2-06 燻す
石鍋で濃縮していた海水もそろそろよさそうだ。
蒸発するたびに継ぎ足しを繰り返した結果、竹筒二〇本分が五本分ぐらいに濃縮されている。
なめてみたが口が曲がるぐらいしょっぱい。
これでソミュール液はいいだろう。
魚肉はいっぱいあるので燻製はスパイスの配合を変えて二種類作ることにする。
片方はスパイス控えめでマイルドタイプ。
もう片方は例のハバネロもどきも加えて塩も効かせた長期保存用。
集めていた香草の中から清涼感のあるシソに似た香りの葉と酸味のある草を選び出す。
加えて、ピリッとした少しの辛味と苦味、そして香りもよい種をすりつぶしたものを用意する。
これらは村のおばちゃんに教えてもらった。すべて、この島で採れるものだ。
これをベースの香辛料としてソミュール液に加えて煮立たせる。
そして半分を漬け込み用の樽にうつして冷ましておく。
残り半分には海水を追加して煮詰め、追加のスパイスと少量のハバネロもどきを加えると、こちらも樽にうつして冷ましておく。
これで二種類の漬け込み液ができた。
本当は砂糖とかも欲しいが仕方ないな。
漬け込み液が完成する間に鳥もさばいておいた。
魚のほうが日持ちしないので先に消費することにして、鳥も内臓以外は燻製にして保存するからだ。
鳥皮、心臓、肝臓だけ残して、鶏肉はすべて漬け込み液に入れる。
魚も背の身、尾の身はそれぞれ半分ずつ二種類の漬け込み液につけておく。
ハラミを使わないのは、保存性の高い燻製には脂分がないほうがいいからだ。
これで燻製の下ごしらえは完成だ。明日まで漬けておこう。
ぐぅぅ~、メルのお腹が自己主張を始めたようだ。
「おなかへっちゃった~」
「ごめん、ごめん。晩飯もすぐ準備するよ」
かまどに筍を二本、皮ごと放り込む。
新鮮な筍なのでアク抜きせずに蒸し焼きにするつもり。
かまどに石板をのせて、魚のハラミを焼こう。
塩を振っておいたハラミを石板にのせる。
他には砂抜きしておいた貝も焼く。
付け合せに拾った海草も石鍋で茹でておくことにした。
「い~におい~してきた~」
「これは貝の焼ける匂いだな。たまらんな」
貝が焼けてきて、口を開き始めたのでいただくことにする。
「メルの捕ってきた貝はうまいかな?」
「ぜ~ったい、うま~い!」
二人でハフハフと貝をむさぼる。
さすが新鮮なだけあって身がプリプリして噛むたびにうまい汁があふれる。
「うまい! これは最高だな」
「と~ぜん、うまうま~」
そうこうしていると魚のハラミからも香ばしい匂いが漂ってくる。
「うん! 魚も脂のっていてうまいぞ」
「お魚おいし~」
さらに焚き火で直焼きしていた筍もとりだす。
黒く焦げた皮を剥くと、中から白い蒸し筍が芳しい香りと湯気と共に出てくる。
ナイフで適当に切って剥いた皮の上に並べる。
「ほら、筍もうまいぞ」
「ホクホクでおいし~」
最後にゆでておいた海草を食べてみる。
ホンダワラもどきは茹でたらきれいな緑色だ。
コンブもどきはあまり色には変化ない。
黒に近い地味な色で、日本人以外には食べられるようには見えないかもな。
「かた~い、びみょ~」
「たしかにコンブは固いな。もっと煮込む必要がありそうだ」
コンブもどきはメルにはあまり評判がよくなかった。
ホンダワラに似た細い海草はシャキシャキ触感がいいので、スープの具にはいいかもしれん。
ためしに海草を茹でた汁を飲んでみたら、うっすらと出汁を感じる。
これはコンブもどきの成果だろうか。
干してみたら、もっといい味になりそうだ。
「ふぅ、うまかった」
「おなかいっぱい~」
海でのバーベキューに大満足だ。
メルは海で遊んで疲れたのだろう。
満腹になるとこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。
俺はメルを抱えるとシェルター内のベッドへ運ぶ。
疲れているのは俺も一緒なので、後片付けもそこそこにして、俺も隣のベッドで休むことにする。
明日からもやることは一杯だ。
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うーん、腹が重い。
扉の隙間から差し込む朝日の光で目が覚める。
寝ぼけまなこで頭を持ち上げると、俺の腹の上にクロスするようにメルが爆睡している。
おいおい、メルのベッドは隣だろう。
むにゃむにゃ言いながら幸せそうに寝てるメルを起こすのも忍びないので、そうっと体を抜く。
静かに外に出た俺はさっそく海へと向かう。
朝一の海からコンブもどきを拾うためだ。
狙い通り、山のようにコンブを集めた俺は竹で物干し台を作ると、竹竿に昆布を洗濯物のように干す。
乾燥させて保存しておけば、よい出汁のとれる乾物になってくれるだろう。
さらに竹を並べた平置きの干し台も作り、手持ちのキノコを干す。
こうしておけば、日持ちがする上に良い出汁がでる。
それとは別に、風通しの良い木陰にも干し台を置く。
ここに漬け込み液につけた魚や鶏肉を並べて乾燥させるためだ。
漬け込み時間がやや短いのでさっと水洗いだけで塩抜きは省略する。
なにせ冷蔵庫がない世界だ。減塩とか甘いことは言ってられん。
健康や味より保存性優先だ。
各種素材の干しを準備したら食事の準備に取り掛かる。
朝食のメニューは鶏がらの出汁でとったスープに、鳥皮、ハツ、レバー、山菜、筍の肉野菜炒めだ。
スープの具には貝とホンダワラもどきを追加している。
うん、うまい。
スープは鶏がらスープと貝の出汁が合わさって、うまい塩ラーメンのスープのようだ。
ああ、どうして今ここに麺がないのだろう。
ちくしょう、いずれは麺も作ってやるぞ。
日本人の食い意地をなめるなよ。
「……い~におい~」
匂いにつられてメルが起きてきたようだ。さっそく朝食にしよう。
朝食はメルにも好評だった。
特にスープは気に入ったようで、今日も弓と熊手の両方を持って鳥と貝を捕ってくるとメルがやる気一杯だ。
メルが意気揚々と出かけたので、俺は燻製小屋を作ることにする。
一坪ほどの床面積の小さな燻製小屋をクラフトスキルで作成して、その隣にはかまどを作る。
かまどには大きめの石鍋を置き、石鍋からは長い竹筒で隣の燻製小屋に煙だけを送れるように工夫した。
これは冷燻という方法で、熱源に魚や肉を近づけないようにするためだ。
料理番組とかでフライパンで燻製用のスモークチップを熱するのは熱燻や温燻という方法なんだ。
俺もスモークチーズや燻製卵を作ってみたことがある。
高温で食材にすぐに火が入ってしまうため、おいしく食べる分にはいいが、常温での長期保存には向かない。
それに対して低温の煙でゆっくりと燻製した冷燻という方法は日持ちがいい。
本当は寒い冬に数日から数週間かけてやるものなんだけど、そこはチート技のクラフトスキルで水分を抜く予定。
海辺の気温は日差しも強いせいか、日本の初夏に近い感じなので、普通にやってたら腐ってしまう。
ちなみにスモークチップにはクラフト倉庫内の木材から森で見つけたドングリの仲間の木を選んでみた。
木を細かく砕いて、石鍋にいれて下から加熱すると、そのうち煙が出始める。
うん、うまく燻製小屋に流れ込んでいくようだ。
これで干した魚や肉を燻製小屋に入れてやれば燻製が出来るぞ。