3-01 再会
時折流れてくる潮風がやさしく頬をなでる。
俺達は新たに作った船、コルサド号で鉱山都市へ向かうべく、海へと続く川を下っていた。
この辺りは、すっかり川幅も広くなり、もうじき海が見えてくるだろう。
少し前からノームの少女メルは船の舳先に陣取り、海の方向を眺め続けている。
目的のものを見つけるまでは、絶対に動く気がないのが見てとれるな。
俺はだまって、腰掛になるように樽を置いてやる。
メルが探しているもの、それは先日別れた友達のキュキュルだろう。
友達といっても、それは人ではなく一角白鯨である。
傷ついて岩礁に嵌っていた一角白鯨のキュキュルを救った事で友人となった。
メルとキュキュルはとても仲良くなり、別れる事にはかなり渋ったものだった。
俺もキュキュルの事は気にしていたし、この航海で会える期待もしている。
メルには気の済むまで舳先で見張り役をしてもらう事にしよう。
鉱山都市への航海のために作ったこのコルサド号は、通常の乗員は人族の大人十人程度。
現在は人族の俺とアーヤ、ノーム族のノエルとメル、ドワーフのダンドの乗員五人でかなり余裕がある。
特にノーム族は人間なら子供といっていいサイズだから、彼らだけなら十五人以上乗れそうだ。
コルサド号の動力はオールと帆である。
現在は川を下っているのと、穏やかな追い風なので帆の力だけで進んでいる。
ただ海に出たらオールの力が必要な場面もあるだろう。
そのときには少ない乗員がネックになるかもしれない。
一応、風魔法を使えるものが三名いるのが救いだろう。
短時間ではあるが帆走の補助になる。
当初はノエルと俺だけしか風魔法が使えない想定だったが、実はアーヤも初級ながら風魔法を習得していた。
元々、彼女は素質はあったものの、必要性を感じなくて習得を後回しにしていたらしい。
ところが先日のゴブリン騒ぎで攻撃力のない風魔法も使い方次第だと知り、俺達と別れた後で村のエルフに教わっていたそうだ、
さっそく自分の力が役に立てると喜んでいた。
「あぁ~! キュキュルだぁ~!」
「なに? 本当かー」
「キュキュルってなんでしょう?」
「なんじゃ? なにかいるのか? ワシには明るすぎてさっぱりじゃ」
「ボクもさっぱりだ。視力は良くないんでね」
ノエルはいつも魔道具『識者の眼』をつけてるせいで視力落ちてるんじゃないか?
さすがに航海中はなくすとマズイので外しているようだが。
俺も『視力強化』をして前方を眺めるが、それらしきものは見えてこない。
海が近づいてきて、白波が遠くに見えるだけだ。
「……ちがった~」
「そうみたいだな」
どうやら砕ける白波の波頭がキュキュルに見えたようだ。
メルは期待が外れてガックリとしている。
「海に出るまで、もう少しだからな。焦らなくてもきっと会えるだろ」
「はやく、会いたいの~」
気持ちは分かるけど、こんな河口にいる事はないと思う。
まあ、好きにさせておこう。
さて、いよいよ沖に出るので色々と準備をすることにしよう。
まず最初にライフジャケットを全員に配る。
実は昨日、採集したゴムで救命胴衣を作成しておいたのだ。
さすがに現代の膨張する高性能ライフジャケットは出来なかったが、固形の浮力材をゴムでくるんだものをベスト風の服に貼り付けてある。
浮力材には硬くて頑丈な素材であるピラルクもどきのウロコを粘土化して使っている。
これは粘土化して固めれば天然素材のプラスチックのように硬くなるので、空洞のカプセルに成形して浮力材として採用したんだ。
他にも村のおばちゃん達に、特注で厚手の生地で下着を作ってもらってある。
これは水着代わりだ。
ゴム紐も作ってあったのでワンピースだけでなくビキニもと考えたのだが、おばちゃん達には相当胡散臭そうな目で見られてしまった。
こっちは着てもらえないかも知れん。
「水着? 水に入るのに専用の服があるのかい?」
「水着は子供の頃に着た事があります。懐かしいですね……」
ノエルの言い様だとノーム族はあまり水遊びと縁がなさそうだ。メルはすぐに泳げていたんだけどな。
アーヤは貴族のお姫様時代に水遊びをした事があるみたいだな。ビキニを着てもらえそうだ。
「メルのは青い服~ なんか描いてある~」
「ワシは水には入らんぞ!」
うん、メルの水着はスクール水着使用だ。ちゃんと日本語で"メル"と書いた名札を縫い付けてあるぞ。
当然、ダンドには水着は用意してないぞ。おっさんドワーフの水着姿なんぞ誰が得するんだ。
というか、もしかしてドワーフ族って泳げないのか? あの寸胴体型ではありえる話だな。
「あれ、この水着って、ずいぶん生地が少ない……」
「ああ。それは俺の国での大人の女性用なんだ。もう一枚メルやノエルのような形の物もあるけど……」
「……大人の女性用なんですか。……では、これを着てみますね」
やった! 俺は心の中でガッツポーズをする。
おばちゃん達の胡散臭そうな目に耐えた価値はあったんや!
「なんだか恥ずかしいですね。あまり見ないでください……」
「本当にトーマの国では大人の女性は皆アーヤのような水着を着るのかい? 大胆というかなんというか……」
「メルの水着もかっこいい~」
うんうん、みんな似合ってるぞ。特にアーヤはいいね。
これで、もう少し胸があれば最高なのだが……。
「……」
いかん、内心の声が伝わったか? アーヤの表情がやや固くなったような気がするぞ。
「この上に"救命胴衣"というものを着ればいいんだね」
「ちょっとじゃま~」
「安全のためですからね。しかたないですよ」
「うむ。ワシはこれがあれば水着なぞいらんわ」
しまった。救命胴衣でせっかくのビキニが隠されていく。
「……ああ、溺れないためだから仕方ない」
俺はなんちゅうもんを作ってしまったんや。
まあ、これに関してはしかたない。
諦めて、他の道具類の準備も始める。
大きな布を出して、船の後部に小さな日除けの天幕を張る。
日差しを避ける休憩スペース兼最低限の水、食料などの置き場だ。
クラフト倉庫があるといっても、すべてを俺が持つのはリスク管理上まずい。
また、船の前部にはロープに竹竿、武器などを用意しておく。
武器としては使い捨ての石槍を数本用意してある。
さらに、返しのついた大型の銛も取り出してロープを結んでおく。
もちろん、せっかく作った弾丸発射機も準備万端だ。
バレットランチャーは合計三丁あるので、メルやノエルの分も一応ある事になる。
気は進まないが、一応使い方を説明しておく。
ノエルはバレットランチャーの工夫に興味津々で分解せんばかりにいじりたおしている。
意外にもメルはあまり興味なかったようだ。
まあ、メルはスローイングからの石爆発動の技を持っているからな。
メル用に岩もいくつか出しておいた。
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ようやく船は沖に出てきた。
風向きがやや横風になってきたが、まだこのぐらいならば帆の向きの調整でなんとかなる。
念のため、送風の風魔法による加速も試してみたが、そこそこ使える。
初級魔法のためMP消費が低いので、MP量の多い俺なら相当長い時間使えそうだ。
とはいえ、向かい風なら無理せずに島影に退避するか、碇を下ろし停泊して風待ちする計画だ。
メルは相変わらず船の舳先で樽に座って海を見ている。
なにか合図でもしないとキュキュルも気づかないのかも知れないな。
「あ~、鳥がいっぱい~」
「あれは……、鳥山か」
鳥山といえばドラゴンボー……ではなくて、沢山の海鳥が集まった海面の下には魚群がいる可能性が高い。
そういえば、キュキュルも魚を追い込んで集めてから捕食していたな。
もしかすると、あそこにキュキュルがいるかも。
「トーマ~、あそこに行って~」
「ああ。キュキュルが食事中かも知れないな」
鳥山を目指して船の針路を沖合いに向けると、帆は風を大きくはらんで速度を上げる。
この調子ならすぐにたどり着くだろう。
メルは待ちきれないように、樽の上に立ち上がって沖合いの鳥山を見つめている。
風に乗るように船がドンドン進んでいくと、やがて鳥山は間近に見えてくる。
「あれは! 海が盛り上がっていきます!」
アーヤが驚きの声を上げる。
「そうだよ~キュキュルはおっきいんだ~」
「……いや、あれは大きすぎないか?」
前に見たときはキュキュルの大きさ相応のはずだったが、目の前の海面は異常に大きく盛り上がって……。
ザッバーーン! 突如、海面から飛び出した巨大な顎門が大量の魚ごと海鳥を飲み込む。
その顎門の大きさは長さなら二メートル以上、横幅でも一メートルを遥かに越えているだろう。
その顎門に相応しく、海面から飛び出した頭部は三メートルを越えており、体の全長がどれだけあるのか判らない。
その姿は、海のギャングと呼ばれるウツボを超巨大化したような凶悪な顔付きをしている。
キュキュルの背中にあった傷を付けたのは、この怪物かもしれない。
「いけない! あれはシーサーペントです! 逃げないと!」
「まずいね。ボクらに気付いたようだよ」
さすがに海洋国家の出身だけあって、アーヤが怪物の名前を知っていた。
だが感心している場合じゃない。
シーサーペントは俺達の方を見ると体の向きを変えた。
一旦水中に沈んだ頭が海面を切り裂き、水しぶきを上げながら向かってくる。
俺は銛を左手に握り、もう右手にはバレットランチャーを握る。
ダンドは石槍を握り、投擲体勢を整えている。
アーヤは船の帆を、ノエルは舵は操作して向きを変えようとしている。
そして、メルは両手で岩を握り、船の舳先に立っている。
「メル危ないぞ! もっと下がって!」
「あれ、キュキュルを傷つけたやつ~」
船に近づいたシーサーペントが、その巨大な頭部を鎌首のように持ち上げる。
人間をも一飲みにするつもりか!
「おのれ、魚のばけもんが! ワシの槍でも食らえ!」
ダンドの投げた石槍は狙いを過たず、持ち上げたシーサーペントの下顎に突き刺さる。
だが、角度が浅い! 多少は怯んだようだが、その場で大きな顎門を開き、威嚇の叫びを上げる。
「キシャァァァァァ!」
シーサーペントの高音の叫びは不快な旋律となって耳に突き刺さる。
「石爆~!」
そんな叫びをものともせずに、メルのオーバースローからの石爆攻撃がシーサーペントの顎門に飛び込む。
「キィィ、ゲッ!」
こんな攻撃は予想していなかったのか、シーサーペントが一瞬怯む。
「いまだ! ストーンバレット!」
動きを止めた一瞬に右手に構えた、バレットランチャーから石弾を四発すべて発射する。
狙いは、シーサーペントの巨大な目玉。
頭部に全弾が命中し、その内の二弾が片方の目玉をえぐる。
「ギギャァァァ!」
感じた事のないだろう痛みにシーサーペントが頭部を左右にのたうつ。
この隙に別のバレットランチャーに持ち替えるべく、足元にしゃがんだ瞬間。
ドーン! 衝撃が船を襲う。
のたうつシーサーペントの頭部が船をかすめたのだ。
「うわぁ~」
それほど大きな衝撃ではなかったが、船の舳先にいたメルはバランスを崩して海へ落下する。
マズイ! シーサーペントの残った目には、落水したメルの姿が映っている。
バレットランチャーを交換する暇はないと、銛を持って海に飛び込む姿勢をとった俺の目前で、シーサーペントの頭部に大きな水の玉が叩きつけられる。
「キュキュキュ、キュルルルルル、キュキューン!」
ドドドドドッ! 連続して飛来する水球がシーサーペントを打ち据える中、メルは喜びの声を上げる。
「キュキュル~!」
【鉱山都市への海路】