9話
アイヴィスの過去を聞かされたレイは固く拳を握ってうつむいた。凄絶な人世だ。自分の今までが、まるで霞むぐらいに。
なにも言えない。苦しい。でも掛ける言葉もない。そんな自分の不甲斐なさに、レイは無意識にポロポロと涙をこぼし始めた。
まさか泣かれるとは思わなかったアイヴィスは、一瞬困惑の表情を浮かべたが、すぐに苦笑に切り替えレイの頭を優しく撫でる。
「優しいな、お前は。お前の敵である、魔王たる俺の過去に泣いてくれるのか」
「誰でもこんな話聞かされたら泣くと思う……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら言い訳をするレイに、アイヴィスは笑った。
レイは周りに同年代がおらず、必要最低限の会話や業務的やり取りしかしてこなかったために意思疏通と感情表現が苦手である。
その為、一度涙腺が決壊してしまえば、止め方が分からず蛇口が壊れた水道のようにひたすら涙を流し続けるしかなかった。
話を見守っていたリティスが見かねてハンカチをレイの目元に優しく当てて拭ってやる。
心配されていることがわかったレイだか、どうしようもなかった。
だって、悲しいのだ。
敵だと言われ続けてきた相手が、本当は、最初はただの被害者であったこと。
復讐相手に送り込まれて現れた勇者の自分に親身になってくれるほどお人好しで可哀想な人なのに。
嬉しいのだ。
無償の優しさを向けられることが。
何時だって、どれだけ頑張っても勇者だから出来て当たり前。自分が何か役立っても無感情の目を向けられて。
それがここでは、敵対しているはずなのに泣く自分の頭を撫で、涙を拭ってくれる。
レイは、泣き止まないまま、静かに目を閉じた。
ーーこの人たちとは、何があっても、闘いたくないーー。
久々に更新しました……
そのせいで、登場人物の名前を作者たる私自身が忘れているという恐ろしさ……




