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67話

ひそひそと、彼らは顔を近づけてこんな会話をする。


「惚れっぽい、人、なのかな?」

「うーん……あれは、なんというか、ねえ?」

「華奢な体格の人が好き、って事なんじゃないか?」

「ああ、だから筋肉の着きづらい女……。」

「……レイくん、一見すると華奢だもんね」

「身長は高いのになー」

「斎賀くん、よく食べるけど脂肪になりにくい体質なのかな?」

「うるさいよ」


ーー等々。

レイと召喚者組が一ヶ所に固まって、……というより、ノエルからレイを隠そうと壁になって内緒話を始めた。

一方、異世界組ならぬ大人組はというとーー過激だった。


「変態はこの世から撲滅されるべきでは」

「取り敢えず喋らせるのはよくありませんわよね。脳が完全拒否してますわ」

「ふむ。猿轡でも造って噛ませておくべきかの」

「止めなさい。情操教育によくない光景が出来上がるから」


リティスとアルカナが真顔でノエルの存在を拒絶し、ディアが据わった目(しかし表情筋は死滅している)で物騒なことを言うのを、魔王なのに唯一の常識人、アイヴィスが真剣に止める。

そして、目を回すノエルはやはり放置されていた。

結論から言って、アイヴィスの『影人形』によって会話を封じるに止まった勇者in魔王一行は、魔法の準備に取りかかる。

時間操作系魔法『滞留遡映(たいりゅうさくえい)』。

その土地や木々に刻まれた過去の記憶を映像化する魔法で、時間操作系魔法な時点で当たり前だが、扱いが難しい上位魔法である。

もっとも転移魔法に比べたら簡単な分類のようで、ディアはさくさくと魔方陣の展開を行っていく。


「では始めるかの。皆、下がっておれ」


指示通りに全員がディアの後ろに下がる。

ディアはそれを確認した後、目を閉じて前に手を伸ばした。


「始めよう。ーー『滞留遡映』」


ヴンッ、と音を立てて、景色が蜃気楼のように揺らぐ。

何度か映像が過ぎ去り、高速で数々の歴史が流れていく。まるで、今は使われていないが、ビデオを早回ししているようである。

そして。


「む。ここか」


パチリと目を開けたディアの言葉と同時に、映像がぴたりと止まる。

果たして、言葉は正しかった。

あまり現在とは景色は変わらないようである。寂しい冬の景観。雪月花が咲き誇り、しかし他の命を感じさせない死の季節。

しかし彼女はそかにいた。金色の髪を風に揺らし、淡く微笑を浮かべる女性が、静かに。


「あれが……」


ノエルが変化していたのとはあまりにも違う。

透明感のある慈愛を含んだ微笑みは、傾国の美貌の持ち主ながら、どこか少女のようにあどけなく見えた。

これが、狂気に堕ちる前の、本来のアイヴィスの母なのか。

アイヴィスの母は雪月花の群生の中央に腰を下ろし、指先で花弁をつついた。


「『ごめんなさいね。こことは、今日でお別れだわ』」


花に向かって発せられた言葉には、別れを惜しむ哀愁が感じられる。それぐらい、彼女はこの場所を好いていたのだろう。


「『ずっとここに居られればよかったのだけど……。駄目ね。そろそろ逃げなければ』」

「逃げる……?」


レイの瞳が怪訝に細められた。


「『あれは、私がいる場所に必ず追い付く。ここにも、何かしらの影響を及ぼすわ……』」


俯いて堪える表情を見せた彼女は、徐に顔を上げて視線を一点に向ける。


ーーレイたちの、いる方向へ。


「『そこにいるのかしら。未来で生まれる、私の愛しい子』」

「ーー⁉」


あり得ない事態に、レイたちは言葉を失った。

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