな」
「それは、コルサド島全体で活性化するのでしょうか?」
「この島の地下深くには大きな迷宮があると、ボクは考えてるよ。だから島全体に活性化の影響は広がっていくだろうね」
アーヤは心配しているな。またゴブリン騒ぎのようなことが起こるのを恐れているのだろう。
ノエルの回答も、それを否定していないし、このまま帝国の支配体制が変わらなければ危険だ。
「なんかむずかし~はなししてる~」
「なんか危ないってことだと思いますモ」
メルとシアはのんきだね。まあ、深刻な顔ばかりしていても仕方ない。
皆で力を合わせれば解決できると信じよう。
【Side:鉱山都市魔力高炉作業場】
「さあ、今日もしっかり働けよ。体力は使わないのだから楽なもんだろう」
「……限界まで魔力を流すのは魂を削る事です。こんな事を続けては命の危険があると何度言えば――」
「うるさい! まだ死者など出てないではないか! つべこべ言わずに仕事をしろ。それとも寝込んでいるガキどもにやらせるのか?」
「……わかりました」
監督官のクソどもめ、かよわいエルフ女達には強気に出れるのか。
儂の拳で殴りつけたいのは山々だが、それをやると奴はさらに弱い子供への虐待をする。
「頭、アイツ気にいらねぇ」
「ぶちのめしてもいいですかい?」
「バカヤロー、できるもんなら儂が先にぶん殴るわ」
鍛治師達が小声でいきり立っているが、止めなきゃならんのがむかつくわ。
「さあ、鍛治師ども! 貴重な魔力だ。今日もミスリルを作るんだ。帝国は勤勉なものには寛大だ。酒だって振舞うぞ」
くそっ、帝国のションベン臭いエールなんぞで酔えるかってんだ。
だが儂らがサボタージュして魔力が無駄になれば、もう一度エルフ女達が酷使されるだけ。
腐りかけの安酒を飲んだような気分と重い足取りで魔力高炉へ向かう。
「……鍛治師頭の旦那、魔力高炉の調子はどうですか?」
「いつも通りじゃな、良くも悪くもない」
覗き窓から魔力高炉内部を確認していた儂に、魔導技師のノームが近づいて話しかけてきた。
はて? こんな男は見たことないような。
「いや、ちょっと温度調整が安定しないようですね」
「ああ? そんなはずは……」
意味ありげにノームが指差す送風口を見ると、死角にある風量調整レバーに小さな紙片が挟まれている。
「……そうじゃな。確認しておこう」
「くれぐれも頼みますよ」
儂は送風口を点検する振りをしながら紙片を回収する。
「よーし、野郎ども。さっさと今日のノルマを仕上げるぞ」
【Side:ノーム族リーダー トール】
「ドルトン殿、傷ついた戦士達の回復具合はどうですか?」
「トール殿、貴殿の奥方の治療のおかげで傷も癒えました。もういつでも反乱を起こせますぞ!」
ドワーフの古老ドルトン殿は意気軒昂だが、そう簡単にはいかない。
我々ノーム族とドワーフ族の一部が廃坑に潜伏して帝国の監視を始めてから、すでに三十日近く経った。
監視の結果、現在の帝国の兵士の数と質は必ずしも高くないことが分かっている。
ドワーフ族によると都市の陥落時は勇敢で練度の高い兵士が多かったが、今の兵士は士気も低く鍛えられてないと判るそうだ。
どうやら占領後に治安担当の二線級の部隊に入れ替えられたらしいが、これはある意味朗報だ。
質だけでなく兵士の数はけっして多くなく、ドワーフ族が一斉に決起すれば、犠牲は出るとしても都市を奪還できそうな程なのだ。
だが、ドワーフ族がその選択をする事はないだろう。
兵士が女子供の人質をいつでも殺害できるように配置されているからだ。
人質にされた女性はすべて乳幼児連れで、それ以外にも低年齢の子供達が家族と離されて人質となっている。
絶対に反抗されることのない弱い者だけを人質に集めるやり方は卑劣極まりないが、有効であることを認めざるを得ない。
ドワーフ族が未来ある子供達を見捨てて、反乱を起こすことはないだろう。
人質にされたドワーフ族の女子供の居場所は把握できたが、とても救出できそうもない。
都市地下の採掘跡を利用した倉庫を収容所代わりにしており、そこまでの通路の警戒は厳重で接触すら無理だろう。
今のところ、人質以外の鉱夫や職人達とは秘密裏に接触できている。
反乱の準備も進めてはいるが、人質の問題が解決しなければ、実際に行動は起こせない。
「トール、鍛治師達との接触にも成功したぞ」
「やってくれたか、今後は彼らにも反乱に備えてもらうのと、エルフの情報が欲しいな」
仲間のノームが魔道技師のノームと入れ替わり、魔力高炉の鍛治師達と接触できた。
その目的には、先日到着した船に乗せられていたものが関係している。
鉱山都市に大陸側から送られてきたのは、エルフの女子供の奴隷だった。
帝国の被占領地から連れて来られたのだが、その目的はミスリル増産のためだった。
ミスリル増産のためには魔力が必要な事を知った帝国は、都市周辺の魔物を間引きして魔石を集める正攻法でなく、エルフ奴隷の魔力で補うことにしたのだ。
エルフ奴隷も帝国の被害者であるので救出したいが、その監視体制などを調べなければならない。
ミスリル生産のための施設は、帝国にとっても重要な場所なので警戒は厳重だ。
今後は鍛治師達にも協力してもらう必要があるだろう。
「あなた、里に向かった人は無事に着いたのかしら?」
「ああ、セルカ。戦士長のダンド殿も一緒だし、心配は要らないだろう。ただ、ダンド殿がここに戻るにもしても時間はかかるだろうな」
妻のセルカは里の事が気になって仕方ないようだ。
娘のメルを置いてきているのだ。もう半年以上会っていないことになる。
父やノエルに任せているので心配はいらないとは言っても、気にならないはずはない。
私だって、早く会いたいさ。
「ところで話は変わるが、人質を救出するにも大勢の女子供を引き連れて都市内部を逃げたら、すぐに帝国軍に捕まってしまうのじゃありゃせんかの?」
ドルトン殿の懸念はもっともだ。前回脱獄したときも、都市内で帝国軍の部隊と戦闘になって負傷者を出した。
「少々危険はありますが、地上に逃げるのではなく、地下通路へ逃げるのはどうでしょう?」
帝国軍は地下通路への隔壁は締め切って放置したままだから、地下通路方面に兵士はほとんどいない。
さらに地下通路では暗視能力の高いドワーフが有利だから、逃げ切れる公算が高い。
「帝国兵から逃げるには良いかも知れんの。じゃが魔物が出ているかも知れませんぞ」
「事前に把握しておく必要がありますね」
危険だがやる価値はあるだろう。地下通路ならばドワーフ側が有利な場所。今後の情報収集にも役立つはずだ。
仲間のドワーフ達と共に調査を進めよう。