2-15 宴
俺とメルが海から持ってきたお土産で、今日は宴を開いてくれるらしい。
村の男たちが、いそいそと倉庫から壷を運んできた。
どうやら取って置きの酒も出すみたいだ。
そういうことならツマミに魚の燻製を出そう。
ついでにキュキュルのくれた魚や筍、貝なんかも提供しよう。
豊富な食材におばちゃん達は大喜びだ。
交易のない村の生活では、どうしても食生活が単調になりがちらしい。
特に最近はゴブリン騒ぎと後始末で狩りに出られず、肉は久しぶりだそうだ。
夜には村の皆が集まり、そこそこの宴となった。
馬鹿騒ぎするほどではないが、酒も入って酔っ払っている男たちもいる。
「うめぇぇ!」
「このプリプリした歯ごたえ最高だぁ!」
「血の腸詰もこの濃厚な味たまんねえな」
「魚の燻製も酒に合う~」
「腸詰なんて、もう食えないかと思ってた……」
最後の人、涙ぐんでいるぞ。いくらなんでも大げさだろう。
提供した貝や筍も好評だ。
おばちゃん達がうまいこと料理してくれた。
筍だけは、馴染みがなかったようなので俺が助言したけどね。
どうやら、この村周辺の竹は細い種類が多いみたいで食べる習慣がなかったらしい。
東北のネマガリタケのように、細い竹でも食べられる筍が採れる種類もあるので説明したら、こんど試してみるそうだ。
ただ、この筍を採った場所で牙イノシシに遭遇した事を教えたら、身震いしてたけど。
俺は黒パンの薄切りに魚の燻製や薄切りソーセージをのせてカナッペのようにして食べてみる。
うん、うまい。村で作ったライ麦の黒パンの酸味に燻製やソーセージが良く合うな。
「ぷりぷり~おいし~」
「うーん、濃厚な味だね。血の腸詰とは。素材を無駄なく利用するとは実に合理的、もぐもぐ」
「トーマさんの食べ方いいですね、いつものパンや茹で野菜がご馳走みたいです」
「「「おいし~」」」
「ハグ、ハグ、ハグ」
メルは普通のソーセージが好みで、ノエルはブラッドソーセージに感心している。
アーヤはカナッペがお気に入りだ。茹で野菜も一緒にのせる工夫とか女子力高い。
子供達にもソーセージが大好評で、コルンちゃんは必死にかぶりついている。
そのほか具沢山のスープなんかも美味い。
豚骨ならぬ猪の骨で濃厚な出汁が出てるし、海で収穫した昆布モドキも出汁に追加した。
イノシン酸とグルタミン酸の相乗効果でうまみ大幅アップだ。
白濁する液体は、まさに豚骨スープのよう。
ああ、どうしてここに麺がないんだ! って、前にも言ったな。
ちなみにスープは、おばちゃん達にも大絶賛だった。
スープのような日常の料理の味が向上するのは主婦として見逃せないらしい。
こんなもんで喜んでくれるのは嬉しいので、干した昆布の半分はあげることにした。
ところで宴で男達が喜んで飲んでいる酒だが、定番のエールかと思ったが違うようだ。
俺にも注がれたので飲んでみたが、エールとかビールのようなものではない。
わずかに発酵の微炭酸は感じるが独特の酸味が強いし、香辛料というかハーブの香りもあるな。
これはロシアとかで飲まれるクワスとかいう酒に近いものかな。
ロシア人的には低アルコールなのでジュース感覚でも飲まれるとか。
固くなったライ麦パンを原料に作られるそうなので、この村でも簡単に作れそうだし。
アルコール度数の低い酒でも久しぶりだったのか、一部の男達がグデングデンになっている。
そろそろ宴もお開きかな。
俺はこの後に会議があるので酒は控えめにしてるし問題ない。
アーヤも含んだ村の重鎮と俺、ノエル、メルは集会所の奥へと向かう。
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「――という訳で、海岸に製塩設備を用意したので、この村に製塩を任せたい」
俺の提案に、村長以下重鎮の皆は一も二もなく了解してくれた。
塩の供給が途絶えてかなり困っていたらしい。
一応、島の外に交易の伝手がないわけでもないが、年に一、二度しか来れないので調達に時間が掛かる。
自分達でも製塩をやってみたが、鍋で海水を蒸発させるだけで、効率の悪さに困っていたと。
さらに懸案の水魔法での海水揚水も問題ないと確認できた。
目前の海から海水を呼び出すのは、ベテランなら造作もないらしい。
彼らは国は元々海洋国家であり、海運に便利な風と水魔法の使い手エルフが幾人もいるようだ。
農民としてはやや貧弱な男であっても、さすがエルフということか。
そして納得したのは、島の外との繋がりは断たれていなかったこと。
さすがに、この規模の村だけで完全自給自足は未来がない。
綿花を栽培しているのも交易作物としての目的もあるんだろう。
その一部はノームのリルトコル村へと流れていたわけだが、今はノーム側は鉱山都市からの交易品を供給できない。
そこで製塩設備はノーム族からの提供とする事で、作った塩はノーム族にも分けてもらう事を提案した。
「……いいのかい? トーマ」
「ああ、ノーム族には世話になっているし、今後も世話になる予定だから前払いだ」
ノエルが耳打ちしてくるが、この程度問題ない。
ノエルやメルの存在には救われているんだ、色々とな。
「それに島の外と交易できるなら、今後に備えて食料や物資を確保して欲しい。二つの村に供給できるように」
鉱山都市との交易が途絶えている分、必要になるはずだ。
届くのはだいぶ先になるのかもしれないが、早めに手は打っておきたい。
この食料が兵糧として使われる事態は避けたいけどな。
「もちろん塩をノーム族と分ける事は異存ありません。ただ島外からの物資については大量となると資金が……」
村長のイサロイさんは塩については快諾してくれたが、物資については金銭的な問題で困るということか。
「……それでしたら、我が家の家宝『キクスイ』を対価として使いましょう」
「そ、それはいけません! 『キクスイ』はイズミ家の象徴とも言うべき品。それにイズミ家からは、その財のほとんどを提供していただいていますのに、最後の家宝まで――」
「そ、そうです! キクスイはイズミ家の誇り、あれだけは失ってはいけませぬぅぅ!」
その様子にアーヤが家宝を提供と言っているが、イサロイさんだけでなく、例の暑苦しい騎士のヤーゴルさんも大反対だ。
当然、俺も家宝なんか出させるつもりはなく、案があったのだが……。
翻訳されていないと思われる『キクスイ』のワードが気になる。
それはもしかして『菊水』と書くんじゃないだろうか?
「資金については考えがあって、これでどうにかならないだろうか?」
用意していた人造真珠十粒をメルの作った皿に乗せてテーブルに出す。
「ほう、これは見事な大粒真珠ですな」
「某、宝石の事は詳しくないですが、さすがにこれは高価だと判りますぞ」
「真珠も美しさは言うに及ばず。この皿の薄さと光沢もまた芸術品」
「とっても綺麗……」
イサロイさんやヤーゴルさんの反応から高く売れそうだ。
エルフのソリュードさんからは予想外に皿を評価されて、メルが鼻高々だ。
アーヤは女の子らしく、真珠を摘み上げてうっとりしている。
「真珠の数が足りなければ、まだありますよ」
「いやいや、交易船団でも呼ぶつもりですか。これだけでも余ります」
「宝石類は一度に売ると値崩れしますから……」
イサロイさんによると食料などを中型船一隻分なら二、三粒で間に合うとの事。
アーヤの値崩れ発言は、過去に足元を見られた経験がありそうだ。
ちなみに、メルの白磁に見える皿も数をそろえれば交易品としての価値があるそうだ。
「こんなのもある~ トーマが作った~」
「あっ! メル! それはダメだ!」
メルがリュックから取り出したのは、俺から巻き上げた『ヴィーナスの誕生』を象った女性の裸像。
止めたが間に合わず、シャコガイの台座ごとテーブルに出してしまう。
「おお! なんと素晴らしい白磁の像」
「……うつくしい。某、今猛烈に感動しておりますぅぅ」
「ああ、輝く像はまるでアヤナ様の美しさを切り取ったがごとく」
「え……ええっ、この像って……まさか……」
「いやいや、人族ってのはなんとも……露骨だねぇ」
素人の作だから像の彫刻としての完成度は高くないのに、白磁に見える事で勘違いされている。
村長、暑苦しい騎士、エルフの各人は裸像を讃えているが、アーヤは顔を真っ赤にして両手で覆ってしまう。
ノエルにいたってはニヤニヤと笑いながらアーヤと俺を交互に見てる。
まずい、これは何か弁解せねば。
「いやいやいや、それは……そう! 女神の誕生を描いた絵が元になってるんだ」
「女神様の誕生? ホントに?」
「あ、ああ。海から女神様が生誕する場面を表現しているんだ」
ノエルが疑わしそうに問うが、まあ、嘘ではない。
人物モデルがアーヤに変更されていることを除いては。
「そ、そうだったんですね。私はてっきり……」
「てっきり、なに~?」
「い、いえ、なんでもありません……」
顔を真っ赤にしながらも、ほっとしたように胸をなでおろすアーヤにメルのツッコミが入る。
メルに悪意がないだけに困るな。
しかし嫌な汗をかいた。
牙イノシシに襲われたときよりも焦ったぞ。