2-08 ○○の誕生
とりあえず、海水から塩を取り出すことには成功した。
崖での海水の流下乾燥で五倍ぐらいに濃縮できているので、悪くない効率だと思う。
少なくとも五倍の量の海水を最初から煮詰めるよりは遥かにマシだろう。
簾に垂らす海水の量とスピードを最適化していけば、もっと濃縮率も上がるだろうし。
とりあえず、崖の未完成部分にも簾を設置してしまうことにする。
簾に使っていた葦が残り少なくなってきたので竹の細い枝葉なども混ぜて使っている。
色々と改良した結果、簾部分を重なり合うようにしたので、薄い藁葺き屋根のようにも見える。
この製塩設備は塩田棚とでも呼ぼうかな。
遊び場をなくしたメルがやや残念そうにしているが仕方がない。
「すまないな、メル」
「ううん。お塩はとっても大事~」
「そうだな、じゃあ次は壷をつくるぞ」
「つくる~」
数キロの塩ができたし、明日はさらに増産もしたい。
保管するために壷がほしい。
竹製の樽でもいいけど、塩の保存には通気性のない壷の方がいいだろう。
神粘土スキルならば、そこらの土を粘土化して簡単に出来るが、せっかくきれいな海岸にいるんだ。
ここは海岸の綺麗な砂を素材に壷を作ってみよう。
メルと一緒に海岸を歩いて、できるだけ均質かつ綺麗で白い砂のエリアを探す。
「おっ! またシャコガイか?」
「メルもみつけたやつ~」
しばらく歩いていると昨日も見つけたシャコガイらしき貝殻がいくつも落ちていた。
ちょうどこの辺の砂浜は白くサラサラとした砂で素材にするのによさそうだ。
うん。これは石英分が多めなのかな。
砂粒を日に透かしてみると白く半透明なのがわかる。
これは石英を多く含んだチャートなどの石が細かく砕けたものだろう。
川原などに良く落ちていて、ツルツルした綺麗な石は子供の頃には拾い集めてたりしたもんだ。
俺達の来た川では少なかったから、別の川からの石が海まで流れ削られ、この辺りの砂になっているのだろう。
昨日作ったまな板をクラフト倉庫から取り出し、その上に綺麗な白い砂を大量に盛る。
それを神粘土スキルで粘土化すると白い粘土の出来上がりだ。
「よし、これを捏ねて壷や皿を作ろう」
「ふぉぉぉ! メルもこねる~」
二人して粘土を捏ね始める。
「ねれば、ねるほどー、色が変わってー」
「え~? かわらないよ~」
「……うん、そうだね。変わらないよな」
異世界で、このネタが通じるわけもない。
そんなボケをしながらも、シンプルな壷を作る。
円筒形で、くびれはいらない。蓋も必要だ。
形状的には茶筒を大きくしたようなもの。
あ、この形見た覚えがある。
いわゆる骨壷だ。壷の白さで余計にそれっぽく見える。
まあ、こちらの人にはわからんだろうし、気にしない。
メルは皿を作っているようだ。
割と薄めに作っているが、あれは乾燥段階で割れるレベルだ。
陶芸なんてしたことないだろうから、木の皿と同じ感覚で作ってるのかも知れないな。
だが、そこは問題ないだろう。
神粘土スキルによる『硬化』なら焼くわけではないから、その手の失敗はない。
ならば俺もちょっと大胆な造形をしてみるか。
まず、その辺に転がっているシャコガイの貝殻を拾ってくる。
次に粘土を大まかに人型に成形すると、細かい部分をナイフの先で整える。
昨日取って置いた魚のウロコがちょうどヘラ代わりになって具合がいいな。
魚の骨も針の変わりに穴を開けたり、細い線を描くのに便利だぞ。
最近まで見ていた顔を思い出しつつ、女性の裸像を作成する。
う~ん、こんなポーズだったかな~。大事なところは手で隠していたはず。
シャコガイの貝殻の上に立ててバランスを確認する。
そう、作っているのは、有名な『ヴィーナスの誕生』をモチーフにした像だ。
顔も西洋風のバタくさいのは好みでないので、最近見た顔をモデルにしている。
髪の毛のカールの表現も難しいのでストレートになっているだけ……。
「あ~! アーヤの裸つくってる~」
「い、いや、ちがうぞ! こ、これは……その、アレだ。げ、芸術だ! 爆発なんだ!」
「爆発するの~? まほう~?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
しどろもどろになりながらも、適当にごまかした。
その後、粘土を追加しながら、壷、水瓶、コップ、深皿、マグカップ風などをいくつも作る。
完成したものを硬化すると、まるで現代日本製のような白い陶器になった。
製法は違うが磁器といってもバレないレベルだろう。
メルの作った皿も薄くて白い。
これならば、○○春のパン祭りに出せるかもしれない。
俺の壷だっていいものだ。この壷をキ○リア様に届けてほしい。
ちなみにヴィーナス像は完成した途端、メルに巻き上げられた。
なんてひどい……。
ついでにシャコガイを見ていて思いついたことを試す。
このシャコガイの内側は、光沢があって綺麗な色をしている。
たしか真珠と貝殻の成分は似ていて、シャコガイでも真珠が採れることがあったはずだ。
とはいえ海に潜ってシャコガイを採る気にはならない、というか無理だ。
そこで、シャコガイの貝殻を粘土化して光沢の綺麗な内側のみを切り出す。
光沢のある面を出来るだけ崩さないようにして、小分けにして丸めて『硬化』すれば人造真珠モドキの完成だ。
本物に比べれば劣るだろうが、いくらでも作れるぞ。
「ふぉぉぉ! ぴかぴか~、ぴっか~!」
メルも大興奮だ。台詞がどこかの黄色電気鼠みたいになってるぞ。
これは他国との良い交易品になりそうだな。
メルには、これでペンダントを作ってやろう。
だからね、ヴィーナス像を返してくれませんかね。
ダメですか。そうですか……。
ともかく、この辺りの砂は有用なので大量にクラフト倉庫に確保しておく。
シャコガイの貝殻はもちろん、その他の貝殻も同様に見つけ次第確保する。
ありがたいことにレベルアップでクラフト倉庫の容量が上がっているようだ。
感覚的に以前の数倍、もしかすると十倍を超えているかもしれない。
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様々な工作を終えて拠点に戻るとそろそろ日暮れが近い時間だった。
日陰で干しておいた食材を回収する。
コンブは今日使うもの以外はそのままでいいだろう。
うーん、燻製用の魚や鳥は中まで水分が抜けてはいないな。
本当はもっと乾燥させたいが、気温の高さの問題がある。
そこでクラフトスキルを発動して水分が抜けた状態をイメージする。
熱を加えずに乾燥する必要があるので風で乾燥させるイメージだ。
注意深く魔力を流していると、徐々に食材から水分が抜けていく。
これは『乾燥』スキルというべきか、それとも『液体操作』かな。
クラフトスキルは俺の認識で名前が決まるみたいだし、どっちでもいいか。
このスキルで海水の濃縮もできたんじゃないかとも思う。
だがクラフトスキルは実体験のある行為をスキル化する方が習得率や効率が高い。
これは以前の製鉄でも感じたことだ。
脳内でスキルのイメージを構築するときに経験の有無が作用するという仮説を立ててみたがどうだろう。
スキルや魔法理論については、いずれノエルにでも相談してみるか。
やがて適度に乾燥した魚と肉は燻製小屋に吊るす。
かまどでは石鍋で熱されたチップから煙があがり、竹筒を通って燻製小屋へと流れていく。
しっかりと燻製小屋内に燻煙が充満しているようだ。
このまま深夜までは煙で燻しておきたい。
燻製は数時間おきに薪とスモークチップを追加すればいいので、平行して夕食の準備も始めた。
まずピラルクもどきをさばいた後のアラから身をきれいにほじる。
やっぱり狩った命はきちんと食べ尽くさないとな。
ほほ肉に中落ちやすき身などの雑多な魚肉をまとめて石ナイフで叩く。
予想通り石ナイフのほうがいい感じに肉がつぶれていくな。
そこに乳鉢でつぶした山芋をツナギに合わせて捏ねると魚のつみれの完成だ。
効率を考えるなら、ここは神粘土スキルを使ってもいいんだけどね。
たぶん大量生産するならそれがいいだろう。工場で生産するようなもんだ。
あえてスキルをつかわないのは、手作り感が出てうまそうだから。
それに料理は嫌いじゃないからな。
趣味に効率を求めてはいけないのだよ。
残った魚のアラとコンブ、トリガラ、カメノテで出汁をとる。
そこに具材として魚のつみれ、タロイモ、貝を入れる。
野菜が足りないので、山菜とホンダワラもどきも追加しよう。
メルが貝と鳥を捕ってくれていたので、それも使う。
今夜は具沢山スープと鶏肉、タコのバーベキューだ。
「ング、ング、ング」
大きなタコの足を咥えたメルは、その噛み応えに苦戦しているようだ。
でも諦めないところをみると味は悪くないらしい。
なんとかブチンと噛み切ると、今度はもきゅ、もきゅ、もきゅと噛み続けている。
「しぶとかった~」
ようやくゴクンと飲み込んだメルがつぶやく。
うん、こんどは切れ目を入れといてやるか。