70話
レイたちの眼前で、先ず変化があったのは土だ。
表現するならメリメリと、実際には音もなく一気に隆起して女性にしては背が高いリティス程にまで盛り上がった。
土は精巧な泥人形を作るように一人の人形へと形を変える。
女、と言うには少々凹凸が少なく、男、と言うには全体的に身体が華奢だ。そんなあやふやな性別を持つ山を守護する神が、静かに降臨した。
「テオ様……!」
ノエルが驚いた様子で山神ーーテオの名を呼ぶ。
すると、うっすらと顔の部分に変化があった。
笑ったのだ。柔らかく、口角を上げて。
「……ディアよりも表情豊かだよ」
土で顕現してるのに、スゴいね。
レイの明らかに着眼点を間違えている台詞に、ディアが瞬時に反論した。
「何故儂の頤を叩くか」
「ん……ごめん。現実逃避した」
だって本当にいるとは思わなかった……。
遠い目をするレイに、ディアはこくりと頷く。
「ふむ。成る程。なら仕方ない」
「「「仕方ないの⁉」」」
召喚者組が聞き逃せずに思わず突っ込んだ。
しかし一刻も猶予がないと判断したアイヴィスが、間に入って先に進める。
「山の神……で合っているか? 会話は出来るだろうか」
その問いにテオはにこりと微笑んだが、言葉を発することはなかった。その代わり、思わぬ才能を秘めていたらしいノエルが口を開いた。
「『わたし自身は声を発することはできません。天孤族のノエルが、通訳をしてくれます』……と、テオ様が言うておる」
「……なんじゃ、お主、神託の巫女であったのか」
ディアが驚嘆するのも訳はない。
聞けば、天孤族は元々、山神テオを奉る祭司の一族で、稀にノエルのように神の声なき声を聞けるものが現れるのだそうだ。
ーー……こいつが?
出会い頭からずっと続いた奇行というか、発言で残念な人にしか見えていなかったので正直信じられなかった。
レイたちの心境は兎も角、神族らしい唯我独尊的な性質だったらしいテオがさくさくとノエルに声を伝える。
「えーっとじゃな……『はじめまして、三種族の長様方、そして元勇者と召喚者の皆様』」
ノエルを仲介して、テオは話した。
元は山に宿る複数の精霊であったこと。それが人々の信仰により神格を得、複数の意志が一つに統合されたこと。しかし元が精霊であったこと故か、神としては力が弱く、やれることがそう多くないということを。
「『我の力では、これ以上山の噴火を抑えることは出来ません。ですから、勝手を承知で、あなた方にお力添えをお願いしたいのです』」
テオはこの山が好きだ。大好きだ。
自身の母なる大地だという理由もあるが、この山に咲き誇る花や木々に癒され、活力を得られたと今まで何人もの人の笑顔を作り出してきた、この山。
ーー願うなら、この先も、人々に寄り添って、生きていきたい。
ーー人に絶望を与える、存在にはなりたくない。
テオはノエルの言葉に合わせて深く、深く、頭を下げた。
誠心誠意、懇願の意思を込めて。
「『お願いです。この山を、我を、どうか、助けてください……』」
神としての矜持を捨ててでも、最善の策を取るために、ただ、頭を下げた。
ーーそこにいたのは、神ではなく、一人の山を愛する守護者だった。




