2-10 初めての○○
崖から下に降りてきた俺達が見たのは、すべての足が折れて口から血を流すイノシシの姿だった。
呻くだけのイノシシに抵抗できる力はなさそうだ。
止めを刺してやろう。
俺は集中して魔力循環を始める。
苦しませないために、新たな土魔法で確実に一撃で仕留める。
俺がイメージしたのは、ノエルの本で存在だけは知っていたが今までは使えてなかった土魔法。
「土槍!」
地面から高速で突き出す土の槍。
槍は狙い通り、イノシシの心臓付近に突き刺さり、その命を刈り取った。
同時に全身に力が満ちる感じがする。
この経験によって、またレベルアップしたのだろうか?
そんなことより、せっかくの獲物だし早く解体しないとな。
まず血抜きをするためにイノシシを宙吊りにしたい。
だが大人三人分の巨体だ。さてどうするか?
普通なら、周囲の竹を交差させて吊るす櫓を組み、ロープで縛って引き上げるとか出来そうだ。
大人が二人いればなんとかできそう。
しかし、ここには解体初心者の俺とメルしかいない。
よって、残念ながらチート技で解決することになる。
クラフトスキルで土壁を作る要領で、地面ごとイノシシを持ち上げる。
ゴゴゴ……、地面がステージのようにせり上がって俺の腰の高さまでの土台になる。
傷つけた心臓の下の土を除けると、そこに作ったばかりの壷を置いて流れ出す血を受けておく。
心臓付近の傷をナイフで広げ、血が流れやすいようにする。
その状態で後ろ足側の地面を持ち上げてやれば頭の方が低くなり血が抜けるのが早くなる。
解体は血で汚れるし、脂でナイフが切れなくなったりするので水とお湯が必要だ。
二つの樽に水魔法で真水を出し、片方の樽の水はスキルで『加熱』して、お湯にしておく。
しばらくして血が抜けたようなので、内臓を傷つけないように腹を裂く。
特に大腸は気をつけないと悲惨なことになるからな。
ちなみにイノシシはオスだったので、例のモノも当然ある。
ここを切り取る瞬間は、なんだか自分のもヒュンとするな。南無南無……。
次に肋骨を苦労して切断すると、内臓を抜く。
抜いた内臓はいくつかに分けて樽や壷に一時保管する。
食材として判りやすいのはレバーや心臓だが、他にも胃袋、腎臓、小腸、大腸など食える部分は色々あるはず。
大腸は内容物がアレなのでしっかりと洗って処理しないとマズイな。
ここだけはさっさと処理したかったので、小腸から指を突っ込んで、水魔法で流しだしてやった。
ふぅ~、マジで魔法に感謝するぞ。
心臓に張り付くようにして握りこぶし大の魔石も見つかったので洗って収納する。
やっぱり普通のイノシシではなく野生の魔物なんだろうか。
ついでに内臓を抜いた腹の中も水魔法で洗う。
肉の温度も下げられるので一石二鳥だ。
肉の温度を下げないと品質が悪くなるらしい。
さらに川に沈めたりすればいいんだが……。
ああ、そうだ。ボートがあるじゃないか。
作ったばかりのボートに水を貯める。
できるだけ汚したくないので、イノシシは入れる前に全身に水をぶっ掛けて丁寧に洗っておく。
「おも~い」
「ガンバレー、イノシシ肉はうまいぞー」
「に~く~」
「にーくー」
メルと二人で掛け声を掛け合って、土台からボートに引きずり落とす。
水しぶきを上げるボート。
水が盛大に溢れてくるが、イノシシが巨大なので全部は浸かってないな。
クラフトスキルの『冷却』を使い、水の温度を下げていく。
どんどん水が冷たくなっていき、ボート一杯がキンキンの冷水となる。
しばらく漬けておけば、肉の熱が奪われるだろう。
しかし肉の量が多すぎる。内臓だけでも二人じゃ多すぎだ。
これは早めにコルニア村まで運んで、お裾分けすべきだろう。
肉を冷却している間に痛みやすい内臓と血を処理しよう。
血を取って置いたのはブラッドソーセージを作るためだ、
あまり日本ではなじみがないが、昔から肉食が盛んな地域ではよくあるソーセージだ。
黒い薄切りソーセージが焼かれたイギリスの朝食とかネットでよく見たことがある。
……うまいものの例えになってないか。
まあイギリスの飯はともかくとして、クセはあるが美味いらしい。
血や内臓の食べにくい部位を加工するのにいいので作ることにする
まず竹を粘土化して巨大な注射器というか水鉄砲のようなものを作る。
ただし先端部分は小指程度の太さで穴もそれなりに太い。
これを利用して血を小腸につめていくのだ。
次に内臓でもなじみのない胃袋、腎臓、肉の切れ端なんかは細かく刻んで血に混ぜてしまう。
さらに塩と村で貰った雑穀や小麦粉を混ぜる。
水分が雑穀や小麦粉に吸われ、どろっとした血になっていく。
臭みを押さえたいので、香草やスパイス類も大量に入れておく。
「アハハハ、おもしろ~い」
いつのまにか、メルが樽に出した真水を注射器で飛ばして遊んでいる。
「メル、それで腸に血を詰めるんだ。手伝ってくれ」
「いいよ~。でも、これ食べられるの?」
「たぶんな。ちょっと変わった味だと思うけど」
「ほ~い。たのしみ~」
注射器のお尻の方から血の混合物をいれて、先端を差し込んだ小腸に押し込んでいく。
ある程度の長さになったら小腸を捻って縛り、次の一本へと移っていく。
メルと二人、苦労しながらも、すべての血を詰め終える。
これを茹でれば大量のブラッドソーセージが完成だ。
茹では拠点ですればいいので、ソーセージや残りの内臓は収納してしまう。
かなり時間も経ったのでイノシシ本体も冷えたようなので、ボートの水は捨てる。
イノシシの解体は村に持っていってからでもいいが、出来る限り鮮度は落としたくない、
さっきの水の冷却で気がついたが、このスキルも成長を感じる。
もしかして、今なら冷凍にも出来ないだろうか。
精神集中して魔力循環を高めると、イノシシに触れて『冷却』からの『冷凍』へのイメージを行う。
俺の手が触れた場所から、どんどんイノシシの体が冷えていく。
やがて触れた手の周囲から白い霜が生まれてくる。
ゆっくりと霜は全身に広がって、やがて肉も凍っていった。
「ふぉぉぉ! なにこれ~カチカチだ~」
「ふぅぅ、やっぱり初めてのスキルは疲れるな」
イノシシは中までしっかりと凍っている。
これなら倉庫に収納すれば数日は解けないだろう。
倉庫には時間停止効果はないが、外の気温に影響を受けないからな。
高性能クーラーボックスに入れたようなもんだ。
手間はかかるが、生肉も氷ブロックと一緒に包んで収納すれば冷蔵庫代わりになりそうだ。
さっそく水を竹筒にいれて氷ブロックを作り、先程の内臓やソーセージと共に収納しなおす。
これで肉も長持ちするし、脂などもかなり保存できる。
特に脂は欲しかったんだよ。
料理のバリエーションが増えるからな。
「つめた~い! おいし~」
「やっぱり汗をかいた後には冷たい水がうまいなー」
解体と片付けで疲れた俺達は、氷水で休憩中だ。
この島がこれから暑くなるのか知らんが、俺の体感的には春から初夏の暑さだから氷水がうまい。
疲れた体に染みわたるぜ。
「あ~! 海になにかいる~」
突然、メルが沖合いの岩礁を指差す。
「なんだ? そんな遠く良く見えるな」
メルの指差す先を見てみるが、遠すぎて岩礁がいくつか集まっている事しかわからん。
そこで両手の人差し指を左右のこめかみにあてて魔力循環を発動する。
魔力が身体強化スキルを高めて視力強化できるのではないか?
狙い通り、指先から流れる魔力を瞳に感じると共に遠くの映像がはっきりと見えてくる。
「白くてでっかいおさかな~?」
「いや、ちがうな……、あれはクジラか?」
沖合いに突き出した幾つもの岩礁の隙間に小さいクジラが挟まってるように見える。
あれはどうやって入ったんだ?
満ち潮で入り込んで、出れなくなったのか?
さて、どうしたもんだろうな。