2-11 傷ついた命
白いクジラらしき生物が岩礁で身動き取れないのを見つけた。
とりあえず近寄って見てみようか。
海に入るとクラフト倉庫に収納していたボートを取り出す。
「メル、フロートでいく~」
「わかった。気をつけてな」
「ういうい~」
メルはフロートで向かうというので、フロートとパドルを出してやる。
さらに岩礁の周囲は深いと思われるので、用意していたものを出す。
それは竹筒を密閉して紐で繋ぎ合わせた竹製救命胴衣。
前後に四本ずつ合計八本竹筒が結び付けられている。
紐の間に頭を通してから、脇の紐を結んで装着するのだが、正直、付け心地はよくない。
切実にゴムが欲しいところだ。
メルは海に入るときは貫頭衣のような下着姿になっている。
これに竹製救命胴衣をつけた姿は、かなりダサイが安全のために妥協する。
ゴムがあれば、もっとマシな水着も作ってやれるかもしれない。
俺もトランクスとTシャツだけのスタイルになって救命胴衣を着けるとボートに乗り込む。
二本のオールでボートを漕ぐが慣れてないのでスピードが出ない。
「トーマ、はやく~」
「これで精一杯だよ」
「メル、先に行く~」
「あんまり近づくなよー」
メルはたっぷり遊んで慣れていたのでフロートにまたがりスイスイ進んでいく。
俺も慌ててボートを漕ぐ。
次第にオールの使い方に慣れてスピードが上がってきた。
「あぁ~、ケガしてる~」
先行していたメルは岩礁に乗り移って動けないクジラらしき生物を見下ろしている。
「それ以上近づくなよー暴れるかもしれないぞー」
俺が急いで岩礁へ到着したとき、岩礁にはさまれたクジラがピクリとした。
だが、それ以上動く元気がないようだ。
クジラは三本の岩礁で挟まれた狭い隙間に挟まっている。
岩礁は根元付近で急激に太くなっているので、満潮時には先端付近しか海上に出てなさそうだ。
岩礁に傷ついたクジラが打ち上げられて、さらに潮が引いて挟み込まれたのか。
うーん、サバイバル的に考えれば、これは食材ゲットのチャンス。
日本人だし、鯨肉に抵抗はない。
数回しか食べたことはないけど、俺は竜田揚げや大和煮はうまいと思う。
それに一部の過激な動物愛護団体には、まったく共感できない。
とはいえ、今は猪肉も大量にあるので是非欲しいわけでもない。
それに見てしまったんだよね。
弱ったクジラの目に浮かんだ諦めと悲しみの色を。
「かわいそ~、と~ま~」
メルがうるうるした目で訴えかけてくる。
「……そうだな。助けよう」
このクジラは敵じゃないし、素直に感情にしたがおう。
「やった~メルもがんばる~」
俺も岩礁に上り、クジラをよく観察してみる。
このクジラだが体長が俺の三倍ぐらいありそうだから五メートルぐらいだろうか。
肌が白く、イルカやシャチにも似た顔つきはかわいらしい。
しかし、その額にはなんと五十センチはありそうな角が突き出している。
地球にもイッカクという長い角のあるクジラの仲間がいたが、アレは捻じれてる上に数メートルの長さがあったはず。
そんなことを考えながら、背中を見ると大きな噛み跡がついている。
噛み跡の大きさは一メートル以上もあり、血が滲み出している。
このサイズの傷を与えるのはどんな生物なんだ?
ともかく、この傷を治療しなければ助けられない。
「俺が治癒魔法を使ってみるから、メルは頭をなでて落ち着かせてくれ」
「わかった~」
メルはまったく怯えることなく、クジラに近づくとその頭をなで始める。
クジラはメルが触れた瞬間こそ、ぴくっとしたものの、メルがやさしくなで始めると目を閉じてなすがままになっている。
俺も海に入ると、そっとクジラの背中に触れる。
メルのおかげでクジラは落ち着いている。
治癒魔法は経験不足なので念入りに魔力循環をして魔力を巡らす。
「治癒」
呪句を唱えた瞬間、俺の両腕から暖かい力と光がクジラの背中に広がっていく。
「キュゥゥゥ」
クジラが小さく鳴くが、痛いのか、それとも違うのか判断がつかない。
でも光が消えた後には、背中の傷が塞がりかけていた。
「すごい~ケガちっちゃくなった~」
「なんとかできそうだな、もう一度やってみよう」
傷が治るまで治癒魔法を数回繰り返す。
「なおった~?」
「たぶん。傷が消えてるから成功だと思う」
「よかったね~」
メルがクジラの頭を抱くようにしてなでている。
「キュウ、キュウ」
これは喜んでいるように思えるな。
言語理解スキルはクジラ語には対応できないのか、残念。
俺はム○ゴロウさんにはなれないようだ。
さて、お次は岩礁からの脱出だが、こちらは楽勝だ。
神粘土スキルで粘土化するだけなら、かなり広範囲を粘土化しても精神力は持ってくれる。
後は手作業で粘土を海中に投棄してやればいい。
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神粘土スキルで一番小さい岩礁を削ったおかげでクジラは脱出できた。
「キュウ~、キュウ、キュウ」
「あははは~」
傷の影響は残っていないようで、メルを背中に乗せて跳ねたりしている。
やっぱりクジラは知性が高いのか、俺達が助けたことを理解してるみたいだ。
しかし、角のある白いクジラなんて地球にはいない種だな。
まあ異世界だし不思議はないんだが、問題はクジラに傷をつけた相手。
あの噛み跡から口の大きさは二メートルぐらいあるはず。
クジラを襲う生物といえばシャチが有名だが、昔、水族館で見た記憶ではそんなにデカイ口じゃなかったはず。
やはり異世界にはヤバい生物がいるな。
あまり沖には出ないようにしよう。
さて、せっかくだし、俺も遊んでくるか。
ソーセージ作りに使った竹の注射器を本格的な水鉄砲として再設計したものを新たに作る。
水鉄砲の穴は長く飛ぶように細く空ける。
水の押し出し棒の先には、一回り小さい竹を取り付けてゴブリンの腰布で巻く。
これで密閉度が高まるから飛距離が伸びるだろう。
洗ってはあるが汚く感じて使い道のなかった腰布だが、遊び用なら気にせず使える。
同じものを二丁作るとフロートに乗って海へ漕ぎ出した。
「いくぞー、こいつをくらえー」
「ひゃあ~」
水鉄砲の先制攻撃はメルに命中した。
「ずる~い、メルもやる~」
「はっはっは、メルの分だぞ」
抗議するメルにも水鉄砲を投げてやる。
「やった~、よ~し反撃~」
「キュウキュウ~」
メルとクジラの連合軍で反撃してくるようだ。
「いっけえ~」
「キュ~」
残念! メルの攻撃はパドルでガードされた。
「あ~ずるっこい~!」
「キュキュ~!」
「いやいや、大人の知恵なのだ」
「む~」
「キュキュキュ、キュルルル、キューン!」
メルの抗議に答えたのか? クジラは大きく口を開け、不思議な鳴き声を上げる。
するとクジラの角が淡く発光し、クジラの口の前から大量の海水が噴出した。
勢い良く噴出した海水はフロートの上から俺を落水させる。
「ぶわっ、ゴボボボ……。なんだ、そりゃー!」
「キュキュルすご~い」
「キュウ、キュウ」
なんだ、このクジラ水魔法使えるのか。
そしてメル、いつの間にか名前付けてるし。
どうやらメルは新しい友達をゲットしたようだ。
キュキュル、君に決めた! なんてな。