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94話

ランディはーーいや、カルロもだが、彼は元々交遊関係にあったので直ぐに打ち解けたーー今だ嘗て無い居心地の悪さを感じていた。

主に、敬愛してやまない勇者、レイによって。


「淳、砂糖とってー」

「あいよー。ミルクは?」

「んーん。大丈夫」

「あ、レイくん、これ美味しいよ、タルト」

「ん。一口頂戴」

「ああ、レイ。口元に滓がついてるから」


ーー等と。

彼らにとってはお馴染みの団欒に、初見の彼女は当然ついていけなかったのだ。

まさか敵地で、敵の大将たる魔王アイヴィスが、人族の希望の光たる勇者レイアーノの口元を拭ってやったり、側に控えている騎士が甲斐甲斐しくお代わりの紅茶を注いでやる光景など、誰が想像するだろうか。いや、しない。

プルプルと身体を震わせるランディを他所に、和気藹々とするレイたちは、最後の良心となりつつあるアイヴィスによって嗜められた。


「ほら、お前たち。そろそろ話し合いを始めようか?」

「「「はーい」」」

「……貴方は何時から保父さんに転職したんです?」


カルロの呆れたような物言いは、ランディも聴きたいことであったが、彼が堪えきれずにブフッと噴き出したことで全てが台無しであった。


「別に職業を変えた覚えはないな。弟妹が増えた記憶はあるが」

「……元とはいえ、勇者を弟扱いですか」

「役職は関係ないだろう? それと、勇者と言ってやるな。地雷だから」


案の定、親の敵でも見るような目付きで睨み付けるレイに、カルロは肩を竦める。


「失礼しました。……それにしても、随分と仲良くなられた」

「レイは根が素直で優しい子だからな。末っ子扱いされているのさ」


グリグリと頭を撫でられるレイは、満更でもないようでされるがままになっている。むしろ何処か嬉しそうに花を飛ばす始末だ。


「それで? カルロおじさんは何で来たの?」


それも、ランディを連れて。

ちらりと、ばれない程度に向けられた目配せに、カルロは軽く頭を垂れる。


「ああ……失礼。先延ばしにしていましたね。その件ですがーー」


カルロの話によると、人族の国王はついに最終戦争の準備に取り掛かろうとしているらしい、とのことだった。

曖昧なのは、国王のやり方に疑問を感じ、離れていく騎士や国民を纏めることで手一杯で、そちらの諜報まで気が回らなかったのだという。

ある事情から最早人族側で戦う理由の無い彼ら騎士団は、一部の国民を連れて離反、現在は『暗黒の森』を通らずに行ける唯一の経路である渓谷に潜伏し、代表としてカルロとランディたちが来たのだ。


「ランディ様は離反した者たちを先導し、導いた旗印ですね。そもそも離反から経路の何から何まで彼女の発案ですから」


……その割にはアイヴィスに敵意を向けてたよね?


レイは疑問に思ったが、言葉に出す前にランディの叫びがそれを解決させた。


「ーー……ぃ」

「? 姫君?」


微かな声に反応したカルロはランディの顔を覗き込もうと身体を屈める。

胸の前でギュウッと両手を握ったランディは、力一杯に叫んだ。


「~~ッッッ、ズルい‼」


……何が?


レイたちの頭上に、巨大な疑問符が浮かんだ。


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