49話
淡いピンクが混じったオフオワイトの壁紙に、花を模した調度品。繊細なレースの施されたカーテン。天蓋こそついていないが大きなベッドに、ふかふかの柔らかい色のシーツやクッション。アンティーク調の丸テーブルには白いテーブルクロス。暖色系で纏められた花が花瓶に生けられている。何時でも摘まめるようにと準備された花の絵柄が描かれたティーセットに、コロンとした可愛らしい焼き菓子。
ここは、アイヴィスが過ごしやすいようにとわざわざ内装を変える配慮を見せ設えた、梨香と丸山 鈴の部屋である。
余談だが、女子の部屋に関しては全て内装が異なる。全ては途中から面白くなって収集がつかなくなったアイヴィスの遊び心故。お陰で一週間に一回、部屋の交換の案が出たりもした。修行が思いの外スパルタで無くなったが。大概レイのせいである。
因みに。
ーーハイセンス……! と、女子たちが内心戦慄し、義弟が凝り性……と呆れた表情で溜め息を吐いたのは、本人の預かり知らぬところである。
その二人の部屋に、細野、皆川、瀬名の召喚者女子組と、ディア、リティス、アルカナの異世界女子組が集ったのは何て事はない。女子会である。
何故開催されたのかと言えば、唯我独尊が代名詞、ディアの突然の思い付きによる。
「うむ。これも何かの縁じゃ。親睦を深めるため、女子会をしようぞ」
「「「はあ?」」」
「「…………………………」」
皆で和気藹々と食事をしていた際の発言である。
殆どが唖然とすっとんきょうな声を出し、アイヴィスとリティスはまたなにか言い出した……と胡乱気な眼差しを向けた。勿論、彼女(母)の暴走を止めるのは自分たち(子)の義務だと制止を求める発言も忘れない。しかし体力回復に勤めていたレイ(末っ子)がいなかったことがディアを助長させた。ごり押しされ、結局女子会は決行される運びとなったのだった。
そしてその日のうちに実現した女子会。梨香たちの部屋でやる事になったのは、単純に二人の部屋が全員の中間だったからで他意はない。
最初はレイが心配で辞退するつもりだったアルカナは、ディアに問答無用で引き摺られて強制参加になった。アイヴィスに「申し訳ないが、付き合ってやってくれ」と頭を下げられ、慌てて止めるようにお願いしたのをリティスだけが知っている。すっかり仲良くなった二人に和んでもいたが。
その際、レイの回復具合を聞かれたアルカナは、うんざりしながら順調だと告げている。
「普通なら、枯渇した魔力を回復させるにはニ、三日の休養が必要ですのに、あの回復力には脱帽しましたわ……」
「うむ。儂もレイの回復速度は理解の範疇を越えていると思う……」
もう一人、範疇を越えている者がおるがの、と敢えて名前は伏せて溜め息を吐いた。何を隠そう、某魔王陛下である。義兄弟揃って超人の枠に収まっていることについては、誰もが気付かぬ振りをした。……切りがないので。
ディアとリティスに連れられ、会場である部屋に入ったアルカナは静かに頭を下げて礼の形を取った。
「此度の女子会にお招き頂き、ありがとうございます」
「あー、うん。此方こそ宜しくお願いします! でも堅苦しいのは無しね。今夜は無礼講ってことで」
「そうですね。アルカナ、折角ですからお言葉に甘えなさい」
「はい、お姉様」
こくりと頷いたのを確認し、ディアが早々に席に着席する。
「さて。アイヴィスが給仕に色々と準備を頼んでくれたらしいの。焼き菓子、生菓子、水菓子、選り取り見取りじゃの」
「……何やらここぞとばかりに甘やかしに掛かっていますね」
「レイの友達は皆、見内枠なんじゃないですの?」
きゃいきゃいと女子高生たちが楽しそうにお菓子を選ぶのに、やや呆れた様子で傍観者となっている年長者組。
そうこうしている間に、梨香と鈴がプチタルトや小さく切られたケーキを乗せたお皿と茶器を手に戻ってきた。
「適当に取りましたけど、他に食べたいのありますか?」
「ふむ。いや、これで構わんよ」
「お気遣いありがとうございます。何か欲しければ自分で取りますわ」
はあい、とにこやかに返答をし、好きなものを手にした彼女たちは自由にベッドやソファーに腰を落ち着かせる。
「……さて、急に女子会の開催ですが……こういうのは何を話すか検討もつきませんね……」
「ふむ。盛り上がる話題と言えば、色恋かの」
「「敢えてその話題に触れますか……」」
出来れば避けたかったリティスが嫌そうな顔をした。アルカナは姉が話題の中心になることが見透かせて肩を竦める。
「あ、でも、あたし聞きたかったんですよね! リティスさんとアイヴィスさん、お付き合いされてるんですよね⁉」
「はあ……」
ディアが振った話題に皆川が食い付いた。
リティスは勢いよく詰め寄られ、ほんのり頬を赤く染めてたじろぐ。
「アイヴィスさんって、見た目は勿論極上だけど、性格も紳士だし。優良物件だよねー」
「うんうん。部屋の内装を変えてくれた時も思ったけどぉ、センスも良いわよねぇ」
「わかるー! それにさー、この前レイくんと剣の稽古してたんだけど、一見細身に見えてスゴい鍛えてるのね。腕だけだけど、無駄な脂肪のついてない、キレイに筋肉のついた腕で驚いちゃった」
「「「なにそれ詳しく」」」
おっかない肩書きは兎も角、アイヴィスの美貌と物腰に、物語に出てくる王子様みたいと思っていた女子高生たちは若干興奮ぎみだ。
「魔法の技術はピカ一って聞いてますけど、やっぱり身体を鍛える努力は欠かしてないってことですか?」
「……アイヴィス様は自分の立場をよく理解していますから。暇な時間を見つけては騎士団員を相手に鍛練をしていますよ」
「「「おおぉー……流石ー……」」」
身近に鍛え上げられた肉体の持ち主なんかいるわけのない女子高生たちは興味津々だ。ここはお年頃。話題は夜の営みに触れた。
「あの……初めてって痛いって言いますけど、どれくらい痛いんですか……?」
「あ、私も聞きたいです! 参考までに‼」
「ええぇー……」
「……わたくしも、興味がありますわ」
明け透けない話題に、リティスが言い淀んだ。
精霊王の記憶を持つリティスは、生殖行為がそもそも念頭に無かったため、成り行きとは言え初体験の相手はアイヴィスである。
しかも話題が話題のため、とても言い辛く口ごもった。
だが同じく生殖を必要としないため人間の営みを知らず、ちょっと興味のあったアルカナまでもが話題に乗ってしまい、回避出来ないと腹を括ったリティスは一度咳払いをする。
「……えーっと、……そうですね。痛みについては人それぞれだと思います」
「そうなんですか?」
「ええ。……私の場合、相手が経験値が桁違いの超絶技巧の持ち主だったので」
デロデロに解かされて、痛みを感じる余地もなかった、と顔を真っ赤に染めて恥ずかし気に目を伏せて白状した。
それに未体験の女子たちはキャーと頬を染めて見悶えた。
「うわーうわー。なんか、自分の事じゃないのに恥ずかしい……」
「う、うん。ヤバい、顔あっつい」
パタパタと顔を扇ぐ女子高生たちに、一方ディアは涼しげな顔だ。
「別に遊びが激しかったわけではないが、昔から要領の良い奴だったからの。……しかしここでも天才を発揮せんでもよかろうに」
「……ディア様は何か無いんですか?」
アイヴィスに名前で呼ぶように強要された後、仲間外れはいかんの、と訳の分からない理由を述べたディアにより名前に敬称をつけることで落ち着いたリティスが強引に話題を方向転換する。
ディアはこてりと首を傾げ、いや、と否定した。
「昔はあったが、最近はないの。そもそも儂も、生殖行動は必要ないからのう」
「え、そうなんですか?」
「創生神だからの。自ら生むのではなく、創るのが儂の在り方よ」
色恋は聞くだけで十分じゃ、と言うディアの心意は読めない。如何せん、表情筋がピクリともしないので。
ディアに話題を振るのは地雷っぽいと理解した鈴が、控え目に挙手した。
「あ……そう言えば、お二人は、レイくんと、付き合いが、長いんですよね? レイくんって、誰かと付き合っていたとか、無いんですか?」
瀬名が敏感に反応した。
しかし、ディアとリティスは首を振る。
「あの子は……そんな余裕はなかったでしょうね」
「うむ。何せ人族の国王に軟禁状態で育ち、勇者になることを強要されていたからの。色恋に関心を持つ以前の問題じゃろ」
アイヴィスたちに心を開いた後のレイは、まるで子犬のように後をついて回っていた。その可愛らしさに母性本能を刺激された女性陣に猛アピールを受けていたが、全て袖に流していた。
それを聞いて、へえ、と感心する者、安堵する者がいる中、暫し静観していたアルカナが口を開いた。
「レイは……恋愛をすることを本能的に拒否しているようだと、義兄様……アイヴィス様が言っていましたわ」
「……なんでぇ?」
レイに淡い気持ちを向けている瀬名がムッと顔を顰める。
アルカナは静かに目を閉じ、アイヴィスの仮説を話す。
「かつて義兄様のご両親にあった不幸を聞いて以来、レイは恋愛は怖いものだと思っているようだと、言っていましたの。そうでなくば、人の感情の機敏に悟いレイが、自分に向けられる恋情に気付かない筈がありませんもの」
アイヴィスの両親は、人族の国王の歪んだ愛によって、死という形で引き裂かれて恨みを抱いて死んだ。
その内容に酷く胸を痛めたレイは、元々持っていた人族の国王に対する嫌悪感を膨れさせ、愛とは怖いものだと思い込んでしまったのではないかとアイヴィスは寂しそうに推測した。
「親愛、友愛は信じられるようですし。時間が解決してくれるのを待つしかないのでしょうね」
「そんなぁ…………」
ガックリ肩を落とした瀬名に、梨香が慰めの言葉を掛ける。
「そう言えばアルカナちゃんは、今まで恋愛とかしてこなかったの? レイくんと仲良さげだったけど」
細野の何気ない言葉に、瀬名が意気消沈していたのも忘れてアルカナをギッと睨み付ける。
だが当人は涼しげな顔で否定した。
「ありませんわ。周りにいる同族は、皆、眷属ですもの。恋情を向ける対象には成り得ませんわ。……レイについては、わたくし、立ち位置としては末の妹ですの」
「……ん?」
一同首を傾げるのに、アルカナは疲れた様子で膝を抱えた。
「五大精霊の兄姉様方のやり方に反感を覚えたレイが、わたくしの事を庇護する対象としたようでして……すっかり甘やかされていますの」
「……それで、貴女は何故、そんな反応を?」
ぐったりとしているアルカナに、リティスがパチリと瞬きをする。
アルカナの理由は至って簡単なものだった。
「だってわたくし……一応これでも、レイより歳上ですのよ……」
例え、見た目がどう頑張っても年下にしか見えなくても。
アルカナの外見年齢は十四歳程度。……レイが庇護欲を持っても仕方ないことだった。
「……まあ、そちらも時間の経過による解決を待つしかないじゃろうな」
ディアが締め括ったが、何となく全員がしょっぱい気持ちになって会話は締め括られた。
そうして夜は更け、第一回女子会はお開きとなったのであった。




