2-19 出航
「陸に沿った海岸沿いに進むとはいえ、あの船では小さいだけではなく頑丈さも足りんな」
「そうか? 竹素材は軽くて便利だったんだが」
「あれ以上の大きさの船を作るならば竹では構造的に強度不足じゃ。それに暗礁などにも備えるなら、なおの事じゃな」
ダンドは竹製のボートをコンコンと叩きながら説明する。
「なるほどね。では、木製ということになるか」
「そうじゃ。この村でよい材木を得られればいいのじゃが……。都合よく備蓄があるかの?」
「それなら良さそうな木のある場所を教えてもらって切ってくればいいさ」
「ばかもん。伐採からやっていては、いつ完成するかわからんぞ。乾燥に木材加工と時が必要なんじゃ」
ふむ、そこは問題ないのだよ。
俺はクラフト倉庫から生木の太い枝を取り出すと、指で縦に線を引くように神粘土スキルを発動してみせる。
粘土化した線に沿って鉈を差し込んでいけば太い枝も真っ二つだ。
「こんな感じで何とかなるんじゃないかな。仮に乾燥不足の材木のせいで歪みが出ても修正できるし」
「はぁぁぁ……。まったく職人から見たら理不尽極まりないスキルじゃな」
このダンドというおっさんドワーフは、鍛冶職人であるだけでなく木工などの大工仕事にも造詣が深い。
なんでも若い頃から鍛冶職人兼冒険者という肩書きで各地を放浪していたらしい。
辺境の村では職人は色々と兼任するのが当然だったので、一通りの職人技を修めていると自慢していた。
鉱山都市に来てからは、ここに腰を落ち着けて戦士長としての立場に収まっていたが、帝国の侵略で鉱山都市のドワーフ達は降伏した。
反乱を防ぐために指揮官クラスの人物は牢に入れられていたのだが、メルの両親達と共謀して脱獄したそうだ。
「今回は時間が足りないからね。船の完成度は妥協しても、鉱山都市への支援を急ぎたい」
「おぬしのいうとおりじゃな。はよう潜伏してる仲間に食料や物資を補給してやらんと」
同行する他の皆は、アーヤを先頭に支援物資を村でかき集めてくれている。
本来、ノームの里と交易する分として穀物や野菜などの食料は備蓄もあるので何とかなるそうだ。
衣類など種族の体格的にサイズ直しが必要な分は、村の女性陣が頑張ってくれている。
船の建造にも村の男性陣が数名参加してくれるそうなので木材の伐採加工などに協力してもらおう。
船の大きさは全長八メートル程度を想定しているので、村の空き地を利用して建造を始める事にした。
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船の建造を始めてから三日目、村の男性陣の協力もあって作業は着々と進んでいる。
ボートに比べ全長は倍以上に伸びているし、構造も強化されているので時間は掛かっている。
それでもダンドに言わせると、ありえない建造速度らしい。
すでに骨組みが完成しているので、側板の取り付けを始めた。
これらの木材加工で神粘土スキルを見た面子は、ダンドも含めて唖然としていたが、しかたないよな。
あまり広めないことを約束してくれたので、もう自重しない。
なので、船の組み立てにもクラフトスキルは活用するが、外見からは違和感ないように内側から加工している。
今度の船はカッターボートという船に似た形で、日本とかでもボート競技などで使われてる小型の物に似ている。
この世界でも大型船の上陸艇や脱出艇に使われるそうだ。
大人で十人程度の乗員を想定しているが、小柄なノーム族ならもっと乗れるだろう。
動力はもちろん人力で、最大六人でオールを漕げるようになっている。
それと俺の思いつきで、取り外し可能な帆柱を立てられるようになっている。
追い風限定でもいいから帆走できないかと考えたんだ。
ダンドは最初反対していた。まあ当然だと思う。
プロの船乗りはいないし、向かい風に逆らって斜めに進むとか、ヨットのような帆走は出来ない。
むしろ向かい風の抵抗で帆の存在が不利にしかならないだろう。
だが、帆柱を着脱可能な小型のものにする事で、そのデメリットは解消できるはずだ。
向かい風では、帆と帆柱をクラフト倉庫に収納すれば抵抗にならない。
そして追い風になったら帆を立てればいい。
さらに風魔法を利用する事で短時間なら思い通りに進める利点がある。
実際この世界でも、風魔法使いによる推進方法で港湾内のような狭い場所を自在に移動する船が一部存在するらしい。
ちなみに帝国の船は奴隷などを利用したガレー船ばかりなので、帆は併用する程度にしか使ってないそうだ。
海洋国家のリドニア国出身の村の男性陣は、船についての知識が豊富だったので色々と教えてもらう事が出来た。
操船要員兼アーヤの護衛として同行を志願する人もいたが、それはアーヤが断っていた。
この船でノーム族を連れ帰る可能性を考えると、あまり人数は増やせないし、やはり村の防衛戦力は引き抜けない。
ゴブリンや牙イノシシのような魔物の増加や、帝国軍がこの村に向かっている可能性も捨てきれないから。
それに俺の作った塩田棚に派遣する人員と護衛が必要な事も考えれば、村の戦力は不足気味だ。
ともかく、皆の協力で新たな船は完成した。
俺の作った竹製ボートとは違い、しっかりとした木製で全長およそ八メートルのカッターボートだ。
見た目も、この世界の船として違和感はないそうだ。
俺は船を囲むように円を描き、クラフト倉庫に収納する。
実際に水に浮かべてみるのが楽しみだな。
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船の完成時点で昼をだいぶ過ぎていたため、出航は明日の早朝以降の予定にする。
ただし、他の準備状況次第なので、そちらを確認に向かう。
アーヤとノエルに確認すると、準備は八割方終わっていて夕刻までには物資は揃うらしい。
物資などの荷物は俺の倉庫とノエルのアイテムバッグに入れるため、積み込みの必要もないし問題はないな。
ならば、協力してくれた村への礼にクラフトをしよう。
実は、村の防衛用に弓矢を量産する事を提案していたんだ。
これはアーヤ用に作ったものと同じもの。
クラフトスキルならば、かなりの速度で量産できる。
弓を十張り、矢は五百本程度を目標に作る事にする。さらに百本ぐらいは例の毒矢を用意する。
矢は他の弓にも使えるだろうから多めに用意しておけば問題ない。
また、例の煙幕団子と催涙団子も使えそうなので提供する。
アーヤに相談すると、とても喜んでくれていた。
先日のゴブリン騒ぎで苦戦した理由に、魔物用の鉄の鏃が不足していた事があったそうだ。
鉄よりは落ちるが、俺の作った石の鏃や毒矢ならば、その代わりになるだろう。
だから、必要な材料も村の人間で集めてくれると言っていた。
トリカブトとハバネロもどきも、野草に詳しい村人に採りに行ってもらった。
好意に甘えて、素材収集班には他にも細々とした素材をお願いしてある。
まず、手持ちの材料で弓から先に作り始める。
基本はアーヤ用の弓と同型だが、少しだけサイズの幅を持たせて幾種類か作っている。
人によって最適なサイズは異なるからな。
なお、一番小さい弓は子供の練習用サイズだ。
先端に丸い木の玉の鏃をつけた練習用の矢も二十本ほど用意した。
また弓とは別に竹刀も作った。これなら叩かれても木刀ほどは痛くないし子供の練習用にいいだろう。
さっそく男の子達に渡すと大喜びで練習を始めた。
「フン!、フン!、フン! どうだ、オイラの剣捌き!」
「ハッ! ……うーん、的の端にしかあたらない」
最年長のヤッド君は竹刀で剣の型を真似ているつもりなのかな。
ハーフエルフのミラール君は練習用の弓で的を射っているが、的の端に当てるだけでも大したもんだ。
ミンディちゃんとコルンちゃんの女の子二人も興味はあるみたいで眺めている。
「こうやって~射るんだよ~」
「うーん、メルちゃんのようには飛ばないよ」
「いっぱい練習する~」
「コルンもやりたい~」
「私もやりたいです」
メルがミラール君に弓を教えていたら、コルンちゃんやミンディちゃんもやりたいと言い出した。
結局、追加で子供の練習用の弓と矢を人数分作る事になった。
一応、人を狙ったりはしないように念を押しておく。
そのうちに矢の材料が大量に運ばれたので大量生産を始める。
スキルを使わない加工には村人も協力してくれたので夜までには作り終える事が出来た。
なお、毒矢だけは管理と運用に気をつけるように、しつこいぐらいに忠告しておいた。
そして物資の用意や細々とした準備で出航前日の夜は過ぎていった。
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翌日の早朝、鉱山都市に向かう俺、ノエル、メル、ダンド、アーヤの五人と見送りの村人たちが川のほとりに集まった。
俺は川の中に胸の深さまで進むと指で水面に円を描き、クラフト倉庫を開く。
水面に描かれた円は波紋のように船の大きさまで広がって、その漆黒の穴の中から船が浮かび上がる。
次の瞬間、川のほとりで見守っていた村人から歓声が上がる。
完成した船は一部の人しか見てないから、その予想以上の出来栄えに驚いているようだ。
実質三日で作ったようなものだから、筏に毛の生えたようなものを想像していたのかもしれない。
「大勢の人が見守る進水じゃな。せっかくだから船の名前をつけたらどうじゃ?」
「うーん、俺はネーミングセンスないんだけどな。みんな、いい名前はないかな?」
「メルは"メルメル号"がいいと思う~」
「それじゃメル専用の船みたいだよ。村の名前で"コルニア号"とかはどうかな」
「ありがたいですけど、この船は島のすべての種族の協力で出来ています。だから、島の名前から"コルサド号"はどうでしょう」
「それはいいな。"コルサド号"いいんじゃないか」
「そうだね、ボクも賛成だよ」
「メルもさんせ~」
メルのは論外として、ノエルの提案も良かったが、結局はアーヤの島の名前をつける案が採用された。
「「「コルサド号ばんざーい」」」
村人達も絶賛している。
コルサド号を点検してみるが問題なさそうなので、このまま出発する事にする。
風向きもいい具合に川下に向かって吹いているので、クラフト倉庫から帆柱を取り出して帆柱立てに差し込む。
さらに帆柱に横向きの帆桁を組み合わせて、三角帆を張る。
帆柱も帆桁も軽量化のために竹製だ。強風時には収納するので強度は妥協した。
よし、出航の準備は出来た。
「では、皆さん行って来ます」
俺は、村長のイザロイさんを始めとする村の皆に声をかける。
「トーマさん、アヤナ様をよろしくお願いします」
「アヤナさまぁぁ、ご無事の帰還をぉぉぉ!」
「「「アヤナ様、お気をつけてー」」」
イザロイさんや騎士ヤゴールさんの声に続いて、村人達からアーヤの無事を祈る声が上がる。
「メルちゃーん、トーマもまたこいよ~」
「「みんな気をつけて~」」
「メルちゃ~ん、またきてね~」
生意気な声は年長のヤッドだな、コルンちゃんは泣きそうな顔でメルに声を掛けている。
「みんな~またね~」
メルは船の舳先に立ち、両手を振って子供達に応えている。
他の皆も村人達に向かって手を振ると、一層村人の声は大きくなった。
いよいよ出航だ。俺は船の碇を引き上げる。
三角帆のロープを引くと、帆が追い風をはらんで大きく膨らむ。
やがてコルサド号はゆっくりと海に向かって川を進み始める。
皆の声を背に船は鉱山都市へ向かう。
そこには何が待っているのだろう。
2章はここまでとなります。
次回からは第3章が始まりますので、よろしくお願いします。