43話
五大精霊たちがどれだけリティスーー精霊王が好きなのかよくわかったところで、契約に移る。
だが、そこで問題が一つ発生した。
「契約に使えるような宝石、持ってないけど」
ひらりと振られた手には、宣言の通り何もない。というより、高校生が宝石の類いを持っている方が可笑しいわけで。アイヴィスたちも、だろうな、と頷くだけだった。
そもそも、中位、下位精霊の借宿となる契約に使う石は其処らの鉱山で採れた物で構わないのだが、あいにくと今回契約するのは上位精霊の中でも別格の五大精霊。加護を宿した宝石でないと力の波動に耐えきれず、彼らが宿った瞬間砕け散る可能性があった。
「儂が作ってもよいが……それではおそらくお主らが宿るのは難しいじゃろう?」
「そうですね……。創生神様の力で作られたものに我らが宿るには、我らの力が足りませんし」
ディアは神族の長を務めるだけあって、現存する神の中でもその魔力で右に出るものはいない。ーー魔族、というか、アイヴィスは別として。
そのディアが『創造』によって作った宝石では、彼女の強すぎる魔力が妨害して精霊たちが宿れないのだ。
ではアイヴィスの所有する宝物庫にある宝石ではどうかと話が纏まり掛けていたときだ。ふらりと近寄る気配を感じた。
「…………」
無言で振り向けば、祈るように手を重ね何かを話そうとして口を開いては閉じるを繰り返すアルカナがいた。
「……何?」
さっきの言い合いを引き摺ってか、自然と冷ややかな声が出た。
アルカナはびくりと身体を震わせたが、勇気を振り絞って震える手で何かを差し出した。
「あ、あの……これ……」
白魚のように白い華奢な手に乗せられていたのは、大小様々な色とりどりの五つの宝石。赤、青、緑、黒、うっすら濁った乳白色の石は、恰も五大精霊のために設えたかのような色だった。
レイはきょとりと瞬きをし、アルカナを凝視した。
「……この石は?」
「わ、わたくしの神体、神湖クララ・エリクサーの水底で採れる鉱石ですわ。お姉様……精霊王 リリカナ様の加護を受けた神湖で作られたものなので、……わたくしたち五大精霊でも何の抵抗もなく宿ることが出来ます」
先程までの勝ち気な態度が嘘のように鳴りを潜め、怯えるような言動を見せるアルカナに怪訝な顔をしながらも受け取った。
ディアに視線を向ければ、心得たとレイが見やすいように下げた掌の宝石を検分する。ほんの数秒で、これならば不足なく可能だと返答が返ってきた。
掌を返す行動を見せるアルカナは、重ねた手と唇にぎゅっと白くなる力を入れ深く俯いていてその表情は伺えない。
その心意を知るまではこの宝石は使えない。
レイは辛抱強くアルカナが口を開くのを待った。
アルカナは、自分がどれだけ身勝手で独り善がりな言動をしていたのか、よくわかっていた。
あの日。世界神樹が焼かれたあの日、アルカナは逃げ遅れた精霊たちの誘導をリリカナに命じられ後ろ髪を引かれる思いで姉から離れた。
都合悪く、アルカナ以外の五大精霊は人族が起こした諍いを諌めるべく行動していて不在だった。ーー思えば、件の諍いは全て人族による誘導だったのだろう。
急ぎ戻った時にはすでに手遅れ。
油が撒かれ、凄まじい勢いで広がる炎は、アルカナが見ている目の前でリリカナーー最愛の姉と、精霊族の母たる神樹を瞬く間に飲み込んだ。
茫然と見ているしか出来なかった自分が不甲斐なく、情けなさで涙すら流れない。それほどにその光景は衝撃的で。
同盟を結ぶ魔族、神族の長までもが駆けつけた神樹焼失は、あっという間に世間に知れ渡り、行動を別にしていた五大精霊たちも急ぎ戻り、嘆く精霊たちの沈静に力を注いだ。
その時、高度な水魔法で鎮火に一役買ったアイヴィスが祭司の一族の幼い巫女を保護したが、まさかリリカナが憑依しているとは誰も思わなかっただろう。後日明るみになったとき、精霊族全員が絶句したぐらいなのだから。
アルカナは、今度こそ優先順位を間違えないと決意した。例え命を承けていたとしても、あの時自分が姉の側から離れなければ、こんな悲劇にならなかったと、ずっと後悔していたのが、まさか生きていたと知ったときの僥倖と言ったら!
責任感の強い精霊王のことだ、直ぐに返ってくると思いきやーー待てど待てど帰ってくる気配はない。
それどころか魔王アイヴィスの加護下で神体を失って途方に暮れる精霊たちを守る手立てを打ち出し、五大精霊たちを呼び寄せ今後の方針を指示した。
森を復活させる為には精霊王の力が必要だが、神体を失い、人の子に憑依せざるを得なかった彼女の今の力ではそれは叶わない。
わかっているのだ、そんなこと。
でも。
アルカナが望んだ未来は、覚悟は、感情は、……行き場を失い彼女の胸を荒れ狂う嵐となって蝕んだ。
だからリティスと名乗る姿を変えた精霊王が森に訓練に訪れたのを察知した時、これとない連れ戻す機会だと思った。
それがまさか人族の子供にコテンパに言い負かされるとは思わず、暫く立ち直れなかったほど。
後から来た兄姉も自分の考えに賛同なんかしてくれずに、それどころか人族の子供に自分たち五大精霊との契約を持ちかけた。
だが。
アルカナはわかっていた。
『五大精霊との契約』ーーその中に、自分は含まれていないことに。
ーーイヤだ。
イヤだ、イヤだ、イヤだ‼
そしたらわたくしは、ーーわたくし、は……。
マタ、ヒトリボッチ。
アルカナは人形のように整った綺麗な顔をくしゃくしゃに歪め、ぼろぼろと大粒の涙を流して泣き叫ぶようにしてレイに懇願する。
「う、ふえ、っ……、わたしを、一人に、しないでぇ……!」
待っても誰も帰ってこない。
薄暗い、静かすぎる森でたった一人で待つのは、もう嫌だった。




