66話
ノエルがアイヴィスの母親に一目惚れをして、再会を望んでいたが一向として来ず、ついに訪れたのは愛しい人に似たその息子。男嫌いであったことが感情の暴走に拍車を掛けたーー。
だからって首絞めるとかないわー。
勇者in魔王一行はぐすぐすと鼻を啜る美女、しかし中身は残念過ぎるノエルを見下ろすしかなかった。
大槌を担いだままだったディアは、暫し沈黙を保っていたが、ややあって深く溜め息を吐くと槌を下ろして姿勢を崩す。
その際、大槌がズシン……ッと明らかに大重量を感じさせる音を立てたのだが、賢明な彼らは聞かなかったことにした。
ディアはアイヴィスに視線を向けて小首を傾ける。
「それにしても……お主の母がこの山に居ったのには疑問があるの」
「……確かにな」
「ん。俺もそう思う」
アイヴィスの母は最後、魔族領の端の村にいたことはここにいる全員が知っている事実だ。
それが魔族領のほぼ中心にある神山にいたのは、なにか事情があったのだろうか。
何故ここにいたのか。何故ここだったのか。何のために、ここに訪れていたのかーー。
「アイヴィスの母は、小さな村の出身だからか、記録が全く残っておらん。……まあ、アイヴィスが意地でも調べなかった故の怠慢でもあるが、の」
呆れを含んだ視線を受けたアイヴィスはすいっと顔を反らした。
もう必要ないよね、と一人剣を鞘に納めたレイは雪月花に視線を落とす。
「ノエル、だっけ。アイヴィスのお母さんは、どのくらいの期間ここに居たの?」
「……三十年、ぐらいじゃの」
ぐす、ぐす、と鼻を鳴らすノエルに、レイはそっかとしゃがんで雪月花に触れた。
「レイ? どうしました?」
「……レイ、具合でも悪いんですの?」
雪月花に指先で触れるレイに、リティスとアルカナは心配そうに同じく腰を下ろす。
レイは座り込んだままディアを見上げた。
「ねえ。物体、物質の記憶を辿る魔法ってないの?」
「む?」
パシュッと音を立てて大槌を消したディアはレイの言葉を飲み込めずに目を細める。
「どういう事かの?」
「ここにある雪月花は、アイヴィスのお母さんがいた頃に咲いていた花の種とか、球根でここまで種を引き継いできた花なんだよね」
「そう、なりますか?」
「あと、ここの土とか岩とかも、当時のままだよね」
だったら、記憶も引き継いでないかな。
レイの発案に、ディアは目を輝かせた(しかし、表情は鉄壁の無表情である。先程の氷の微笑は幻覚だったのだろうか)。
「そうじゃの‼ 確かに神山という土地にアイヴィスの母の記憶が刻まれておるかもしれん」
「ついでにこの山で起きている問題に繋がる接点とかあったらいいよね」
すっかり忘れ去られていたが、レイたちが神山に訪れた理由は雪月花の開花の原因を探ることである。本当ならば、アイヴィスの予定を考えればノエルの事は放って起きたい事項なのだが……。
「今後、因縁が残るといけないし。すっきりばっさり関係を断ち切るためにも過去を探っておいた方がいいでしょ」
つまりは今後一切ノエルとは関わりたくないと単刀直入に言っているのだが、同感であった一行は無言で頷くだけだった。
しかし当のノエルはそうとは取らなかったらしい。
「そ、そなた……」
別に小声で話していたわけでもないのに、どう解釈したのか目を涙で潤ませ声を震わせた。
あれ、こいつ何か感動してない? とレイが怪訝そうに眉根を寄せる。
結論から言って、その通りだった。
「わ、妾の為に力を使ってくれるというのか……! なんと優しい少年よ。はっ! さては妾に惚れーー」
「んな訳あるか、この自意識過剰女。お前に惚れるなんて、米粒程の確率もないよ」
真顔で嫌悪を露にするレイだが、顔を紅潮させるノエルには糠に釘である。
縛られた状態で、イヤイヤ、と腰をうねらせている。
「お、男なんて見た目が綺麗じゃないし、仕草や服装にも気を使わん粗忽者ばかりじゃ……。いや、でもこの少年は中々に綺麗な顔をして……いや、でも妾は彼女一筋であって、けして浮気じゃ……!」
「……ディアー、お母さーん、助けてー。変態がー」
「うむ。すぐに黙らせよう」
息子に助けを求められたディアは、一度は消した大槌を再度作成し、大きく振りかぶった。
ドゴンッ‼
「……あー……」
ノエルが不気味な一人言を始めたと同時に、アイヴィスは闇魔法の一つ、相手の影を使役して動きを封じたり、意のままに操ったりする傀儡魔法、『影人形』を行使しようとした。しかしレイの助けの声に応じたディアの行動の方が早くて、行き場を失った手をさ迷わせてゆっくりと下ろす。
そして、遣る瀬無さを胸に一つ決めた。
絶対に、自重と手加減を覚えさせようーーと。




