76話
召喚者組によって雪月花がディアの創ったレジャーシートに並べられーー積む、ではなく綺麗に、等間隔で並べられていた。神様の創った花だし、大事に扱わないといけないと思って。あと神様の祟り怖い。……等と、信仰心があるわけでもないのに間違った神族の認識をしている彼らはそう宣った。創った当人は穏やかな微笑を浮かべていたーー付与へと取りかかる。
本来の付与は、どんな効果でどのように展開するのかを想像しながら『書く』ことで完了する魔法だ。
しかし鉱物などによっては上手く書くことが出来ず付与しづらい物が存在する。シュテルクスト鉱石はその筆頭だ。
ーーが、作り出した張本人にはその常識は当てはまらないようだ。
テオはノエルの側を離れ、並べられた雪月花の前に進み出て、静かに手を持ち上げて掌を翳す。雪月花はテオの意思を受け、淡い光を放って輪郭を融かしていく。
神秘的な光景を横目に、レイはぼんやりと見ているアイヴィスの隣に立った。
レイの気配に、アイヴィスはちらりと視線を向け、また前を向く。
「……どうした?」
「ん。ーー作戦についてだけど」
真剣な目でアイヴィスを見上げた。
「リズ姉の身体の異空間収納。アイヴィスにお願いしたいんだ」
思わぬレイの台詞に、パチリと瞬きをして漸く前方の光景から視線を外したアイヴィスは、レイの真摯の色を宿すレイの目を見詰める。
「……頼まれなくともそのつもりだったが……一応聞く。何故俺に?」
「まあ、リズ姉のことは恋人のアイヴィスに任せるのが一番だってことと、あと……魔力保有量の問題だね」
噴火阻止には大掛かり且つ、多大な魔力を必要なのは計算するまでもないだろう。
『異空間収納』に使う魔力は、高位魔法のわりには開いた時に使うだけで大した量は使わない。事が解決した後、魔力が枯渇してしまっては再度開くまでにかなりの時間を有する。
だが、リティスが宿る予定のシュテルクスト鉱石がどれ程保っていられるのかわからない。もし耐えきれずに壊れた際、『異空間収納』からリティスの身体を取り出すことが出来ず身体に戻ることが叶わなければ、最悪魂がそのまま消える可能性も出てくるのだ。
「俺は冷却魔法と同時に回復魔法も同時展開する必要があるから除外。ディアでもいいけど……」
レイはアイヴィスに、柔らかな笑顔を向ける。
「アイヴィスの事だから。リズ姉を、自分の手で守りたいでしょう?」
「……当然だな」
からかうでもなく、ただの事実として問うレイに、アイヴィスは苦笑混じりに頷いた。
「ーー付与が完了したようじゃ」
ノエルがテオの言葉を受け、レイたちに声を掛ける。
その言葉を受け、レイたちは次の段階に移るために話を止めた。
頼む必要はない。
ーー言わずとも、当たり前の事だから。
☆☆☆
光輝き輪郭がわからない雪月花であったシュテルクスト鉱石の前に、リティスが立つ。
『魂魄顕現』の付与を受けたシュテルクスト鉱石は魂が宿るのを待っている。
前を見据えていたリティスが、魂魄を移す前に今一度、アイヴィスに振り向いた。
視線を交わすアイヴィスとリティス。
二人の間に言葉はない。
だが数百年、数千年共にある彼等に、今更言葉はいらなかった。
二人は微笑みあい、視線を反らす。
まるで、死地に恋人を送る映画のような一場面だと召喚者組は思ったが、空気を読んで必死に口を噤んだ。敢えていうなら確かに危険な場所ではあるし、場合によっては命の危険性も出てくるが……二人とも投入されるのである。表現が正しくないよね、とは召喚者組の心境を察したレイの内心の突っ込みだ。
「では、ーー始めます」
リティスが宣言をし、同時に彼女の身体が光を発する。
光は胸の前に集まり、シュテルクスト鉱石の方へ飛び向かった。リティスの身体が弛緩し、後ろへと倒れ込む。それを待ち構えていたアイヴィスの『異空間収納』が飲み込んだ。
シュテルクスト鉱石に宿ったリティスーーリリカナの魂により、鉱石は強い光を発して付与された通りに姿を変えていく。
ーー失われた、精霊王の姿へと。
最初に確認されたのは、金色に煌めく絹のような髪だった。
柔らかに波打つ髪が華奢な背中を彩り、額に刻まれた花の紋章を縁取っている。六枚羽三翼の羽状の耳がふわりと動いて偽物ではないのだと知らせていた。細い手足に金色の装飾品をつけ、均整のとれた身体を飾る。
美しき精霊の女王が、ここに舞い戻った。
空に浮いていたリリカナの足が土を踏む前に、アイヴィスの手が彼女を捕らえ、赤子を抱くように腕に座らせるように抱き抱える。
「『アイヴィス様?』」
「うん。……普段のお前の姿も好きだが、やはり本性も好きだなぁ」
「『⁉』」
明け透け無いアイヴィスの好意の言葉に絶句するリティスに、彼は楽しそうにくつくつと笑う。
ーー外野と化したレイたちは、頼れるお母さん基、ディアに託した。
ディアは無言の催促を受け、いちゃつく恋人たちに底冷えする声音で厳命する。
「はて。ーー次の作業に移ろうぞ、そこのおバカ共」
「「あ、はい」」
殺気を滲ませたディアに瞬時に反応したアイヴィスとリティスに飽きれたレイは、空気を読めていない義兄弟に盛大に溜め息を吐いた。
「……ん。配置につこう」
レイの号令で、次の行程へと一同は動き出した。ーー強制的に。




