40話
レイの跳ね返すだけという、精神攻撃にも似た攻撃に、アルカナは命からがらに辛うじて落ち延びた。
木に手をついて、よろめくままにゼーハーと肩で息をしながら地面に踞った。
「なんですの? なんなんですの? 何でわたくしがこんな目に……! ただお姉様に説得するだけのはずでしたのに」
よよよ……と涙を拭う仕草をするアルカナは、青みがかった白髪に白磁の肌の一見薄幸の美少女なだけあって庇護欲を誘うのだが、ここにいるのは一部始終を見ていた面々だけ。なので残念ながら感想は至って辛辣なものだった。
「いえ、元は貴女が原因ですよね。自業自得では」
「反省してないよね、これ?」
「微塵も自分は悪くないと思ってるよね、あれ。サイテー」
「ここまで来れば、いっそ呆れを通り越して天晴れと言いたくなるな」
「ふむ。ここは一発、お仕置きが必要かの」
「「「止めろ/なさい」」」
「む。駄目か」
次々と正論を言われて怒りで顔を真っ赤に染めたアルカナは、すいっと手を上げたディアの一言に本気を悟り、全身に鳥肌を立たせ顔色を真っ青にして自分を抱くようにして小さくなった。
レイは溜め息を吐いてこてりと首を傾げた。
「言っとくけど、ここにお前の味方はいないよ」
「うううぅぅぅ……!」
アルカナはキッとレイを睨み付けた。
「五大精霊たるわたくしになんて無礼な……! 失敬ですわよ、名を名乗りなさい‼」
「レイアーノ」
レイの回答は実に簡潔である。
呆気にとられたアルカナだが、聞き覚えのある名に侮辱を込めた笑みを浮かべた。
「レイアーノ、そう、貴方が、あの。ふふふ、貴方が同胞を裏切って魔族側についた勇者ですのね」
「あ"?」
「ヒッ⁉」
重低音を発したレイの表情から感情がすこんと抜け落ちた。殺気も怒気も、少し足りとも感じられない、まるで人形を思わせる無機質な表情に、本能的に悪寒を感じたアルカナは小さく悲鳴を上げた。
「誰が、何だって……?」
「あ、あぅ。だ、たから、貴方があの、裏切り者の勇者と」
「誰が、何時、勇者になることを容認したと?」
「ひぃっ」
膨れ上がったレイの殺意に、今度こそ腰を抜かした。
「俺は一度も勇者になると公言した覚えはないし、そもそも迷惑だったんだよ。それを赤の他人でしかない精霊に、何故裏切り者呼ばわりされなきゃいけない」
「な、あ、うぅ……。勇者といえば、人にとっては誉れなことで、選ばれたことは栄誉あることでしょう⁉」
「有難迷惑って言葉を知らないのか。とんだ世間知らずの精霊だな。嘆かわしい」
侮蔑を向けられるのはアルカナの方だった。
レーツェル・ヴァルト、現アップグルントから一度も出たことの無い、出ようとしたことの無いアルカナは視野狭窄、自分の見たものだけが真実であり全てである。だからレイの境遇も彼女からしてみれば腰抜けが逃げたぐらいにしか捉えられず、自分がそう思ったんだから当然だと答えを押し付けていたのだ。
それを、今まさにレイによって全否定されている。
「ふざけるなよ。例えリズ姉の妹だとしても、俺はお前ごときに凌蔑される謂れも筋合いもない。自分の価値観でしか発言出来ないなら黙ってろよ」
「~~~ッッッ‼ 貴方、わたくしを何だと思ってますの⁉」
「失言精霊」
「~~~~~ッッッ‼」
淡々と毒を吐くレイと、失礼なっと怒鳴り散らすアルカナに、外野と化しているアイヴィスたちは呑気に二人のやり取りを見ていた。
「なんだろうな。負け犬が吠えているようにしか聞こえないんだが」
「誰からも賛同を得られないのは確実ですからね。負け犬で間違いないかと」
成る程、と頷くアイヴィスとリティスは当然のようにレイの味方だ。むしろここにはレイの味方しかいないため、完全にアルカナは孤立無援状態である。
しかし自他ともに認める負けず嫌いは勝機がないと理解できずに尚喚く。
「くっ、貴方、わたくしにこんな暴言を吐いて! わたくしの兄弟が黙っていなくてよ‼」
『いいえ、黙るのは貴女の方ですよ』
何処からともかく聞こえる澄んだ声に、リティスがあっと声を出した。
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