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63話

天狐族。

古くから神山周辺に集落を構える獣人族の一つだ。

獣人族とはその名の通り人の姿をしていながら獣の特徴を併せ持つ。亜人族とも称され、膨大な魔力を持ち合わせていることから魔族に分類されるのだが、天狐族は少々事情が異なる。

たまに巧みな変身魔法で人をだまくらかすことがあるが、気質は穏やか。気紛れに魔力を用いて人を助けるので、神に使える獣ーー神使として各地で知られること。その結果神通力を持つ獣として取られ、神族として見られているのだ。

なので稀に高慢な天狐族も出てくるのだがーーこの女はこれに該当するのだろうな、とレイたちはひっそりと嘆息する。

ーー……初めて見る天狐族がこれとか……なんというか……ガッカリだ……。

離れた場所でそんな感想を抱かれていることを露程も知らない女ーーノエル・ネベは、むっつりと顔を顰めて自分の前で仁王立ちするディアとリティスを睨むようにして見上げていた。

まあその時点で反省していないのはわかりきっていたが、此方も何故攻撃を仕掛けてきたのか事情を聴かないことには次の行程には移れない。


ディアはことん、と首を傾けた。


「はて。儂らも暇ではないでの。そろそろお主の動機を吐いてもらおうかの」


そう言うディアの表情は何時も通りの無表情に戻ってしまっている。唯一隣に立っていたリティスだけが「ふむ……明日……顔が筋肉痛になりそうだの……」と、彼女の愁嘆の言葉を聞いていたのだが無かったことにされた。

そもそも、嘆くぐらいなら普段から表情筋を動かせばいいのに……と思ったのは内緒だ。

ディアの威圧に冷や汗を掻きながらも矜持を保って口を噤むノエルを見て、レイは目をパチリと瞬かせる。


「……アイヴィスと、誰を重ねたの」

「⁉」


ノエルの肩が大きく揺れた。


「レイ?」

「アイヴィスはあいつと会ったこと、無いんでしょう?」

「ああ……」


アイヴィスは魔族の中でも異常なほどの再生能力を持つ。

その再生力は脳ーー記憶にまで及び、例え千年昔のことでも今日、それもさっきあった出来事のように思い出せるのだ。

世界最高の記憶力を持つアイヴィスが知らないということは、本当に知らないのだろう。

なら、そこから導かれる解答は一つだけ。


「危害を加えたいほど憎む相手……うん、それこそさっきまで変化していた姿、あれが本当に憎んでいる相手なんだろうけど。びっくりするぐらいアイヴィスに似てた。あいつは似ているアイヴィスに憎む相手を重ねて、本人ではないのに危害を加えたのが妥当な見解だと思うんだけど」

「だろうなぁ」


いい迷惑、と不機嫌そうに口を尖らせるレイの頭を撫でてやって、アイヴィスはノエルを見る。


「俺はお前にあったことがない。だが、レイが言うように、先程までのお前の顔は確かに俺に似ていたのだろう。……あれは、誰の顔だ」

「………………」

「ほう? 無言を貫くか。……そう」


にぃ、と酷薄な笑みを浮かべるアイヴィスは、正しく魔王と称されるに相応しい恐ろしさがあった。


「ならば、お前の一族に聴いてみるとしようか。身内ならば、何か知っているやも知れんしな」

「……っ」


一族の者を拷問にかけて情報を吐かせると、安易に仄めかしているアイヴィスの言葉を理解したノエルは、激昂して牙を剥ける。


「魔王め……っ」

「そのまんまだな」


冷々とした雰囲気に召喚者組がそそくさとレイの後ろに避難して、壁扱いされた当人は盛大な溜め息を吐いた。


ーーただの虚仮威しな癖に……。


アイヴィスに悪意を向けたことはノエルだけが抱える問題だろう。ならば例え家族であっても知る由もない。

では何故このような発言をしたのかと言えば、単純な深層心理を利用した策なだけだ。

ノエルが一族を誇りに思っていることは発言から察しられる。ではその一族、家族を人質に取られたら? アイヴィスは最も明白な弱点を突いたのだ。


「俺は別に構わんが? まあ、お前が素直に吐いた方が穏便ですむがな」

「…………」


ギリリッ……と歯ぎしりをして眼光鋭く睨み付けるノエルだが、相手は百戦錬磨の魔王である。勝ち目など、到底あるわけがなかった。


「……わかった。話すのじゃ」


暫しの睨みあいの末、見事アイヴィスが勝利した。

ーー元々、勝者がわかりきった、勝負だったが。


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