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3-03 遭難者

「死体だって? それはどこだ?」

「うん、あっち~。たおれてる人いた~」

「倒れてる? とにかく、どんな状況なのか確認しよう」


 メルに案内してもらって浜に向かう。


「ふうふう、ワシはそんなに早くは走れん。先に行け」

「ボクらも無理だ。後から追うから先に行って」

「先に行ってください」


 足の遅いダンド、ノエル、アーヤを置いて、俺とメルで走る。


 やがて、砂浜の先に倒れた人影のようなものが見えてくる。

 こんな所で死んでるのは船乗りか? まさか帝国の脱走兵とか?


 しかし、近づいてみると予想は覆された。

 そこに倒れていたのはボロボロの貫頭衣を着た大柄の女性だった。


「ね~、死んでる~」


 うつぶせに倒れた女性はピクリともしない。これは……。

 腕を持ち上げてみるが冷え切っている。

 だが脈を取ってみると、かすかにだが脈動を感じるような気がする。


「いや、もしかして息があるかも……」


 女性の体を仰向けにすべく、ひっくり返す。


「おおぅ、これは……」


 まず目に飛び込んできたのは、胸の巨大な二つの塊。飾り気のない貫頭衣でも、はっきりとわかる存在感。

 そして女性の頭部から生える小さな二つの角と真横に広がる特徴的な耳、そして首に嵌められた鉄の輪。

 これは異世界にお約束の獣人という種族なのか。


 だが、そんな事を気にしている場合じゃない。


「人工呼吸なんて初めてなんだけどな」


 まず、気道を確保するんだったかな。

 頭部の下の砂浜をえぐって、頭部を傾けると顎が上を向くようになる。

 これで心臓マッサージするんだったかな。

 もしも、水を飲んでいるなら吐き出してもらわないと。


「メル、俺が胸を押すから水を吐き出すようなら、顔を横に向けて出してやってくれ」

「わかった~」


 女性の脇に膝立ちとなって、胸の中央部を力強くリズミカルに押す。

 くそっ、こんなことなら救命法の講習でも受けとくんだったな。


「はあはあ……、トーマは何をしてるのかな?」

「はあはあ、ええっ! いくら大きな胸だからって……、そんな場合ではないのでは……」


 息を切らせつつ、女性陣が追いついた。

 ノエルもアーヤも、俺をなんだと思ってるんだ。

 大きな胸だからって、見境なくけだものになる訳じゃないぞ。たぶん……。


「いや、二人とも勘違いだから。俺は心臓を押すのに忙しいから、ノエルが回復魔法をかけてくれ」

「わかった。任せてくれて良いよ」


 ノエルはアイテムバックから杖を取り出すと呪文の詠唱を始める。


「大地を巡る魔素(マナ)よ、我が身を巡れ、巡れ、巡れ、巡れ。其は(そは)生命(いのち)煌き(きらめき)となりて、この身を(いや)せ。治癒(ヒール)


 アーヤに使ったときとは違い、かなり集中して魔力を込めている。

 女性の容態の深刻さを見て取ったのだろう。

 ノエルの回復魔法の効果か、女性の頬にわずかに赤みがさしてきた様に思える。


「アーヤは暖めるために火をおこす準備をしてくれ」

「はい。わかりました」


 俺が欲望から胸を押している訳でないのを理解してくれたのだろう。

 アーヤも素直に応えると、水辺から離れた場所に焚き火を起こすべく離れていった。


「げふっ……」


 女性が少しの水と共に息を吐いた。すかさず、メルが顔を横にして水を吐き出させている。

 俺も一旦胸を押すのを止め、体を傾けて吐き出しやすい体勢で心臓を押すようにする。


「ふぅ、ふぅ……、はぁ、はぁ、はぁ」


 やがて女性が自発的な呼吸を始めた。ここまでくれば危機は脱したと言えるだろう。

 俺も強く胸を押すのは止めて、背中をさするようにする。

 だが、意識はまだはっきりとはしてないようだ。


「はあはあはあ……、なんじゃ、生きておるじゃないか」


 やっとダンドが追いついてきた。


「ちょうどいい。担架を作るから焚き火まで運ぶのを手伝ってくれ」

「わかった。まかせておけ」


 クラフト倉庫から竹二本にロープと帆を取り出すと、平行に並べた竹の間を渡すようにロープを縛り、その上に帆を張って担架の完成だ。

 俺とダンドは女性を担架に乗せると二人で焚き火の側へと運ぶ。

 この時、俺は女性の片方の足首にも鉄の(かせ)が付いているのに気付いた。


 うーん、色々と訳ありのようだが、この女性は何者で、なぜこんな場所にいるのだろう。



────────────



 暖かな焚き火がパチパチと音を立てる横で女性は寝かされている。

 容態は大分回復したようで、目覚めてはいないが呼吸は落ち着いている。


 意識を回復するまでは動かさないほうがよさそうなので、俺達もここで夕食をとっている。

 この状況であまり手の込んだものは作れないので、焚き火で炙ったシーサーペントの肉とライ麦パン、それにスープが夕食だ。


「いったい、どういう人なんだろうな? 頭に角もあるし、こっちでは獣人っていうのか?」

「うむ、おそらく牛角族じゃろう。しかも訳ありじゃな。罪人または奴隷として繋がれた形跡があるからの」

「罪人はともかく、奴隷とはね。人族の野蛮な法は変わらないんだね」

「……帝国では敗戦国の民の一部が奴隷化される事があります。見せしめと民衆の反抗心を削ぐために」

「手と足が傷でいっぱいだった。かわいそ~」


 アーヤの言葉が重いな。今の島の状況を考えると、彼女は帝国の奴隷だった可能性が高い。


「う……う……、うう」


 寝かせていた女性が意識を取り戻しかけているのだろうか。声が聞こえてきた。

 ノエルとアーヤに目で頷くと、二人は女性の側へ移る。

 ここは同姓の二人の方が適任だろう。


「う、あ……、こ、ここ?」

「あわてないで、ここは安全ですよ」

「まずは落ち着いて欲しい。ボクらは危害を与えないよ」


 アーヤとノエルが安心させるように静かな声で話しかける。


「あ、ああ。ウチは助かったのかモ……」

「そうです。ここにいる皆で浜に倒れていたあなたを救いました」

「かなり危なかったね。よかったら事情を聞かせてもらえるかい?」


 ここで俺がカップに入ったスープをアーヤに手渡す。

 アーヤは受け取ったカップをそっと女性に差し出した。


「あ、ありがとうございますモ。ウチの名前はフリーシア。帝国の船に捕まって漕ぎ手をさせられていたんですモ」


 フリーシアと名乗った女性はぽつぽつと事情を話し始めた。



────────────



 牛に似た角と耳を持つ獣人、牛角族のフリーシアの語る事情は、なんとも悲惨な話であった。


 彼女の住んでいたミスラト王国は牧畜を中心とした小国であったが、ノルグラスト帝国の侵略により数年前に消滅したそうだ。


 彼女の住んでいた牛角族の村では、帝国による徴兵で若い男は兵士として前線に送られたらしい。

 その地域に派遣された総督は、小さな獣人の村の統治に興味を示さずに村人の家畜を端金(はしたがね)で無理矢理徴発した。

 結果、収入の激減した村人が税を払えなくなると、次々に奴隷として都市に売り払ってしまった。


 彼女は残った家族が病死したのを機に、村から逃げ出して港のある都市で職を求めた。

 そこで種族的な特性から人族の男に負けない筋力を活かして、男装して船の荷揚げの仕事で食っていた。


 だが近年、帝国が海上戦力を充実させ始めた事でガレー船の漕ぎ手が不足し始めていた。

 帝国は、奴隷を大量に集めようとしたが簡単には集まらず、港の荷揚げ人などを強制徴募して無理矢理漕ぎ手にした。

 彼女も兵士に難癖をつけられて、奴隷同然に漕ぎ手にされた。


 彼女は女性として襲われるのを防ぐために、普段から顔を黒く塗り、死んだ祖父の遺品である立派な男の角を自分の角に被せる事で牛角族の男のように見せていた事が仇となった。

 漕ぎ手として船に押し込められ、首と足に枷を嵌められて、過酷な労働をさせられる事に。


 ある時、飲み水を入れた樽が船のゆれでひっくり返り、彼女の顔の黒塗りを流し、さらに角が外れてしまう。

 女性である事が一部の兵士にバレ、その兵士はあろう事か夜番の時にフリーシアを襲おうとして連れ出した。

 彼女は、側にあった空樽を手に抵抗して、もみ合った二人は海に落下した。

 ガレー船は二人の落下に気付かずに去っていき、空樽につかまった彼女は何時しか気を失い、浜に流れ着いたらしい。


「ひどい話だね。まったく」

「フリーシア、かわいそ~」

「胸糞の悪くなる話じゃな。帝国の奴らの首を金床にのせて鍛えなおしてやりたいわい」

「帝国に支配された国では、そんな話ばかりです。従属すれば今度は帝国の尖兵として他国と戦わされます」


 なるほど、アーヤ達は帝国の支配の結果を知っていたので、従属せずに隠れる事を選んだのかも。


「ウチはもう帝国の船になんか戻りたくないですモ。でも、これからどうしたらいいかモ……」

「せっかく助かった命なんだ。俺達は力を貸すよ。ただ、俺達が向かう先が、その船の目的地だったと思うんだ」

「えっ」

「ボクらは帝国とは、ほとんど敵みたいな立場だから心配はいらないよ」

「メルがやっつける~」

「ワシは船の向かっていた鉱山都市で帝国兵をぶちのめしてきたんじゃ」

「私も、かつて帝国に敗れたリドニア公国の出身です」

「リドニア……、たしかエルフが多く住んでいた国ですかモ?」

「ええ、よくご存知ですね」


 アーヤの返答に、フリーシアは表情を曇らせる。


「あのですモ。もしかしたら――」


 フリーシアが語るところによると、彼女が漕ぎ手として捕まる少し前、帝国が多くの奴隷を船に乗せるのを見たらしい。

 その中にはアーヤ達の祖国リドニア公国出身と思われるエルフが多く含まれていた。


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