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86話

朝。

パチリと前触れもなく目を開けたレイは、眼前にアイヴィスの絶世の美貌が飛び込んできて驚きで思わず奇声染みた悲鳴を上げて飛び起きた。

よくよく見るとアイヴィスの他に、もう片側にディアとリティス、アルカナもいて、寝台の周囲に散る椅子に、同級生たちが座ったり床に座って寄り掛かったりして眠り込んでいる。

え、何これ。よく一つのベッドに五人も寝れたね、とか、てか床で寝てる連中、風邪引かない? とか頭が覚醒しきっていないレイは、パチパチと瞬きをして一人混乱の沼に嵌まっていた。

レイが混乱する中、奇声を間近で聞いてしまったアイヴィスが身動ぎをする。


「ん……」

「あ、ごめん」


もう一度寝直してくれないかと思ったが、残念ながら元々眠りの浅いアイヴィスはすんなり起きてしまった。


「どうした……?」

「ごめん、ちょっと驚いた。ーーそれより、これ、どういう状況?」


寝起きで掠れる声は、聞くものが聞けば腰を砕けさせるだけの威力を持つ色気のあるものだったが、生憎とレイには効き目はない。


「ん……? ああ、部屋に戻すのを忘れていた……」


深夜までだらだらと駄弁っていた彼らは、意外なことにアイヴィスが先に寝落ちした。

最も朝早くから精力的に雑務を片付けてから登山に挑み、神山の噴火対策に走り、その後も事後報告会と書類仕事に終われていたのだから仕方ないよね、というのが全員の見解である。

その後お喋りに飽きたディアがパタリと倒れ込むようにして眠り、アイヴィスと同様に走り回っていたリティス、補佐として奔走していたアルカナの順に眠ってしまった。習慣として、ちゃっかり布団に入っているのは笑い話だ。

残された召喚者組は、部屋に下がる機会を逃し、居座った結果、個々楽な姿勢で眠ってしまったーーというのがアイヴィスの所見である。

レイは、呆れたと小さく溜め息を吐き、端で寝ていたアイヴィスの身体を乗り越えて寝台から降りた。

そして。


「起きて」

「ぅぎっ⁉」


バシンッ、と既視感を覚える所業で起こしに取り掛かった。

バシンバシンッ、ゆさゆさ、バシンッーー。

明瞭な扱いの差を持って友人たちを起こすレイに、アイヴィスは乾いた笑顔で一応嗜める。


「レイ……男にも優しさをあげような?」

「ん。善処する」


直すことはないだろうと分かりやすい返答をしたレイに、アイヴィスは苦笑を浮かべた。


「うあ……って、レイ、起きたんか」

「おはよー……レイくん」

「おはよう。挨拶はいいから、全員起こすの手伝って。風邪引く。淳たちも、身体痛くないの」

「んーあー……ついうっかり寝ちゃったかー」

「うぅ……背中痛い……」

「もー……無理な体勢で寝るからだよ」


そう言って律儀に治癒魔法ーーただ寝違えただけだがーーで治療していくレイに、徐々に起きてきた仲間が集まっていく。

穏やかで優しい光景に、アイヴィスは微笑む。

いつの間に起きていたのかディアたちも重なるようにーー所謂、親亀の上に小亀状態ーー身を乗り出して微笑ましいやり取りを見ていた。


昨夜。レイの成した偉業に戦いていた召喚者組だが、ぎゅっと唇を噛み顔を上げた。


『でも、……でも、レイがどんなに凄いことをしたって、俺らの仲間であることには変わらねぇし』


淳の言葉に、梨香と鈴も力強く頷く。


『だよね。本来なら有り得ない事をしたとしても、その力に怯えるのは、違うよね』

『うん、えと。それに、その力を使って私たちを助けてくれたんだもん。寧ろ、お礼、言わなくちゃ』

『……そうだよな』


その言葉に賛同するように、自分たちが恐れることなんて一つもないのだと、馬鹿馬鹿しいと笑い出す彼らに、アイヴィスたちは自然と入っていた肩の力を抜いた。

弱いものは強いものを恐れる。

しかしそれは生存本能であり、仕方の無い感情だ。

それでも、普段仲のいい彼らの関係に亀裂が入るのは嫌だった。ーー不要な懸念であったが。


わーきゃー楽し気に抱き付いたり談笑する弟分たちに、アイヴィスは顔を綻ばせる。

それを横目に、ディアがぽつりと呟く。


ーー仲良きは美しかな。


その口許は、珍しくうっすらと笑みを形取っていた。

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