2-03 子供達
館を出るとキャッキャと子供達の笑い声が聞こえる。
「回る~回るよ~」
「くるくるだー」
「おもしろそー」
「ぼくもやりたいー」
「やりたーい」
メルの周りに子供達が集まって騒いでいるようだ。
近づいてみると、メルが前に作ったフラフープ(小)を指先で回していた。
「あ、トーマきたー」
メルが俺に気づいて走り寄ってくる。
そして期待に満ちた目で俺を見上げてくる。
あー、言いたいことはわかるよ。
「なあ君、この村にも竹の枝ってあるかな」
「うん、籠の材料とかで竹はいっぱい集めてあるよ」
「細い枝を十本ぐらい貰ってきてもらえるかな」
「うん。すぐ貰ってくるよ」
一番年長そうな少年に竹の枝を貰ってくるように頼む。
どうせなら人数分のフラフープ(大)を作ってやるとしよう。
少年はすぐに竹の枝を貰ってきてくれたので、さっそく加工する。
周りに大人の目はないし、地味な加工だからクラフトスキル使ってもバレないだろう。
さくさくとフラフープ(大)を五本ほど作成する。
「よーし、俺が手本を見せてやる」
フラフープを頭から腰へと通すと、くるくる回し始める。
「どーだ、この腰づかい!」
腰を回すしぐさが面白いのか子供達は爆笑する。
「アハハ、なんだそれー」
「「「キャハハハ」」」
「ハハハハ、いつもより多めに回しておりまーす」
するとメルも対抗して今度はフラフープ二本を腰で回し始めた。
「ほ~い、二本~」
「「「すごーい」」」
おいおい、俺の時とは扱いが違くないかー。まあいいか。
見ている子供たちにもフラフープを渡して回し方を教える。
「うん、うん、こうかっ!」
「まわったー」
「アハハハ、おもしろーい」
子供は適応力が高いな。ほとんどの子供は回し始めた。
おや、一番小さな女の子がうまく回せないようだ。
「コルンできないー。ウワーン」
ああ、一番小さい子には大きすぎたようだ。
さっそく大きさを調整して中型サイズを作る。
「ほら、こっちでやってみてごらん」
「……うん」
「きっとできるよ~」
メルと俺で一緒に練習する。
しだいにフラフープ(中)なら1~2回は回せるようになる。
「まわったー」
「うんうん、じょうずだね」
「いっしょだね~」
たどたどしい回し方だが本人は喜んでいるし、子供はいつの間にか上達するもんさ。
「うふふ、すっかり子供達の人気者ですね」
「子供達はゴブリンの襲撃からこっち、元気をなくしていたから、こんなに笑う姿を見れて私らも嬉しいよ」
いつの間にかアーヤと村のおばちゃんが背後で見ていたようだ。
「そうさ、子供は笑っているもんだ」
子供の泣き顔は見たくない。誰だってそうだろう。
「ところでメルンちゃんが塩を持ってきてくれたんだけど、交換する品は何がいいのかねぇ」
「う~ん、いらな~い」
「村では塩が不足して困っていたんだ。そういうわけにはいかないよ。今までどおり布や毛糸でいいのかねぇ」
「なんでもい~よ~」
メルの荷物は塩だったのか。
鉱山都市との交易は止まっているから、ノームの村でも塩は不足気味のはず。
俺にも分けてくれたし、ノーム族はお人好しだなぁ。
だが、そういうのは嫌いじゃない。
恩には恩で返していかないとな。
そーいえば、クラフト倉庫に食材が残っている。
悪くなるものは、ここで使ってもらおう。
俺は、肉や魚など日持ちしない食材を取り出すと、おばちゃんに渡してしまう。
「こんなものだけどよかったら、そっちで使ってもらえると助かる」
「あらあら、ありがとうよ。ここのところ狩りができてないので助かるよ」
おばちゃんは食材をもって調理場へ向かっていった。
「泊まっていただく家の準備ができたので案内しますね」
アーヤの案内で今夜泊めてもらう家に向かう。
これから帰還のお祝いがあるらしい。
ただし、犠牲者もいるので簡素なものにしてもらったとアーヤが謝罪してきた。
まあ当然だ。あんまり祝える状況ではない。
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確かに帰還のお祝いというか、食事会は地味なものだった。
もしかしたら犠牲者のお通夜も兼ねてるのかもしれない。
とはいえ、村人は全員アーヤにお祝いを述べていたようだし、アーヤが愛されてるのはわかる。
ついでに俺にも挨拶にくるのは、ちょっと面倒だったけどな。
メルはさっさと食事を済ますと子供達の所へ逃げたし。
しかし、なんというか違和感がある。
この村の人たちは線が細いというか筋肉が足りない感じ。
しかも割と美形な人が多めで農民ぽくないんだよな~。
アーヤの言うようにエルフや、その血が入っていると思われる人もそこそこいるみたいだ。
その辺を失礼にならないように聞いてみると理由を教えてくれた。
この村には元々農民や職人だった人はほとんどいないそうだ。
ここの難民は、帝国の侵略で特に弾圧を受けそうな階級や人種の人が中心だったからだ。
そりゃ普通の農民や職人は国が滅んでも必要な存在だものな。
帝国にとって搾取はしても、無駄に弾圧する意味がない。
そういった理由で村を開拓するのは相当困難だったらしい。
今でこそ農地も開拓済みで牧畜や綿花栽培などもやっていて自給自足体制がかなり出来ている。
この島で開拓を始めて一〇年程度らしいので、かなり速いペースだ。
どうやらはっきりとは言わなかったが、開拓当初は亡国の騎士達など大勢が協力していたようだ。
今は非戦闘員が多いようだし、その辺はなんか事情がありそうだが、俺は空気が読める男なので無理には聞かない。
政治的な話題は程々に流して、島の地理や開拓関連の事を聞かせてもらった。
コルニア村は島の南部にあり、北に数日の位置に鉱山都市、北西に1日弱でノームの森という位置関係になるらしい。
島の東側は沖合いに岩礁が広がる遠浅の海で、港が作れないため未開の土地らしい。
この村からも南に半日程度で海に出ることができ、そこから東に少し進めばきれいな砂浜が広がっているそうだ。
これはいいことを聞いたな。ぜひ行ってみたいぞ。
その後、食事会を終えると早々に休ませて貰うことにした。
今日までの色々で疲れが溜まって限界だったのだ。
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窓の鎧戸の隙間から眩しい光が漏れてくる。
久しぶりに快適な場所で熟睡できたせいか、目覚めは爽やかだ。
さて、これからどうするか。
アーヤを村に送る役目は完了したからな。
コルニア村と帝国の関係は気になるが、彼らの問題であり余所者が口出しできない。
逃げるのを止めて恭順するという選択肢だってあるのだ。
ノームの件を知るかぎり、あまりいい選択ではないと思うが。
村の広場に出て体をほぐしていると、村のおばちゃんが朝食ができたことを教えてくれる。
お礼を言って部屋に戻り、まだ寝ているメルを起こす。
目をこすりながら、むにゃむにゃ言うメルを引きずるように館の食堂に向かう。
「おはようございます。トーマさん」
「おはよう、アーヤ」
「……おぁよ~」
まだメルは夢うつつのようだ。
しかし、湯気の出るスープとパンが運ばれてくると目をパチッと開く。
「い~におい~」
匂いでお腹が目を覚ましたのか。
「では神の恵みに感謝して、いただきましょう」
アーヤの号令で朝食を食べ始める。
「おいし~」
「昨日渡した魚も使ってくれてるのか。無駄にならなくてよかったな」
「この魚、脂が乗っていておいしいですね」
村のおばちゃんの料理はうまい。あのナマズっぽい魚の臭みを一切感じないぞ。
やはり現地の人だけに香草とかの使い方が上手なんだろうな。
それにキチンと畑で育てた野菜を使ってるから野草と違ってアクもない。
「メルンさんのおかげで塩も効いてますし」
「えへへ~」
「やっぱり不足してたのか」
「ええ、塩は交易に頼りきりでしたから」
「でも、この先困るよな。ノームの集落でも塩は鉱山都市との交易品だったから」
「はい、貴重な塩を分けていただき感謝しています」
「いいの~」
ノーム族って魔力が高いから知性的なのかと思ってたけど、実はのんきな性格だ
メルが子供っぽいのかと思っていたが、学者肌のノエルの方が異端だった。
貴重な物資を簡単に譲ってくれるし、善良で愛すべき種族だと思う。この村にとっては良き隣人だ
日本人の俺としては実に羨ましい話だ。
せっかくなので、この機会にこの先の予定について告げる。
「この後メルをノームの村まで送ったら、俺は海へ行ってみたいと思っている」
「えええっ、このまま村にいて下さるものかと思ってましたのに」
「えー、メルも海に行くよ~」
「いやいや、一度は戻らんとダメだろう」
「おてがみ書いて~、祠にいれといて~」
「ああっ、ダムの祠って郵便ポスト代わりだったのか」
どうやら塩と一緒にノエルからコルニア村宛の手紙を託されていたようだ。
今回のように連絡が途絶える場合に備えて、中間地点に連絡用の祠を作った訳か。
お互いに定期的に足を伸ばす手間はあるが、ノームとの連絡手段ができるのはいいことだ。
「そんな……、じゃあ、せめて村にまた来てください」
「ああ、寄らせてもらうよ」
「ぜったい、ぜったいですよ!」
涙目で力説するアーヤだが、別に今生の別れでもないし大げさだろう。
さて、海かぁ。ブッシュクラフター的には良い舞台だ。
新たなステージに期待が高鳴るな。