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1-02 サバイバル

 チチチチ、遠くで鳥の声が聞こえる。森の中を沢が流れ、開けた頭上から光が差し込む。暖かな陽気はのどかな雰囲気を醸し出している。

 しかし水面にうつった自分の顔が異世界転生という現実を突きつけてくると、急に空気が冷えるような感じがして身震いする。


「マジだったんか……」


 一言つぶやくとその場に座り込んでしまう。

 しばらく、そのまま呆然としていたような気がする。


 パシッ!両手で自分の頬をはたく。


「しゃあない。切り替えていこう!俺を待つ人間もいないし、あんな会社にも未練はないさ!」


 自分で言ってて若干寂しくもないが、気合は入った。


「しかし、俺の高校時代の顔に似ているような……こんなイケメンな感じじゃなかったけどな」


 改めてよく見ると、この顔は若い頃の顔を精悍にしたように見える。そういえば、この体もずいぶん引き締まったような感じがする。

 さっきの木登りも楽々とこなしていたし、身体能力が上がってるじゃないか。

 誰が異世界に連れて来たのか知らんが、そこは少しだけ感謝してやろう。

 だけど、異世界転生といえば、なんかチートがあるんじゃないかな。


 本日二度目の「ステータス」を口の中でつぶやいてみて、何も起きない事に身もだえしてしまう。


「ちょっとー。責任者ー、説明してー」


 俺の叫びはむなしく森の中に響くだけだった。



――――――――――――



 叫んでも状況は変わらない。あきらめて本来の目的の水を飲んでみよう。

 水は綺麗でゆっくりと流れているから、そのまま飲めそうに思える。本当は煮沸消毒したいが何の道具もないし、その準備をするにも時間がかかる。

 覚悟を決めて手で水を掬い、一口だけ飲んでみる。


「ふぅ、うまい」


 もっと飲みたいが、ここは我慢して、しばらく様子をみよう。半日たっても腹を壊さないようなら、もう少し飲んでもいいと思うけど。

 沢伝いに歩いて行くと、淵になってる場所を見つけた。ここなら魚もいそうだ。

 うまい具合に、淵の中ほどには飛び出した岩もある。これなら、ガチンコ漁ができるんじゃないか?

 川から飛び出している岩に手に持った岩を叩きつけて、その衝撃波で水中の岩の近くに隠れた魚を気絶させて捕ることが出来るはずだ。

 もちろん日本じゃ違法らしいのでやった事なんかない。漫画からの知識だからな。

 周りを見回して三〇センチほどの石を持ち上げようとするが、意外に重いぞ、これ。


「どりゃぁぁー!」


 掛け声と共に力をこめると、ガコッっと石が持ち上がる。気のせいか、その一瞬、うっすらと波紋のような光が石の表面を流れたような気がする。

 持ち上げてみると意外にも、それほど重くない。元々の石のあった場所を見ると大きな岩が埋まっているのが見える。


「え、これって地面に埋まった岩の一部だったのか」


 割れたような跡も見えるし、俺が無理やり引きちぎったのか。いやいや、岩を引きちぎるとか、どんな怪力だって話でしょ。

 片手で持ち上げた石をペンペンと叩いてみると、その手触りに疑問を持つ。


「これ岩じゃないぞ。粘土だ」


 最初に持ちあげようとした時は石だったはずだが、今その表面を押してみると固いが凹む。


「粘土と岩をまちがえるなんて間抜けにほどがあるな」


 粘土ではガチンコ漁には使えないしな。そんなことを考えながら両手で粘土を握っていると、再び表面に波紋が流れ、その感触が固く変わっていく。


「うぉっ!粘土が石に」


 粘土だと思っていたものは、再び石に戻っていく。どうなっているんだコレは。

 粘土とも石とも判断つかないそれを地面に置いて眺めてみる。最初に見つけたときは石だと思ったんだ。それが実は埋まった岩の一部だった。だから、なかなか持ち上げられなかった。

 それがガコッと取れてみると粘土で、今は石に戻っている。固さの変化する石なんて聞いた事ないぞ。この周りの石はみんなそうなのか。

 別の小石を拾ってみるが、どうみても普通の石である。これが粘土になるのかと思いながら、手の中でニギニギしていると、表面に波紋のような光が流れ、その感触が変化する。


「粘土になった……」


 どうやら俺が石を粘土に変えたのだと気づく。それならばと、粘土になった小石を石に戻るように念じながら叩くと、再び石に変化する。


「これ……、俺の力なのか」


 不思議な能力に驚くが、同時にその地味さに脱力する。


「神様か誰か知らないが、転生させるならもう少し格好いいチートをくれぇぇぇ!」


 何度目かもしれない俺の叫びが、再び森の中に響くのだった。

 なお、俺の能力はスキル『神粘土』と自称する事にした。



――――――――――――



 とにかく、せっかく得た力なんだ。


「見せてもらおうか、異世界チートの性能とやらを!」


 変なテンションになりながら、握りこぶし二個分ぐらいの石を両手でつかむ。

 柔らかい粘土を揉むイメージで力をこめると、やはり石の表面にうっすらと波紋のような光が流れる。

 その瞬間、石は粘土に変り、指がめり込んでいく。


「おお、すごいぞ。これは思い通りに加工できるんじゃないか。ブッシュクラフトが捗るぜ」


 まず、粘土化した石を長方形に平たく伸ばしていく。さらに片側の先端を鋭く尖らせて斧のようになるように成形していく。

 そして柄を取り付ける部分は指で穴を開ける。これは地味に便利だ。

 普通の石斧なら柄は木の皮で縛るぐらいしか出来ないが、穴が開くなら木の柄を簡単に取り付けられる。

 手頃な木の枝を穴に突き刺して、粘土の斧が完成だ。

 ごくりと唾を飲み込みつつ、両手で粘土の斧を持ち上げて、石に戻るように念じる。

 粘土に表面に波紋が流れ、石へと変化する。


「おお、立派な石斧だ」


 刃の部分があまり鋭くないが、しっかりとした石斧が出来上がった。刃の部分は少し石で擦ってやれば、立派な磨製石器だろう。


「よし、ドンドン行くぜ」


 同様の手順で石のハンマーや石のナイフを作成する。


「次は石鍋でもつくろうか」


 やや大きめの岩を持ち上げて粘土化しようとしたところで、不意に立ちくらみを覚える。


「あれ、れ……」


 我慢できずにその場に座り込んでしまう。どうにも頭がクラクラする。

 これはもしかして、MP切れってやつなのか。

 良く考えてみれば、どんな能力でも使い放題って事はないだろう。

 石斧、石のハンマー、石のナイフの三種が揃っただけでも、御の字だ。

 しばらく休憩しよう。そういえば、採ってきたサルナシもどきの味見もしてみるか。


「ウーン、スッパ!でも、うまい」


 サルナシもどきはすっぱい実が多かったが、中には少し甘い実もあった。

 それに酸味の多い実がのどの渇きを癒してくれる。安全が確認できるまで、あまり水をガブ飲みしたくないからな。

 しばらく休憩をとると、頭もスッキリしてきたように感じる。


 そこで当初の目的、ガチンコ漁を試してみる。

 今度は石のハンマーがあるんだ。俺はそっと水に入り、水面から顔を出す岩を、思い切りハンマーで叩く。

 ゴーンと鈍い音と波紋が水面を伝わっていく。しばらくすると何尾かの小魚が浮かんでくる

 イワナに似た川魚だ。たぶん食えるだろう。


「やった。晩飯ゲットだぜ」


 二〇センチもない小魚だが十分だ。ほっておくと気絶から回復してしまうから、すばやく確保する。

 場所を変えて何回か漁をすると、十尾近く確保できた。三〇センチ近い大物も二尾捕れた。十分な戦果だ。

 魚が捕れたんだ。まだ陽は高いが、早めに火を起こす準備をしよう。


 森に戻り、よく乾いた倒木を集めてくる。同時に細い木の皮を剥いで取ってくる。木の皮は縦に裂き、編んで紐にする。

 倒木は薪にも、火起こしの為の材料にもなる。

 太目の倒木を石斧で裂いて、できるだけ板状に近くなるように成形する。これは火きり板。

 倒木の中で真っ直ぐな棒を探し出し、火きり棒とする。

 火きり板の端を火きり棒で回転させながら擦って、摩擦熱で火を起こすわけだが、これを手でやるのはかなりの根性とコツがいる。

 そこで弓切り式を試してみる。よくしなる枝を探してきて、木の皮で作った紐で弓を作る。

 これは両手でゴリゴリと棒を回転させる代わりに、小さな弓の弦を棒に巻きつけてスライドさせる事で回転させる訳だ。



――――――――――――



「ふぅー、動画で見るほど簡単じゃなかったな。だが、見よ、これが文明の灯火だ」


 ずいぶんと苦労したが、火を起こすことに成功した。

 比較的綺麗な倒木をまな板代わりに魚を石のナイフでさばく。ハラワタを抜いた大物二尾は木の串に刺して焼こう。他の小魚はまとめて葉っぱに包んで蒸し焼きにする。

 また、森の中で生木から大きめの木の皮を剥いできたものを、丸めて鍋代わりにする。これは旅館とかで見る紙製の鍋と同じ原理で、中に水が入っていれば燃える事はない。

 もちろん強火では端から燃えてしまうし、耐久性もないが、とりあえず水を沸かす用途には十分だ。


「この魚うめぇ。それにただのお湯だけど、落ち着くわぁ~」


 空腹のままで一日働いた成果だ。まずいわけがない。塩がないのがやや寂しいが、串に刺した魚は香ばしい。

 葉っぱで蒸し焼きにした小魚も、炭に埋めて念入りに火を通したおかげで生臭くなく骨まで食べられる。

 木の皮の鍋で沸かしたお湯をのみつつ、まったりする。

 チート能力の確認で時間が無く、シェルターを作れなかったのが残念だが、いくつかの道具を得られたのは運がいい。

 この能力を生かして、生き残る手段を増やしていこう。


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