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2-13 鉱山都市

【Side:鉱山都市総督執務室】


「――という訳で、現在一個中隊が逃走した亜人の捜索に、二個中隊が鉱山都市周辺を巡回警備しております」

「……それで見つかりそうなのか?」

「それが、なにぶん逃走から時間が経っておりますのと、この島の土地勘がないもので厳しいかと……」

「フン! 軍の規律が緩んでいるからそうなるのだ。貴様、本国の思想教育所で帝国軍人としての在り様を学んでくるか?」

「イ、イエ! 私は任務に全力で邁進(まいしん)しております。思想にいささかの乱れもございません!」

「ならば、部下の手綱を引き締めろ。本国から送られてきた貴重な素材を逃がすようなことがあれば、全員思想教育所送りだぞ」

「ハッ! エズモンド伯爵閣下の信頼に応えられるよう全力で努めます」


 占領軍の大隊長が扉の向こうに消えると、儂は机の上のワインをグラスに注ぎ、一気に呷る(あおる)。


「プハッ! こんな僻地ではワインもろくな物が送られて来ぬ!」


 部下の無能さにもいらだつが、己の境遇にも腹が立つ。

 かつては財務卿まで務めた帝国伯爵が、こんな僻地の総督だと。

 『すべての帝国臣民は帝国繁栄のために統一思想で全体に奉仕すべし』などというお題目を唱える皇帝は、我ら貴族の高貴なる血をなんと考えているのか。

 総督に任じられたときの、皇帝と後ろ盾の宰相の顔が浮かんで気分が悪くなるわ。


 そもそも庶子の王子が、すでに立太子の儀を終えていた第一王子を押しのけて、至尊の座を得るなど誰が想像できるというのだ。

 むろん宰相に操り人形に過ぎないだろうが、玉座から見下ろす感情のこもらぬ眼は薄気味悪くて寒気がしたわ。


 いいだろう、今は政争に敗れた儂だが、すべての権力を失ったわけではない。

 かつての伝手や領地の私兵もそれなりに残っているのだ。

 まずは力を蓄える。鉱山は金の卵を産む鶏だ。

 総督というのも考えようによっては、権力、財力を得る機会のある地位。

 そのためには、ドワーフどもを締め上げてミスリルの増産をするのだ。


 本国からの魔力素材どもは限界まで魔力を絞ってやろう。



────────────



【Side:鉱山都市魔力高炉作業場】


「ダメだぁ、エーテル反応ゲージ下がります」

「だからもっと魔石を集めてマナプールに貯めるか、大勢で魔力を注がないと無理だって。おいら達ノーム技師の魔力だけでは魔力炉の制御で手一杯~」

「魔石集めったってドワーフ戦士団は解散させられて、全員鉱山でミスリル鉱石掘りさせられてるからな」

「ったく。迷宮の間引きも兼ねてるのに。それを放置してミスリルばかり作れって何考えてんだ」

「無駄飯食らいの帝国兵どもが、迷宮で魔石を狩ってきやがれってんだ」

「よーし、みんな。今日はここまで! 魔力高炉の火を落とすぞ!」

「「「へーい、(かしら)ー」」」


 ドワーフの鍛治師もノームの魔道技師も、限界まで頑張ってはいるが魔力が尽きちゃどうにもならん。

 鍛治師頭(かじしがしら)の儂も疲れたわ。

 くそったれの帝国軍は効率を無視して、ひたすらミスリル増産を命令してくるが、ミスリル精錬には魔力が山ほど要るんだぞ。

 だから儂らは製鉄の合間に余剰魔力と迷宮討伐の魔石で細々とミスリルを作っておったのに。


「きさまらー! なぜ作業を止めてるんだ!」


 また、うるさい帝国の監督官が喚いておるわ。

 高炉の暑さと魔力酔いに耐える根性もないくせに、たまに覗きに来よる。


「魔力が尽きちゃあ仕事になりませんわ。迷宮で魔石を集めてきてくれれば再開しますがね」


 儂の言葉に仲間たちも続く。


「勇敢な帝国兵の皆さんで迷宮の間引きをお願いしますわー」

「お強い帝国兵の皆さんなら魔物の百や二百は楽勝でしょー」

「魔力がなくっちゃねー。あー仕事できねえのはつれぇわー」

「ほんと、つれぇー、つれぇー」


 ククッ、仲間の煽りに監督官の広い額に青筋が浮んでおるわ。


「ほう。魔力があればいいんだな」


 おや、なんとか怒りを飲み込んだな。

 酷薄な笑みを浮かべながらほざいておるが、なんとかできるもんならやってみろ。


「へぇ。一応言っておきますが人質のドワーフの女子供では無理ですぜ。魔法使い級の高い魔力を持った者じゃないと魔力炉に魔力は注げませんからね」

「解っているとも。おい、例の素材どもをつれて来い」


 監督官め、部下に何を持ってこさせるのか。


 しかし、しばらくして作業場に連れられてきた者を見て、儂らは眼を剥く。

 それは手枷を着けられた傷だらけのエルフの女子供達だった。



────────────



【Side:ドワーフの廃坑跡】



「鉱山都市の港にノルグラスト帝国の船が入った」

「え~、兵士が増やされたのかも~」


 私の言葉に食事を運んできた妻のセルカが不安そうな声を上げる。

 ここはドワーフの先人たちが鉱山都市開発前に住んでいた山の廃坑跡。

 山頂付近の換気口に急造した隠し見張り台から港を監視していたら、帝国の船の入港が確認できた。


「まずいな。これ以上増えて島の探索に乗り出したらノームの里やコルニア村の存在が露見するかも知れん」

「ど~しよ~、早くメルに会いたいのにね~」

「私も同感だけど、みんなを救うためには帝国の情報を探らないと」


 セルカは里に戻りたがっているようだが、私と妻がここを抜けるわけにはいかない。

 妻の治癒魔法は傷ついた仲間の治療に必須だ。

 私の土魔法も帝国兵と戦うには欠かせない。


「トール殿、帝国の船が来たとか」

「ドルトン殿、こんな場所まで登ってこられなくとも」

「いやいや老いたりといえど、この程度なんてことはないですじゃ。まして、この苦難の時に隠居してる暇はありませんわ」


 ドワーフの古老ドルトン殿までが廃坑内を登って見張り台まで上がってきた。

 彼を含めたドワーフ族十数人と我々ノーム族の十人だけが、この廃坑跡に隠れる仲間の総数。


 とはいっても、ドワーフ族の半数以上は帝国の奇襲時に偶然、鉱山都市を離れていた一般の職人など。

 私たちともに都市から脱走できたドワーフ戦士の数は六人。

 内二人はかなりの重傷を負って、まだ定期的な治癒魔法が欠かせない。

 他の仲間も無傷なものはほとんどいない。


 軽傷のノーム族の仲間達とドワーフ戦士長のダンド殿に里への知らせを託したが、南への山道には帝国兵の捜索部隊が居座っている。

 奴らを避けるには山越えの未開ルートを行かねばならない。

 出発してから十日以上経っているが、無事に里へたどり着けただろうか?


 帝国に占領された鉱山都市へ偵察と交渉のためにやって来た私達ノーム族だったが、結果として一年近く拘束される羽目になった。

 まさか問答無用で捕縛され、ノーム族の魔道技師を働かせるための人質にされるとは予想しなかった。

 牢に監禁されていた少数のドワーフ戦士達と協力して脱獄には成功したが、仲間の半数が負傷してしまった。


 今思えば、交渉など甘い考えだったと後悔してる。

 戦争とは縁のない島での長い年月の中で、私達ノームは平和ボケしていたのか……。


 鉱山都市には採掘中のドワーフ、人質の女子供、魔力炉のドワーフ鍛治師とノーム魔道技師、多くの仲間が残っている。

 彼らを救う方法はないものか?


「む、船から人が出てくるぞ」

「あれ~? 一繋がりになって歩いているようだけど、人族にしては小さいよね」

「ダメじゃ、ワシ等ドワーフは明るいところで遠くは見えん」

「……遠くてよく分からないが、子供が混ざっているな」


 妻の言うように小柄な者が多い。あれはたぶん子供や女性だろう。

 列の前後に兵士らしき大柄な人間の姿もある。

 帝国は鉱山にしか興味ないように思えたが、島への移民だろうか?


 帝国はドワーフの取引先だったエルティエ王国向けの鉄製品生産をすべて止め、ミスリル増産のみに血道をあげているはず。

 ドワーフの鉱夫もとより捕虜となった戦士まで、すべてミスリル鉱山の採掘に駆り出されているのだ。

 おかげで無人の鉄鉱山の落盤待避所などから食料などの物資を拝借できるので助かっているのだが。


 まずは情報を得ることだ。

 仲間のドワーフ戦士と今後について相談しよう。


 娘のメルには、まだまだ待たせる事になってしまうな。

 信じて待っていておくれ。

 いつかみんなで笑って里に帰れる日まで。


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