92話
ランディは固い声音でカルロに問う。
「カルロ・モーグル団長……これはどういうこと……?」
カルロはわかっているのに、呆けたように首を傾げて淡く微笑んだ。
「どういうこと、とは?」
「っ、呆けるなッ! この状況がだ‼」
ランディは顔を紅潮させて怒鳴る。
「レイアーノ様と行動を共にしていたパーティーメンバーは、魔王アイヴィスにレイアーノ様は殺されたと言っていた。なのにレイアーノ様は今! ちゃんと生きているではないか‼
それに魔王アイヴィスと親密そうにしている……!
まさか騎士団の団長の座に着いていながら随分と前から間者だったのか!?」
「……いや、まあ、間者とは違いますね」
態とらしく肩を竦めるカルロに、一部始終を見守ることになってしまったレイは隣に立つアイヴィスを見上げた。
「……アイヴィス?」
「うーむ……。確かに記憶は操作したがなぁ」
アイヴィスの言い分はこうだ。
万が一にも、レイが生きていると人族に伝われば、その存在を理由に軍隊全隊が攻め込む可能性となりかねないと判断した。
故に敢えて残りのパーティーメンバーは生かしたままにし、レイが無惨にも魔王アイヴィスに殺害されたと記憶を操作して吹聴させた。ーーとのことだった。
レイは疲れた表情で溜め息を吐く。
「弔らい合戦になると思わなかったの?」
「人族の中から選ばれた勇者が殺されたのだ。二の足を踏んで迂闊な行動をとらない方にかけた」
「……………………」
斯くしてそうなったわけだが、こうして一年後に狼煙を上げているのがいるのも事実な訳で。
「どっちの方が面倒なんだろう……」
「さあ?」
眼前でキャンキャン吠えてカルロに噛みつくランディに、レイは深く溜め息を飲み込んだ。そもそもは、自分が異世界に逃亡しなければ起きなかった事態であるため、アイヴィスに文句を言う資格がないことはわかっていたので。
それにしても。レイは改めてランディを見下ろす。
見たことがないと、名前に聞き覚えがないと言ったが、よくよく見ると、同名で同じような金髪の年下の人物に似ている気がした。
しかしだ。その人物であるとすると、ランディはーー。
「アドラツィオーネ公爵家の令嬢だったりする? もしかして」
「「「は?」」」
レイの発言に、アイヴィスは勿論、空気と化していたディアたちも異口同音に聞き返した。
令嬢ーー女⁉
「え、男の子じゃ?」
「んー? あー……でも確かに華奢と言えば、華奢か?」
「甲冑でわかりにくいからの……」
上階から見下ろしていることもあって判別しづらかったが、男と言うには確かに小柄すぎるだろう。
それに公爵ーー爵位を授かった家の令嬢は長い髪が一般的だ。なのにランディは項にかかる程度にばっさり切られている。
レイも、髪が長い彼女しか知らなかったから気付くのに遅れたのだ。
人族の国王に軟禁状態にあったレイが知っているとなれば顔見知りなのだろう。アルカナはこてりと小首を傾けた。
「なんです。レイ、やっぱり知り合いでしたの?」
「ん。知り合いっていうか……」
レイは嫌そうに顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「国が決めた、許嫁だね」
「………………………………………………はあ!!?」
全員の絶叫に、レイは瞬時に両手で耳を塞いだ。
同時に、一人口から魂が抜けたかのようにふらりと倒れそうになったのを数人が慌てて抱き起こしたのは、割愛する。




