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53話

急いで自室に駆けていったレイの後ろ姿を見送って、アイヴィスは長い足を組み直した。そして自身の腕を離せないでいるアルカナに視線を向ける。


「……何を、視たんだ?」

「…………気付いていましたのね」


そりゃあ、あんなに敏感に反応をして力一杯手に力を込めてくればなぁ……。

アイヴィスは若干遠い目で思ったが、最近性格の八割は優しさで出来ていると周囲から評判になる程の思い遣りの精神で、女の子が怪力を指摘されては可哀想だろうと黙っていた。

焦燥感の抜けない顔で髪を掻き上げたアルカナは、重々しく肺の中の空気をすべて吐き出す勢いで溜め息を吐いた。


「夢……そう、ただの夢ですの。でもあんな、あれは、……あれほどに、おぞましいと感じる人間がこの世に存在するなんて……っ」


呼吸を乱したアルカナの背を、ここ数日ですっかり仲良くなった梨香と鈴がゆっくり擦る。

思い出すだけで背筋が震えた。臓物に冷たい氷水が通り過ぎるかのような感覚を覚える。


あの人間側に、レイは、十五年も居たのか。


「声、手、纏う空気、全てに悪意が込められている人間なんて、初めて見ましたわ……」


かたかたと小刻みに震える身体を抱き締めるように小さくなり俯く。


「言葉の一つ一つに、その……なんと言えばいいのか……。己に従うように強要させたり、恐怖心を持たせたり……」

「言霊、じゃないのぉ?」


瀬名が思い当たる例に、胸の高さで挙手した。


「言霊とは?」


聞き慣れない単語に、アイヴィスが問う。

淳たちは顔を見合わせて、次々に自分が思う言霊の説明をしだした。


「言霊は……えーっと、そうですね。言葉に魂が宿る、だったかな?」

「辞書だと、言葉にあるとされている呪力、だったと思うが」

「あれよね、ここの人たちは皆使ってないけど、漫画とかである魔法を使う時の詠唱は、これに近いんじゃない?」


言葉にして具体性を持たせてるのってそうじゃない? と梨香が補足を入れる。


「ふむ。成る程……。言葉に命令を乗せる術のようなもの、という見解で良いかの?」

「ええ、そんな感じかと……」

「アルカナ」


リティスに名を呼ばれ、こくりと頷いた。


「ええ、それに間違いございませんわ。あの男は、言葉に意思を乗せるーー言霊を使っているのですわ」

「……、どんな?」


鈴の控え目な問いに、アルカナは酷く沈痛な表情で、絞り出すように声を発した。


「…………お義兄様ーー魔王を、殺せ、と」


早くと、催促し、お前は私のものだと、所有を明言して。

甘言を囁くように。

蜘蛛が獲物に糸を巻き付け、逃がさぬように。


お前の役目を果たせと、縛り付ける。


小さな子供のようにぎゅうっと膝を抱えて顔を隠してしまったアルカナの頭を撫で、アイヴィスはうっすらと微笑みを乗せて目を細めた。


「本当に、あの男……うっとおしいなぁ…………」


小さく呟かれた言葉は、しかしよく通る声故に、しっかりとその場にいる全員の耳に届いた。

淳たちは、アイヴィスの瞳に宿る怒りの感情にぶるりと身体を震わせて恐怖する。

顔色が悪くなっていく召喚者組に気付いたディアが、強制的に話題を変えた。


「ふむ。時に、あの男と言うのも飽いたの。レイは狸親父、諸悪の根元、人類の敵と称しておったが、いい加減統一性を持たせようぞ」

「……うん?」


微妙に、どころか全然変わっていない話題だが、気を反らすことには成功したようで、アイヴィスはふむ、と顎に指を添えて思案する。


「…………うん。害虫の択一で」

「「「合点承知」」」


静かな恐怖を撒き散らしたアイヴィスの言は絶対である。グッと親指を立てて賛同する一同。

その時、バアン、と大きく扉が開いた。

着替え終わったレイが、皆の行動に首を傾げる。


「何の話し?」

「あの男の呼称は害虫で統一することになった」

「ん。同意」


レイも親指を立てて力強く頷く。


ーー彼等の人族の国王嫌いはどんどん加速していくのだった。


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