2-02 少女の帰還
「アヤナさまぁぁ!」
「よくぞ、ご無事でぇぇぇ!助けが遅れて申し訳ありませぬぅぅ!」
「うぉぉぉ!よかったぁぁ!」
ものすごい勢いでアーヤに迫る三人の男達。
ゴブリンと戦っていた三人はアーヤの村の仲間だろうけど、感激で涙流さんばかりの勢いだ。
いや、ホントに号泣しているのもいるな。
正直、ちょっと暑苦しい。
「村は無事でしたか?子供達は?」
「はい!アヤナ様のお陰で子供達は無事でした。ですが御身を盾にして逃がすなどお止めくださいぃ!」
「いいえ、年長者が幼い者を守るのは義務ですから。ところで牧童の二人は?」
「残念ながら彼らの内一人は命を落としました。もう一人は重傷ながら命永らえております。他には軽傷者のみです」
「ああ、なんてこと……」
悲しい報告に涙するアーヤ。
やはりコルニア村ではゴブリンの襲撃で犠牲者が出ていたか。
アーヤの話から足止めした若者達は厳しいと思っていたが残念だ。せめて彼らの勇気を称えよう。
「ところで、そちらの御仁は?」
「私を助けていただいたトーマ様とノーム族のメルン様です」
「トーマです」
「メルだよ~」
アーヤの紹介に答えて会釈する。メルはいつでもマイペースだ。
「おお!それは、ありがとうございます!先ほどの助勢といい感謝に堪えません。私はヤーゴル、アヤナ様に仕える騎士です」
「「ありがとうございます」」
ヤーゴルと他二名の男達は、深く頭を下げ感謝の意を示してくれる。
「いえいえ、偶然の巡り合わせですよ。できれば、もっと早く送りたかったのですが、途中にゴブリン共の巣穴がありまして」
「なんと!では討伐隊を組織せねば!」
「巣穴は潰しましたよ」
「は?では他にも御味方がいらっしゃいますのか?」
「はい。私とメルとアーヤ、それにもう一人ノーム族の仲間で潰しました」
「ははは、ご冗談を……」
「いえ、ヤーゴル。本当なのです」
「「「えええぇぇ!」」」」
俺の説明を肯定するアーヤの言葉に絶叫する男達。
そりゃ助けるはずの姫が、数人でゴブリンの巣穴を潰してきたなんて、信じられないのも無理はない。
「日が暮れてしまいますから、詳しい事は村で話しましょう」
アゴが外れたような表情で愕然としてる男達にアーヤが声を掛ける。
彼らはコクコクと虚ろに頷くが、大丈夫かね。
ともかく俺達は無事にコルニア村へたどり着く事ができそうだ。
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「「「アーヤさま~」」」
「よかったぁぁ~」
「ウワーン」
コルニア村に戻ってきたアーヤは子供達にもみくちゃにされている。
あの中には彼女が守った子供達もいるんだろう。
それに大勢の村人が周囲に集まってきて喜びの声を上げている。
アーヤが皆に愛されているのが良く分かる。
アーヤは否定していたが、めっちゃ姫として敬愛されているじゃないか。
「──というようにトーマとメルによって私は救われたのです」
アーヤの説明で村人達の視線が一斉に俺とメルに集まる。
「「「ありがとー」」」
「よくぞ、姫様を!」
「ありがとうございます」
子供達や村人達の感謝の言葉が次々とかけられるが、少々照れくさい。
「えへへ~」
メルもめずらしく照れているようだ。
「ですが、ゴブリン達の襲撃で失われた命もあります。彼らの献身に感謝を」
アーヤの言葉で周囲の熱気が静まっていく。
犠牲者の事に思い至ったのだろう。
村人の中には祈りをささげるよな姿勢をとる者もいる。
「皆もアヤナ様からもっと御話を聞きたいだろうが客人もおる。今は詳しい話を聞きたいのでな」
「では、村長に報告してきますね」
村長らしき人が集まった村人に告げ、アーヤが周囲の村人たちに暇を請う。
アーヤと俺は共に大きな館の中へいざなわれる。
メルも参加すべきと見回したが、さっさと村内を探検に行ってしまった。
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執務室のような部屋に招かれたアーヤと俺達は、集まってきた村の重要人物とゴブリンの件について話し合う。
この場に集まったのは、人族の村長のイサロイ、人族の騎士ヤーゴル、エルフで魔術師のソリュードなる人物の三名。
「まずは御礼を、よくぞ姫様を助けてくださいました」
「私も改めて御礼を申し上げます。先程の戦いでも助力なくば犠牲が出ていたかもしれません」
「姫様の救出に百の感謝を。貴殿の勇気に百の敬意を」
村長とヤーゴルさんのお礼は普通だが、ソリュードさんはエルフらしく独特の言い回しだな。
「彼女を助けることが出来たのは本当に偶然です。めぐり合わせがよかった」
「亡きご両親のご加護があったのでしょう」
あー、彼女の両親は亡くなっているのか。
村長も悪気はないんだろうが、大事なことをさらっと言ってるぞ。
「アヤナ様がさらわれた時、村は混乱していて逃げた方向を確認できなかったのです」
「ゆえにゴブリンの雑兵共が最後に逃げし東の方角を捜索」
「けれど、いくら探してもゴブリンの巣穴を発見できず、反対側の川の上流を探し始めて先程の戦いとなったのです」
「ゴブリン共に惑わされるなど我らの不覚」
ヤーゴルさんとソリュードさんとで捜索の経緯を教えてくれる。
この村の規模では捜索隊の数も知れているから仕方なかったのだろう。
事実、戦力不足でゴブリン集団と互角以下の戦いになっていたし。
ところでゴブリンの巣穴の件についても彼らに説明すべきだろうが、クラフトスキルについてはできるだけ隠しておきたい。
すでにアーヤには渡り人であることを看破されたが、あちこちに吹聴しまくるようなことは避ける方向でいこう。
俺については遠方の国から来たノーム族の客人であるという説明でごまかした。
完全に嘘という訳でもないしね。
「――という訳で、洞窟の周囲が崩落して、その落石で塞がれた川の増水によってゴブリンの巣穴は水没したのです」
かなり苦しい説明だが、ゴブリンが掘り抜いた洞窟の周囲が崩壊して水をせき止めたということにする。
村への帰還前に俺の能力について隠すことを頼んであるので、アーヤも特にツッコミは入れてこない。
「再び、あの場所から出てくることはないでしょう」
「おお、それならば安心です」
村長も納得しているように見える。
アーヤの救出に加えて、村の戦士と共にゴブリンと戦ったこともあって、俺の言う事を信用してくれるようだ。
そして話は、彼らにとっても重要なノルグラスト帝国による鉱山都市占領の件に移る。
ノームの村で聞いた話を伝えていくのだが、話が進むにつれて彼らの表情は厳しくなる。
帝国の侵略からの難民である彼らには、かなりの危機に思えるのだろう。
もし帝国がこの村に来ないとしても、交易の途絶えたままの現状は困るだろうし。
「うーむ、ノームの方々も帰還せずとはいったい鉱山都市はどうなっているのか?」
「村長、村の守りを固める必要がありますぞ」
「我等も偵察すべき」
村長、ヤーゴルさん、ソリュードさんがそれぞれに意見を出しているが簡単に決まる話でもない。
もちろん鉱山都市については俺も知りたい。
ノーム達には恩があるし、行方不明のノーム族にはメルの両親も含まれているらしいからな。
しかし軍隊相手に俺一人でできることなど、たかが知れている。
伝えるべき事は伝えたし、外部の人間が参加すべき話でなくなってきたので、この場をお暇することにする。