61話
レイとアイヴィスの恐怖を煽ったリティスの魔法は、意図せず女を地面に縫い付けていた。
言うなれば、田んぼなどの泥濘に足が埋まってしまってじたばたする人のよう。
何をするでもなく、もがく女を見守る形になってしまったレイたちは、目の前で繰り広げられる喜劇ーー悲劇だろうかーーを具に見る羽目になった。
女は『鏡界壁離』から逃れようと身体を大きく上下に揺り動かす。手をついたら取れなくなることがわかってか、胸の前で固く握っているのだが、当然無理な姿勢のため力が入るわけがない。身体は体勢を崩して倒れ込むことになった。それも、顔面から。まだ顔を両脇に手をついたのなら救いはあったーーいや、無いだろうが、胸の前に合ったことで女は完全に身動きが取れなくなってしまった。突っ伏したまま身体を揺する動きは見れるのだが、無駄な努力である。
一部始終を見守ったレイたちは、何とも言えない女の無様な結果に瞑目した。
「……」
「…………うん」
「……………………えーっと、……」
「……、リティス。部分解除は、出来るか」
「…………はい」
召喚者組がとりもち、と呟く中、憐憫を含んだ眼差しで、アイヴィスが取り敢えず救出を選択する。決して、情けをかけたわけではない。
ーーあまりの残念さと馬鹿さ加減に、敗けるわけないなと全員が思ったので。
しかし、そこで慈悲を与えないのが、一人。
一部を解除し、直ぐ様『風輪縛』で捕縛すればいいとレイとリティスが目配せをし、それぞれ構えをとった。
女の顔から上半身を固めてしまっている『鏡界壁離』が淡い光を発して解除される。
耳は無事だった女は瞬時にがばりと勢いよく身体を起こし、魔法を行使しようと動きを見せた。それを見逃すレイではなく、先に展開していた魔法が発動するーーその時。
急に視界が陰った。
え、と魔法行使はそのままに上を仰ぎ見れば、そこには華奢な肢体にはそぐわない巨大な大槌を振り上げるディアの姿が。
「え、ちょっ、ディアーー」
「沈め、小娘」
ドゴーーーーンッ‼
「プギュッ⁉」
降り下ろされた大槌は見事に脳天を直撃、女は奇声を上げて再び地面に倒れ込むことになった。
「………………えっと、……ディア……?」
「お前、何故情け容赦なしに止めを指した……?」
それも大槌で。態々『創造』で創る作業すらして。
ブオン、と風を切って大槌を大きく振り、肩に担いだディアは、ふむ、と顎に指を添えた。
「鉄拳制裁というやつじゃ。斯様な愚か者には、最初の躾が肝心じゃからの」
だからって大槌はないわ。鉄拳何処行った。
レイたちの心の声は封殺された。何だかんだ言っても手加減はしていたのだろうし、何よりーー。
「さて。これを縛り上げて情報を吐かせんとの」
そう言って目を回す女の首根っこを掴み上げて引きずり出したディアの怒りの矛が自分たちに向かうのは、御免被りたかったので。保身に走って何が悪い。
近くにあった大岩にディアが創った太い縄で縛り上げ、更に『魔法効果無効』を付与した鉱石を首から下げさせることで魔法を封じた女は、未だに目を回して気絶している。
その顔はすでにアイヴィスとは似ても似つかぬ別人で、確かに美しい顔ではあるが、最早最初の面影はなかった。
金の髪は変わらない。白い肌も。しかしその容貌が大きく異なる。目を閉じているので整っているな、ぐらいにしか分からないが、その中で目を引くのは二点。一つはーー。
「…………なんで、麻呂眉?」
淳の呟きに、それを知る召喚者組は同意の意味で頷いた。
顔立ちからするに地球でいうところの西洋系だと思うのだ。なのに眉毛の形が麻呂眉。違和感が凄まじい。
二つ目。
意識がないためぺたりとしてしまっているが、それでも存在感を主張している、それ。
金色の毛並みの、耳。
「……獣人族?」
レイの呟きが、答えだった。
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