47話
ひたすら眠り続けていたレイは、起きるのも唐突だった。
アルカナは神湖が王都の近くに移動した事により、城までなら行動可能になった。
レイが倒れたのは自分の責任だと思い詰め、アイヴィスに許可を得て入城、看病することを望んだ。
そして魔力を循環させることで回復を図っていたリティスから交代し、握っていた手がピクリと微かに動いたのを感じて椅子から立ち上がって顔を覗き込む。
ーーパチリ。
突然開いた目。アルカナは驚いて身体を震わせ、小さく悲鳴を上げて仰け反る。それによって勢いよく身体を起こしたレイの頭と正面衝突せずに済んだ。
「……………………」
「お、起きたんですの……?」
握ったままだった手に力を入れられ、離せなくなってしまったことに困惑して顔を赤らめたアルカナはおずおずと問う。
しかし、返事をしたのはレイの口ではなく。
グゥゥゥウウウ………………。
「…………………………」
「………………お腹、空いた」
「…………何か、お願いしてきますわ」
切なげに盛大になった腹がレイの状況を明確にしていて、アルカナは呆れ返りながらもアイヴィスに食事を頼むために立ち上がった。
何処までもレイはレイだった。
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アルカナ伝で食事の催促をされたアイヴィスは、あまりのレイのらしさに一瞬呆けた顔をしたが、直ぐに腹を抱えて爆笑した。
命を出すアイヴィスが笑いだしてしまったため、代わりにリティスが食事の用意をするよう給仕に伝え、レイが部屋で食べれるようにそちらも手配する。
その様を見て、「お似合いですのね……」と呟いたアルカナの一言によりリティスが羞恥で思考回路が爆発。使い物にならなくなった。なので結局手配したのはディアとなった。つくづく相性の良すぎる義親子である。
枯渇した魔力は戻りつつあるが、体力自体は戻らず、立ち上がることもできなかったレイは、寝台の横に机を配置するという病室で取られるような処置で食事を摂ることになった。空腹が限界に達していたので、これといって気にする素振りも見せなかったが。
因みに食事は淳お手製の鶏粥である。城の料理人たちはリゾットにしようとしていたのだが、寝起きにそれは辛くね、と合いの手をいれたのだ。教師役のレイがいないため、修行が捗らなくて暇だったからでは、勿論無い。
丁寧に手羽元と生姜と葱、乾燥茸で取った出汁で炊いた粥を、レイはキラキラと目を輝かせながら黙々と口に運ぶ。薄味だが、しっかり出汁が染みた食事がお気に召したようだ。
異国ーーどころか異世界の食事に興味深そうにしていたアイヴィスだが、気を取り直して体調を訊ねる。
「気分はどうだ? 倦怠感が残るとか、熱があったりはしないか?」
「ん。平気。……リズ姉とアルカナの魔力循環のお陰で、もう一日寝てれば体力も戻るよ」
驚くべき回復力に何とも言えない心境になるが、そのアイヴィスも存外人のことは言えない回復力の持ち主だったので、その話は流れることになった。
「先程、ディアと確認した。神湖クララ・エリクサーは無事に土地に定着、問題なく水源とも繋がったようだ。……よくやったな」
「ん……」
ご褒美と頭を撫でられ、猫のように目を細めるレイに、実は壁際に控えていたクラスメイトたちと精霊一同は微笑ましさに、何この兄弟素敵、と悶絶。奇妙な躍りを見せた。
因みにその横で、アルカナが給仕に精を出していることには誰も触れない。罪滅ぼしかな、と察してはいたので。
「レイ、お茶のお代わりは如何です?」
「ん。ありがとう。貰う」
「はい。熱いのでお気をつけくださいな」
……まるで新婚夫婦みたいなやり取りに一名、レイに好意を寄せる瀬名 瑞姫がギリギリと歯軋りしていたのだが、見て見ぬ振りであった。誰も藪をつついて蛇を出したくはないので。
一服して落ち着いたレイは、さて、と前置きした。
「そういえば契約が先伸ばしになってたよね」
「「「覚えてたんだ…………」」」
「覚えてるよ。どんだけ記憶力無いと思われてるのさ」
失礼な、と心外そうに頬を膨らませる。
リティスが苦笑しつつ、膨らんだ頬をつついて先を促した。
「ほら、レイ。何時まで経っても終わりませんよ」
「んー……。じゃあ、順にやっていこう」
そう言ってアルカナがずっと持っていた鉱石を受け取り、フィンから契約を行うことになった。
方法は至って簡単。鉱石に互いの血を垂らして制約の言葉を述べればいい。
正直腹が満たされたことで睡魔が襲ってきているので、レイはさくさくと契約に取り掛かる。
レイとフィンが対面し、小さな机に乗せた鉱石に手を差し伸べ、それぞれ小さなナイフで指を切った。
「『主、レイアーノ。従、フィン。ここに血の誓約を交わし、主従の契約を為す』」
ポタッ、ポタッ。
二人の血が鉱石に落ちた。すると一瞬強い光を発して、また元の石に戻った。契約の完了である。
確認したレイはうん、と頷いた。
「はい、次ー」
「「「簡単だ⁉」」」
もっと難しいと思っていた淳たちが驚愕の声を出した。
アイヴィスが苦笑し、補足を入れる。
「レイだからあっという間だが、適正がないとこんな直ぐには終わらんな」
「ええ。流石、と言うべきですかね。上位精霊との契約をここまで簡単に済ませるとは……」
「うむ。下手をすると、儂ら神族とも簡単に契約を結びそうだの」
「「言ってやるな/は駄目です」」
「……フラグが立ちそうなこと言わないでよ」
ディアの何気ない言葉にアイヴィスとリティスが突っ込み、レイが嫌そうな顔をして首を振った。
気を取り直して火の大精霊、オルガ。地の大精霊、アラン。木の大精霊、シャオン。次々と契約を結び、最後と思いきや、レイが以上!と終了を告げた。
それに慌てたのは周囲だ。
「ちょっ、待てお前っ! 一人忘れてんだろ⁉」
「そうだよレイくん‼ それはあんまりだよ‼」
「……んん?」
淳たちに一斉に嗜められ首を傾げたレイだが、勘違いが生じている事に気が付き、ああ、と拳でもう一つの手を打った。
「アルカナとは契約が済んでるんだ。起きて早々にやったから」
レイに視線を向けられ、アルカナがこくこくと頷く。
淳たちは一瞬言葉が理解出来ずに硬直し、数拍後怒鳴った。
「「「それを先に言え‼」」」
怒鳴られて納得のいかないレイは一言。
「解せない」
「「「解せよ‼」」」
義弟とその友人たちの漫才じみたやり取りに、義兄姉は微笑ましそうに笑うのだった。
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