62話
ディアの渾身ーー手加減はしていたと思いたいーーの一撃は、察してはいたもののどうやら音と同様に途轍もない威力があったようで、獣人族の女が目覚めるまでにかれこれ一時間は経過していた。
因みに余談だが、放置されている間、女の脳天に出来た見事なたん瘤にはレイが作った氷嚢が乗せられ冷やす心配りが見られたのだが……単純にお母さん(役)の暴挙に憐れになっただけで他意はない。なにしろ見逃せないぐらいに膨れ上がったたん瘤だったのだ。母(役)の落とし前は子(役)がきっちり閉めるを実行しただけのことである。決して優しさではないと強調しておく。
「う、うーん……」
女の呻き声に、レイたちはそれぞれの手を止め、武装こそしなかったが一斉に視線を向ける。
何度か瞬きをした女は、自分の置かれた状況に気がついてばたばたと暴れだした。
「なっ……! なんなのじゃ、これは⁉ 外せ、外さんかっ。妾を誰だと思っておる。妾は気高き天狐一族の長の娘、ノエル・ネベなるぞ‼」
……聞いてもいないのに素性を暴露してくれた女に、レイたちは頭大丈夫かな、と敵なのに心配になった。
女は尚も言い募る。
「下賤な人間風情が、妾にこんなことをしてただで済むと思っておるのか‼」
しかも和やかにお茶会なんぞしおって‼ と喚く女に、レイたちは揃って自分たちの手元を見た。
異空間収納で持ち運びしていたレジャーシートと茶器、焼菓子でお茶をしながら時間潰しをしていたのだが……確かに腹が立つかもしれない。反省はしないが。そもそも敵を相手に此方が何をしようが勝手だろう、と開き直る。
「ふむ。お主の言い分はわかったがの」
こてりと茶器を持ったまま小首を傾けたディアは現実を突きつけた。
「お主の言う下賎の者とは、神族の長と魔王、精霊王なんだがの」
「ふぐう⁉」
ついでに元勇者もいるよ、とは召喚者組の心の声である。レイの怒りを買いたくないためその呟きは賢明にも喉の奥に呑み込まれたが。
人族以外の四大種族の長揃い踏みの状況に、女はぐぬぬ……と悔しそうに顔を歪めた。
「時に、貴女は魔族の長たる魔王アイヴィス様に対して、あろうことか首を絞めるなんて暴挙に出たわけですが……天狐族は我らと敵対する、という認識でいいですかね」
「!!?」
リティスの不機嫌を隠さない冷ややかな台詞にぎょっと目を見開いた女に、レイたちはなにも考えずに行き当たりばったりで行動していたなと呆れるしかない。
「アルカナの時よりヒドイ……」
「いや、アルカナと一緒にしてやるな。あの子はそれなりの事情があったんだから」
「そうだね」
『……うるさいですわよ、レイ、義兄様』
実は途中から山登りを拒否してレイが首から下げた鉱石に憑依して運んでもらっていたアルカナが苦言を漏らした。
あ、聴こえてた、とレイが呟けば、埒が明けないと憑依を解いたアルカナがふわりと出現する。
「あの獣人族、如何なさるつもりですの? いくら被害がないとはいえ、義兄様に危害を加えましたけど」
すっかりアイヴィスの妹分になってしまっているアルカナが怒りを滲ませて問うた。
レイとアイヴィスは顔を見合わせ、揃って仁王立ちするディアとリティスを前にすっかり萎縮している女を見る。
「……取り敢えず、話を聞いてからかな」
「そうだな」
意図が読めない以上、処罰は出来ない。
至って冷静に、現実を見るストッパー役は怒りに左右されずに方針を決めた。
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