89話
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黙り込んで考えていたが、残念ながらレイには下の人物が誰なのか皆目記憶になかった。
そもそも、幼少時からアイヴィスたちと出会うまでの少年時は、レイの交流関係は乏しいと言っても過言ではない。それこそ国王と側近であり重鎮である分官、そして聖騎士団の階級持ち。以上。……といった具合だ。
いや、顔見知りなだけの侍女たちも入るなら、もう少し数は増えるのだが、それでも然したる差である。
特に同年代など、知人がいる筈もなくーー。
「え、何で襲撃の理由が俺?」
「実は会ったことがあるとかじゃなくて?」
「そうだよ。小さい頃とかに会ったとかは?」
「えー……だって歳、一つか二つしか変わらないし……交遊関係はあっても相手は大人ばっかりだったしなぁ。そもそも記憶力には自信があるつもりだけど?」
「「「そうだね……」」」
無駄に記憶力があると定評のレイの言い分に、召喚者組は頷くしかなかった。
それを尻目に、アイヴィスは視線を戻す。
「ほう、前勇者の知古か?」
探りを入れるアイヴィスに、自称勇者は噛みつかんばかりに吠える。
「敵である貴様には関係ないだろう⁉」
確かにその通りだが、若輩者に口論で負けるような軟弱な精神ではないアイヴィスはにこりと笑う。
「前勇者レイアーノは、俺を倒しに来た人族の中で唯一会遇した相手。気になるのは仕方あるまい?」
出会っただけで剣を交えたとは言っていないし、ついでに、暗に誰もアイヴィスの元に辿り着かず、瀬戸際で阻止していた騎士団の有能さを覗かせる発言なのだが、残念ながら頭に血が上っている自称勇者はそれに気づかず鼻を鳴らした。
「ふんっ。……あの人はやはり辿り着いていたのだな……。だが一年帰ってこないところを見ると、やはり貴様に殺されたのだな……」
自称勇者は持っていた剣の切っ先をアイヴィスに向けて高らかに宣言する。
「しかし貴様の名声もここまで。このランディ・フォン・アドラツィオーネが貴様を成敗してくれる‼」
「……………………」
あーこの子馬鹿正直な子だー。
まさか誘導もせずに名乗りをあげてくれるとは思わず、アイヴィスの目から笑みが消えて疲れ顔を浮かべた。なんと言うか……時代錯誤を感じさせる。
あと、名声は誉め言葉だ。
「……で、フォンとは、確か貴族に与えられる名だったが……アドラツィオーネに聞き覚えは?」
「宰相の家が確かアドラツィオーネだったはず」
その血族かな?
アイヴィスの声かけにレイはひょっこり顔を覗かせて前に出てきた。
その姿に反応したのは、自称勇者ーーランディではなく、後ろでやり取りを見守っていた副騎士団員長の方。口許がレイアーノくん、と形取った。
ちらりと視線を向けたが、直ぐに反らす。
視線の先には、茫然とレイを見上げるランディの姿。
ランディは唇を震わせた。
「レイアーノ、様……」
初対面でもわかる。
その声は
ーー確かに歓喜に染まっていた。




