68話
『滞留遡映』は、過去の出来事を映像化するだけの魔法だ。
つまり見るだけで過去に直接干渉することはできない。
ーーはずなのだ。
それが、あり得ないことが起きている。
過去の人間であるアイヴィスの母は、じっとレイたちのいる方角に向かって笑顔を向けた。本来ならば、そこにいるはずのない人間に向かって。
しかもそれだけではなく、未来で生まれる私の愛しい子と、誰に宛てなのか、断言して。
レイたちは驚きで言葉を失い、唇を戦慄せた。
彼女は、困ったように首を傾けて小さく溜め息を吐く。
「『聞いたところで、会話は成立しないわね。……貴方たちは、過去を遡ってみているだけなのでしょうから。……でも、私に、少しでも『先読み』の才があったからこそ、そこにいるのを知っているわ』」
「……成る程、あれは儂らに面と向かって言葉を交わしているのではなく、己が視た未来に向かって話しておるのか」
ディアが難しい顔(能面よろしく無表情だが)でわかっていない召喚者組にも分かりやすいように解説を交える。
先読みとは、言ってしまえば占いの事だ。
生まれ持った魔力が強いものは時折意図せずに未来を視てしまうことがあるが、彼女の口振りではおそらく意図的に視ることが可能なのだろう。
その、意図的に未来を視るものを『先視の巫女』と呼ぶ。
「『本来なら、貴方たちには関係のないことよね。でも、私にはどうすることも出来ないから、身勝手だとわかっていても、託したいの』」
彼女は静かに、祈るように目を伏せた。
自分の非力さを嘆き、己の傲慢に憤りながら。
大切な場所を守るために、ただただ、直向きに。
「『お願い。もう時間がないの』」
彼女は精一杯の気持ちを込めて懇願を口にする。
「『この山を、私が連れてきてしまった『滅び』から、救って……ーー』」
ザザザ……ザザザ……ーー。
映像が乱れ、彼女ごと映像が掻き消えた。
『滞留遡映』の対象であった神山に刻まれた彼女の記録が終わるのだ。
レイたちは困惑を浮かべた顔を見合わせ、彼女がいた辺りを見る。
「なんか、意味深、だった、ね」
「うん……。滅びって、なんのことだろう……?」
鈴と梨花が頭を悩ませ、他の面々も集まって意見を交わす。
そんな中、レイとアイヴィスだけは、二人並んだまま、じっと地面をーー神山を見下ろしていた。
「……アイヴィス様、レイ? どうしました?」
「レイ? 義兄様?」
二人の様子に気が付いたリティスとアルカナが側に寄る。
ディアたちも、会話を一旦中断させ、二人を見やった。
レイはアイヴィスの袖口をぎゅっと握った。
アイヴィスも、空いている手でレイの手を握る。
恐ろしいことが、起きている。
実際には起きていないが、水面下で、それはもう起きているのだ。
雪月花の異常開花。
花は、何を関知して咲く?
冬という季節は関係なかったら?
神山は何だった?
彼女が引き連れてきてしまった滅びとは?
ーー止めて欲しいと願うほどの、災禍とは、何か。
レイは、アイヴィスは思い出した。
神山 ディーオ・プラニナタは、
活火山ではなかったか。
「神山が……噴火するのか」
自分が導きだした答えに、レイは絶望した。




