2-07 白い結晶
燻製中なので、今日はあまり遠出せずに近場での採集と工作をすることにする。
まずは昨日通過した磯まで戻り、貝類や潮溜まりの魚などを探す。
磯ではカキ、トコブシ、カメノテなどに似た貝が沢山捕れた。
他にも巻貝などがあったが、よく分からん貝を捕らなくても充分なのでスルーだ。
運のいいことに潮溜まりにタコを見つけた。
蛸壺作ったら捕れそうだけど、こっちではタコ食べるのか?
短時間で充分な収穫が出来たので、さっさと戻ることにする。
さて、次は工作だ。
作りたいものは海に来る前から決まっていた。
製塩設備を作りたい。
これは、ノームと人間の村共通の問題、塩不足を解消するために必要な事。
俺自身の立ち位置を確保するためにもやりたかった。
製塩にもいくつか方法がある。色々な漫画、テレビ番組などでも見たことがある。
一番簡単な海水を煮詰める方法、昨日やったが時間がかかる上に燃料を沢山使う。
海草に掛けて乾かして濃縮、最後に海草ごと焼く藻塩もあるけど、藻塩が受け入れられるかな。
砂浜に海水をまいて天日で濃縮する塩田、これは乾燥した晴天が続く場所じゃないと厳しい。
最後に簾や竹箒のようなものを組んで、そこに海水を少しずつ流すことで天日と風で濃縮する流下式塩田。
どの方法も最後は濃縮された海水を煮詰めて塩を作るのは変わらない。
後はどの方法がこの場所に向いてるか。
効率では最後の流下式塩田が最効率なので、これをやってみたい。
これは設備が必要なので初期コストが高いのだが、そこはクラフトスキルで製作できる俺向きだ。
まず、製塩設備を設置するのに最適な崖を探す。
日当たりと風通しが良く、周囲に湧き水のない崖がいいだろう。
シェルターの近くに割りと良さそうなとこがあったので、そこに決める。
崖が土でなく岩なのも都合がいいな。周囲から土埃が飛散しにくい。
岩壁の岩は五メートルぐらいの高さから粘土化して、広範囲に滑らかにしたら元に戻す。
斜面が急角度のウォータースライダーの様になった。幅が一〇メートルぐらいあるから十人ぐらいは同時に滑り降りれそうだ。
もっとも角度六十度ぐらいあるのでスリル満点だけどな。
ここに簾のようなものを立てかけて、少しずつ海水を流す。
日差しと風で蒸発して濃縮された海水が下に溜まる寸法だ。
当然、崖下の海水が溜まる場所にも大型の雨樋のような水受けを設置する。
水受けを流れる海水は、やがて大型の水槽に溜まる訳だ。
五メートルの高さの岩壁の中腹から海水を流すので、その場所に汲んできた海水をためる水槽も必要になる。
まずは、そこまでの階段を岩壁に刻む。
粘土化してえぐっていくだけなので、すぐに完成した。
次に崖の中腹を切り崩し、崩した岩を粘土化して三〇〇リットルは入りそうな水槽を作る。
二人でゆったりと入れる浴槽ぐらいだな。
水槽には穴を開けて、そこから複数の竹のパイプを通す。
パイプは崖に並べた簾の端から端まで、まんべんなく海水を滴らせるように小さな穴を開ける。
海水を貯めるときには水槽の穴に栓をすればいいだろう。
簾も湿地で集めた葦を紐で結ぶことで簡単に作れる。
これに関しては竹箒のような形状と、どちらが効率いいか試す必要がありそうだ。
色々と作ったが、俺が製塩設備をずっと運用するつもりはない。
うまくいくようだったら、村のみんなで運用してもらうつもりだ。
だからメンテナンスが必要な部分は竹や葦などの素材で誰でも補修できるように、基礎的な部分は神粘土スキルによる石造りで頑丈に作った。
さて問題は海水を揚水する方法だが、海水をくみ上げる井戸を作るしかないと考えていた。
だが昨夜、調理の際に気づいたことがある。
水魔法で水を出していたら少ししょっぱかったのだ。
ここでふと気づいた、土魔法は無の状態から石を作れない。
では、水魔法の水はどこから来るのか?
大気中の水分を集めるのか? それとも近場の水源か? または、その両方なのか?
試しに水を出すときに大気中の水分を集めるイメージをしてみた。
結果、ほぼ真水といえる水が出てくる。
次に、目の前の海を見据えて、海水を取り出すイメージをしてみる。
すると確かに出てきた水は塩辛いのだ。
これは朗報だ。海水の揚水問題が楽になる。
水魔法はアーヤから教わった魔法だし、エルフ族もいる村には他にも使い手がいるだろう。
水魔法については、俺よりも彼らの方が優秀なはずだから製塩を任せられる。
最後に濃縮した海水を煮詰めるための、大型のかまどと石鍋を作成する。
これは濃縮した海水を貯めた水槽のそばに設置する。
かまどと水槽を雨から守るために、シェルターと同じカマボコ型の屋根も作った。
これで製塩設備は完成だ。
実際に製塩を試してみよう。
まず、崖の中腹の海水用水槽に海水を貯める。
水魔法で目の前の海からの海水を放出する途中で気づいた。
俺の場合はクラフト倉庫で運んだほうが効率いいんじゃね。
水魔法を止め、海水に腰まで浸かってクラフト倉庫を開き、海水を溜め込む。
海水用水槽まで戻って、クラフト倉庫から海水を放出すれば、MP消費なしで揚水完了だ。
せっかくの便利スキルは活用しないとね。
ただ、毎度水濡れになるのはどうにかならないかね。
早速、海水を流し始めようと思ったら遠くから声が聞こえる。
「トーマ~、なにそれ~」
メルが海から戻ってきたようだ。
製塩設備を見つけたメルは荷物を放り出してダッシュで走ってくる。
階段を軽やかに数段とばしで昇り、あっという間に俺のところまでやってきた。
「ふぉぉぉ、ここからすべるの~」
確かに岩壁をウォータースライダーの様に滑らかに成形しているから滑り台になるだろう。
今は実験段階なので、半分の面には簾や海水回収用の樋を設置していない。
なおのこと滑り台に見えるだろう。
「いや、これは遊び道具ではなくてね……」
「えぇぇ~……」
あからさまにがっくりとするメル。
うーん、今だけはいいか。
「ちょっとだけなら遊んでもいいぞ」
「やった~」
「今だけな。そのうち滑れなくなるからな」
「ほ~い」
クラフト倉庫から特大の木の葉を出して、お尻の下に敷くように勧める。
「ありがと~」
木の葉を受け取ったメルは、躊躇なく急斜面へ跳び出す。
「ふぉぉぉぉぉ!」
奇声を上げて滑り降りてるな。怖くないんだろうか。
あっという間に滑り降りたメルは繰り返す気まんまんの表情で俺を見つめる。
「ああ、今日はそっち側は使わないから好きなだけ遊んでいいよ」
「やった~。ありがと~トーマ」
大喜びするメル。俺は黙って木の葉を沢山出してやった。
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実験の結果、製塩設備での海水濃縮は、それなりに成功した。
ただし、海水の流し方や簾の長さ、設置方法には改良の余地がありそうだ。
これは塩作りをしながら改良していこう。
今は、濃縮した海水を煮詰めているところ。
海岸には流木も沢山流れ着いているので、燃料を集めやすいのも良い点だ。
やがて煮詰めた海水の中に塩の結晶が見えてくる。
さらに煮詰めていくと水分の大半が抜けて、ドロドロした塩と少しの液体だけになっていく。
ここで煮詰めるのは終わりにする。
ドロドロした塩だけを掬い出して乾燥させれば、塩の完成だ。
完全に煮詰めないのは、残りの液体は『にがり』を多く含むから。
これが大量に塩に混ざっていると、とても苦い塩になってしまう。
豆腐作りとかで使える液体だが、今のところは使い道が思いつかない。
もったいないので、一応保存しておくか。