45話
随分と日にちが空いてしまいました……
神湖クララ・エリクサーはレイたちがいる場所から徒歩で北上しても三十分掛かるか掛からないかぐらいの距離にあった。
周囲を黒緑色の木々に囲まれてはいるものの、陽の光を全て遮ることはできなかったようで、辛うじて汚染されずに済んだのだろう。翠緑色に透き通った神秘的な水で満たされていた。
しかしこれもあと数年経っていたらどうなっていたかはわからない。つまりアルカナにとっては、レイたちの此度の訪れは運が良かったの一言。それこそ天の助けと言えた。
ディアが神湖をぐるりと見渡し、はて、と呟いて腕を組む。
「中々に大きい湖じゃの。媒介を使った方が安全かの」
「鉱石を使ったらどうだ? 水底に幾つもあるようだし」
アイヴィスの提案に、振り向かれたアルカナはこくりと頷いた。
「構いませんわ。幾らでも使ってくださいませ」
「では決定じゃの。儂が術を行使するからーーレイ、片っ端から魔力の回復、増幅をしてくれるかの」
「ん。任せて」
着々と準備に取りかかるレイとディア。アイヴィスは補助に回って二人がやりやすいようにそれとなく準備する。気配りの出来る魔王とは、一体。
アイヴィスが頼まれなくとも水底にある鉱石を浮遊魔法を用いて神湖から十数個回収し、満遍なく周囲に配置した。それにレイが術の強化を図るため増幅魔法を掛けていき、準備完了である。
「では始めるかの。お主ら、離れておれ」
術者の魔力回復を担うレイ以外が指示通りに一ヶ所に集まったのを確認し、ディアは細腕を神湖に向かって軽く上げた。
レイはディアの肩に手を乗せ、いつでも回復できるように備える。
「範囲指定ーー固定。水源と泉の供給、一時停止。ーー『転移』」
機械的に呟いていたディアの魔法が発動した。
術の支点となる鉱石がバリバリと稲妻のような光と轟音をたてる。光はふわりと浮き上がり、隣の石と繋がって大きな輪となった。一つの線で繋がり、天に伸びる柱となって術の展開完了を告げる。そして術者であるディアと、彼女に触れていたレイ、神湖が音もなく消えた。
転移に掛かった時間は一分に満たない。あっという間の引っ越し作業だった。
神湖が消え失せた後、巨大な穴となった跡地をアルカナが不安げに見つめる。
『意思伝達』の魔法によるディアの抑揚の無い声が届き、告げた。
『神湖の転移完了。神湖と水源を接続、供給、確認。ーー引っ越し完了じゃの』
わっ!と歓声が上がる。ほっと涙を浮かべて胸を撫で下ろすアルカナに、リティスが微笑みを浮かべて頭を撫でた。
ーーしかし。
ディアの困惑を滲ませた声が続く。
『うむ……成功は、したんじゃが、の……』
「……何があった」
重々しい雰囲気を察したアイヴィスが眉根を寄せる。
それに答えたのはレイだった。
『うん。転移事態は成功なんだけど、転移する地点の土の除去を忘れてたよね。……元々あった土が盛り上がってカルデラ湖みたいになっちゃってるよ……』
上空にいるからよく見えるけど、多分カルデラ湖ってこんな感じだと思うんだ。
…………………………。
全員が言葉を失った。まさかこんな展開が待っているとは、である。
騎士団員は兎も角、アイヴィスとリティスはディアによる強制詰め込み学習の被害者のため、中学、高校で習う勉学も多少は習得していた。だからこそ、一言。
「「何やっているんだ/ですか、ディア/創生神様……」」
その間も魔法を展開したまま転移先で言い合いをしているらしく、二人の会話が筒抜けになっていた。
『うっかりしておったの』『どうすんの、これ。除去しないと不味いよ』『……駄目か、このままじゃ』『駄目だよ。岩と違うんだから。地震とか雨で土砂崩れが起きて湖が埋まったらどうすんの。安全面が確保されてないなら無事に完了したとは言えないからね?』『うぬぅ』『つべこべ言わずに除去して。俺もそろそろ魔力が枯渇しそうでヤバイんだから』『それを先に言わんか、お主』ーー等々。
途中から一部で笑いを堪える作業に苦心したのは余談である。
結局、一度目の転移で鉱石が割れてしまい、一から作業を開始したレイたちは疲労困憊の体でふらふらとしながら帰って来た。
レイはアイヴィスの胸に飛び込む形で抱きつき、額をぐりぐりと押し付けて唸る。
アイヴィスは苦笑しつつ、背中を軽く叩いて宥めた。
「ちゃんと計画を練って行動を起こす大切さが身に染みた……」
「次からは行き当たりばったりに行動するのは止めような」
「うん……」
魔力が枯渇したレイは、夢心地で反省しながら意識を手放した。




