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64話

いざ、ノエルが話すと言うときに、話の腰を折ったのは脅迫じみたやり取りをしたアイヴィスだった。


「まあ、誰に似せて変化させていたのかなんて、わかりきっているがな」

「……ん?」


ひどく緩慢な動きで近くに合った岩に腰を下ろしたアイヴィスに、レイはこてりと小首を傾けた。


「この世に……いや、あの世かな。あそこまで俺に瓜二つの女なんて一人しか心当たりがない」

「……御母堂、ですか」

「ああ」


アイヴィスは気にしたようには見えないが、リティスの表情は些か固い。

レイはアイヴィスの回答に軽く目を見開いた。


「アイヴィスのお母さん……? この時代に生きているの?」

「生きていた、だな。数十年前に俺に似た気配が途絶えたから」


アイヴィスはレイに向けていた穏やかな顔を一転、冷たい目をノエルに向ける。


「お前と、母……お前が顔を真似ていた女が会ったのはいつだ」

「……約、五十年前じゃ。名前こそ知ることぞ無かったが……」

「成る程。時系列としては間違いないようだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


話についていけない淳が慌てて挙手した。


「あの、おかしくないですか? アイヴィスさんのお母さんって……五十年前に生きてた人なら生むのは無理じゃないですか?」


アイヴィスさん、二十歳ぐらいでしょ。

ノエルが変じた女の外見年齢はおおおよそ二十歳半ほど。単純に計算しても五十歳程で生んだ計算になる。魔法があるとはいえ、医術が発展していないこの世界での高齢出産は難しいのではないかと淳は考えたのだ。

異世界組はその質問にん? と首を傾げる。


「うん? ああ……そういえば説明をしたことがなかった……か?」


おや? とぽかんと顔を晒すアイヴィスに、レイはこくりと頷く。


「アイヴィスの経歴も話してないかも」

「おや」


話した気になっていた、と肩を竦め、召喚者組を手招きした。

召喚者組は顔を見合わせ、一拍後駆け寄る。

そのやり取りに、レイはなんとなく先生の掛け声に駆け足で集まる園児を思い浮かべた。アイヴィスは保父さんか。


「悪かったな。うっかりしていた。……何処から話すか」

「神族、魔族、精霊族の寿命からじゃろう」

「そうだな」


ディアの言葉を受け、アイヴィスは召喚者組に向き直った。


「まず。不老である神族は兎も角、魔族と精霊族の二種族は人族とは異なり、見た目掛ける三倍から五倍が正しい年齢だ」

「「「え‼?」」」

「但し、俺だけは事情が異なる。俺はこの時代に生まれるはずが、母によって過去……神代の時代に飛ばされ、それからずっと生きているからな」


アイヴィスは話した。母親の事。人族の王の事。過去に転移され、長い年月をどう生きていたのかを。

あまり興味はなかったが、現在の人族の国王が母の復讐相手だと判明した際、ついでに母の位置を調べていた。


「過去を変えることは禁忌の一つということもあるが、胎内に俺がいる母に会っては何が起きるかわからなかったからな。直接干渉することはなかったが、居場所だけは把握していた」

「……変えたいとは、思わなかったんですか?」


アイヴィスの壮絶な過去に涙目になっている梨香が、声を震わせながら問う。

それに対して、小さく首を振ることで否と返した。


「先程も言ったが、過去を変えることは禁忌だ。例え俺を育んだ母と父を助けるためと言えど、俺はその選択は絶対にしない。魔族という、大勢の命を預かる立場として」


王とは、民の命と期待を一心に背負う立場であるとアイヴィスは思っている。

たまたま神代に生きる魔族たちを遥かに凌駕する魔力を持ち、数々の名君の名を塗り替えるほどの政治的手腕と頭脳があったから、惰性で魔王になった。

それが、今では民を家族同然の掛け替えのない存在として大切に思うようになっていた。……宝物が、増えていたのだ。

だからアイヴィスは自分の命を失えない。家族を、置いていきたくない。

それに、とアイヴィスは目を伏せる。


「どんな理由があるにせよ、憎悪を植え付け、勝手に復讐者に仕立て上げた母に何も思わないわけではないんだ」


母の胎内にいた頃、きっと愛されて、望まれていたのだろうと思うのだ。

それが、悲しい出来事によって憎悪と殺意に塗り替えられた。

死んででも自分を奪わせなかった女は、愛情をもって育んでいた我が子に、復讐心という負の感情を託して逝ってしまって。

取り残された子ーーアイヴィスは、植え付けられた復讐心という傀儡糸で生きてきた。

それが、そんな人生を押し付けた母を。


憎いと、悲しいと、……最後まで、愛してほしかったと、願うことは、罪なのだろうか。


「助けなかった自分の選択を悔やんだりしない。……でも、育んでくれた母を、一度でも恨んでしまった自分の狭量にうんざりする……」


前髪をぐしゃりと握りしめ、俯いてしまったアイヴィスに、ディアやリティス、淳や梨香たち召喚者組は掛ける言葉が見つからない。

そんな中、一人あっけらかんと声を発するのがいた。


「いいんじゃない? 憎んでも」

「…………………………うん?」


親を憎むことの何が悪いのかと言わんばかりにきょとんとするレイに、アイヴィスは呆気に取られて思わず顔を上げる。


「えっと、レイ……?」

「ん。アイヴィスがお母さんを憎んだのは過去の話で、一過性のものだったんでしょう? 俺なんか、養父(笑)を現在進行形で縊り殺したいとか撲殺したいとか思ってるんだけど?」

「」


それってあれだよな、害虫の呼び方で統一された某国王の事だよな⁉ 励ましてるようで、お前のそれはガチ話だよな!!?

真剣な面持ちで……というより、真顔で殺意を言葉にするレイに、召喚者組は戦慄を覚えて震え上がった。

対面するアイヴィスも、確かに自分はましなのかも……? と思い始めてしまった時点で完全にレイの思惑に乗ってしまっている。

レイは茫然としてしまったアイヴィスの前に膝を抱えて腰を下ろした。


「肉親と養父じゃ大分差があるかもしれないけどさ。アイヴィスは後悔っていうか、反省してるんでしょう? だったらもういいじゃない。むしろ一人で背負わされたことにもっと怒って良かったんだよ。アイヴィスだって、顔もわからないし、どんな人柄なのかもわからないけど、大好きになってたかもしれないお父さんを奪われてるんだからさ」


レイはぎゅっとアイヴィスの手を握って言葉の一つ一つに心を込める。


「一緒に生きて欲しかったって、死んで欲しくなかったって、怒っていいんだよ。自分一人に背負わせないで、一緒に戦って欲しかったって、恨み言言っても、バチなんか当たらないよ。だって、当たり前の事じゃんか。家族って、苦楽を共にするものでしょ?」


レイも、アイヴィスを生んだ母親には感謝をしている。だって、彼女がいなければ、彼はこの世に産まれていないのだから。

でも、自分の復讐を、息子に託すのは、なにか違うと思うのだ。


「もういいじゃない。アイヴィスの人生はアイヴィスのものだもの。……アイヴィスだって、俺に選ばせてくれたじゃない」


自分の人生は自分だけのもの。誰かが指図していいものではないし。その権利はない。

ーーだから、怒ってもいい。泣いて、いいのだ。


「復讐心で生きてきた割には、ここまでよく歩みを止めずに頑張って、魔王として偉業を成し遂げたんだって自分を誉めてあげようよ。むしろ俺が誉めて上げたい」


ぐっと拳を握るレイに、アイヴィスは泣き笑いのような笑顔を浮かべた。


「ふふ……。そうか、自分を誉めるか」

「ん。それにさ、死人に口なしって言うし。将来設計は生きてる人だけが持つ権利でしょ? お母さんが望んだ経緯じゃなくても、死者は口出しできないんだから、アイヴィスの好きにしちゃえばいいよ」


復讐に生きるも良し。これまで通り魔王やりながら皆と面白おかしく生きるも良し。好きに生きればいい。

いたずらっ子のように笑うレイに、アイヴィスはふわりと笑った。

そして、そうだな、と頷いて。


「ふふ……これではどちらが義兄かわからんな」


照れ臭そうにアイヴィスは苦情を滲ませるが、レイはこてん、と首を傾けて不満そうに唇を突き出した。


「何でさ。家族なんだから俺だって頼られたり甘えられたりしたいよ。大好きな家族に頼ってもらえるのって嬉しいじゃん」


ぷうっと頬を膨らませるレイの直球過ぎる好意に、アイヴィスは座っていた岩から滑り落ちて地面に倒れ突っ伏した。


「⁉ え、ちょ、アイヴィス⁉」

「…………………………」

「え、なにさ、聞こえないよ」


なにかゴニョゴニョと言葉を発しているが聞こえず、レイはユサユサと背を揺する。

それに制止を掛けたのは普段は自由人。此度は最後の良心こと、ディアだった。その足元で、何故かリティスとアルカナもアイヴィス程ではないが、地面に手をついて身体を震わせていた。


「ふむ。放っておいてやれ、レイ。そやつは今、家族の尊さに悶えておるだけじゃ」

「「「言っちゃうし‼」」」

「悶え……?」


アイヴィスたちの心境など筒抜けだったディアが慎み隠さず暴露し、不満を呈したが、当のレイが鈍さを発揮して頭上に疑問符を浮かべた。

茅の外に置かれた召喚者組は、顔を赤く染めながらも笑い合うレイたちにほっと微笑を浮かべる。

ーー一方。


「……あのう、そろそろ、妾の話も聞いてほしいんじゃが」


縛られたままのノエルが控え目に声を掛ける。

しかし家族のふれあいを優先させるレイは素気なく、一言。


「空気読んで」

「え、あ、はい。ごめんなさい」


悪くないはずなのに、レイの真顔の迫力に負けてついつい謝ってしまったノエル。

……憐れである。

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