41話
「噂をすれば影と言いますが……出てくるまでのことを考えると、機会を伺っていたとしか思えません。何処かで見学してましたね?」
趣味が悪いと、呆れた表情で腰に手をやるリティスの言葉に、鈴を転がしたような声が響いた。
『くすくすくす……。すみません、精霊王……いえ、リティス様。そこの少年がアルカナを相手に圧倒するのが面白くて』
『そうさな。つい見いってしまった』
『ええ、ええ。実に楽しいものを見させてもらいましたよ、ええ』
『このように弁が立つ人の子がいるとはね。これだから人は面白いのだわね』
ふわりと。
炎、風、が巻き起こり、土が盛り上がり、木から光の粒子が発生する。
「お久し振りに御座います。リティス様、創生神様、魔王アイヴィス殿ーーそして、我らが王の義弟、レイアーノ殿。代表してご挨拶申し上げる。わたしは風の大精霊、フィンと申します」
どうやら五大精霊の中でも年長者に見える地の精霊ではなく、次に年長者に見える風の精霊が纏め役のようだった。
彼女は優雅に淡い緑色に透き通る服の裾を詰まんで持ち上げ一礼をする。
それに対してアルカナがお姉様‼ と憤慨しレイを指差した。
「こんな人間ごときに礼を尽くす必要はありませんわ‼」
「おだまり。精霊の恥さらしが。同じ五大精霊として恥ずかしいことこの上ない。我らが王のお認めになった人の子に対してなんて物言いです」
静かに笑うフィンから起こった極寒の突風がアルカナを襲う。彼女は猛烈に激怒していた。
「そもそも、貴女が意地を張らずに会いに行くだけで解決する話を大事にするからレイアーノ殿を怒らせる事態になるのです。それにリティス様がきちんと役目を全うしていることは我らの知るところ。放棄しているのはアルカナ、貴女の方ですよ」
「あ、う……で、でも! 精霊王の象徴たる世界神樹はどうするのです? 神樹が復活すれば森だって元に戻るかもしれませんのに。それをしないことは、怠慢ではありませんの?」
「いや、森に関しては意図をもって復元してないんだが」
アルカナの抗議に、アイヴィスが肩を竦めながら首を傾げた。
「はあ⁉ 魔族が、なんの権限があって森の復元に口を出すのです⁉」
「……いや、戦争をしている今の状況で元に戻すわけないと思うけど」
「ああ、察したか?」
うん、とレイはこくりと頷く。
「この森は魔族領と人族領を跨いでいる。つまりこの森を越えれば互いの領地に近道できるってことだ」
「あ、成る程。元に戻さないでいた方が、襲撃を減らせて危険が減るよな」
「警備してたって、どうしても死角になる場所とか目が行き届かないもんね」
「魔族側は、今の被害状況を考えても、極力侵略を阻止したいわけだ。よく考えてるよなー」
レイの解説を受けた淳たちも、アイヴィスの言葉の趣旨を把握してそれぞれ感嘆する。
しかし理解できないのが一人。
「な、それにしたって、精霊族のことに魔族が口出しするなんて」
「いえ、これは私と、貴女以外の五大精霊との会合で決定した事案です」
言い募るアルカナだが、リティスは冷静そのもの。すぱんと事実を突きつけた。
「もし森が元に戻っても、また人族の襲撃があれば二の舞になりかねませんしね。ならば『神樹の種』を来るべき日まで厳重に保管し、全ての事に決着がついてから着手する方が、双方のためと話し合いで決まったのです」
「……というより、それが決まったのはリティスがリリカナの記憶が戻って直ぐのことであろう。何故今更蒸し返すかの」
ディアの疑問に、苦虫を噛み潰した表情をするアルカナに、レイはどうせ、と呆れた様子で腕を組んだ。
「自分だけ茅の外で気が付いたら全部終わってたことに怒り心頭だったけど、どうすることも出来ずに悶々と過ごしてた。それが今回俺たちが来たことで、丁度いいと急遽行動に移した……ってところでしょ?」
「猪突猛進か……」
ディアの的確な一言がドスッとアルカナの胸に何かが突き刺さった。図星である。
膝を抱え、ズーンという文字を背負っている表現が出来る落ち込みっぷりに、しかし薄情な残りの五大精霊たちは放置を決めこんだ。
「それにしても、リティス様、アイヴィス殿。祝言はいつなさるのです?」
「ゴホッ」
「~~~!????」
アイヴィスは咳き込み、リティスは声にならない悲鳴を上げた。
「な、何を」
「しらばくれたって無駄ですよ? 魔王城にどれだけの同胞が勤めているとお思いです」
「感極まった連中が、嬉々として伝えに来たのだわ」
「余計な事を……!」
「「「いや、古今東西、至るところにいる同胞に隠し事をしようとした貴女が悪い」」」
拳を握り、歯軋りをするリティスに精霊たちはふるふると首を振る。
「それにしても、恋仲になったというのに、何故未だに敬称呼びなのです? 昔は呼び捨てでしたでしょう」
「……今の私は親衛隊の隊長です。立場を明確にする必要があります」
「……この調子ですと、二人きりの時でも敬称なんじゃないですか?」
「そこのところ、どうなの? アイヴィス」
「あー……普段も、そうだな」
「リズ姉……」
堅物なのはわかっていたが、融通がきかないのも困ったものだ。
レイはいっちょ大好きな兄たちのために肌を脱ぐかと決意する。
……最も、察しの良い兄には策は必要ないのだが。
「あのさ、アイヴィス。恋人から敬称で呼ばれるのってどんな感じ?」
「ん? ああ、そうだな……」
ちらりと向けられた視線に、アイヴィスはきょとりと瞬きしたが、レイの言わんとすることがわかり、ふっと、哀愁を含んだ笑みを浮かべる。
「そう、だな。……やはり、物寂しい気持ちにはなるか」
「~~~ッッッ今後努力します!」
そっと胸に手を当てて俯いた美貌の青年の威力は計り知れない。
慌てたリティスはぎゅっとアイヴィスの手を掴んで宣言した。
そうか、と顔を綻ばせるアイヴィスの後ろで、レイはうむ、と頷いた。
ーーアイヴィスの演技力半端ない。




