37話
レイにとって、戦うとは命を奪う行為と同意義だ。
勿論、戦争によって得られる領土、労働力、宝石などの金品が国にとってどれだけの価値をもたらし有意義な行為であるのかは、国王が呼んだ教師によって知識としては知っている。
だが、それ以上に剣を持つことは、心を疲弊させ、自分も他人も傷つけることだと教えてくれたのは、やはり教育係だった騎士団長だった。
十歳になる前のある日、騎士団長に連れられて魔物討伐を経験したレイは、命が奪われる恐怖を目の当たりにし、身に刻むことになる。
騎士団長が展開した結界の中で、彼に肩を抱かれながらその様を見ていたレイは、戦うことに恐れを抱いた。
戦うとはなんだ。何のために戦うのだ。ーー自分は何故、誰のために戦うように先導されている?
カタカタと身体を震わせるレイに、騎士団長は静かな声音で、しっかりと言い聞かせるように抱き寄せた。
『覚えていて。戦うことはなにも、悪いことではない。でも、それによって失われるものの尊さ、嘆き、怒りがあることを、決して忘れてはいけないよ』
自分を抱く腕は暖かくて、優しかった。失われれば、この温もりも無くしてしまうのだと、幼いレイは悲しくなった。
当時の騎士団長の教育故に、レイは戦い嫌いの他称勇者になったわけだが、結果が敵対していた魔王と仲良くなって、挙げ句異世界逃亡に手を貸してもらったのだから、何が起こるかわからない。
まあ、そんな経験を積んできたレイだから、クラスメイトたちにも現状理解の場と、選択肢を与えたかったのだ。ーー些かやりすぎの体はあるが。
「これでも、戦いに出れる? 今度は魔物じゃなくて、人が死ぬ場面を、見ることになるよ」
レイは言いながら掌を上に向けて、鋭い氷の塊を形成した。
「魔法ひとつで、容易く命を奪える。……これがわかっても、攻撃魔法を会得したい? 会得して、元いた世界に戻っても、変わらずに過ごせる?」
そう。懸念すべきは今ではない。帰還してからの生活だ。
レイは生まれた世界の特徴から魔法が身近であり、むしろ進んだ文明を持つ地球の在り方が異次元に感じられた。もし魔法という甘美な力を手に入れた場合、人はどうなるのか。また戦うことを覚えた人間が、誰かを傷つけることなく過ごせるのか。……それが、不安の種だった。
「魔法は、皆のいた世界よりも簡単に殺せるよ。ちょっと魔力を込めて放出すればいいんだから。……血の味を覚えた一部冒険者の末路を見てきた俺だから、言うけど」
レイが組まされたパーティーの中にもいた。魔法剣士だったのだが、血に飢えた化け物のような人間が。敵である魔族とはいえ、無抵抗の女子供関係なく剣を降り下ろし、絶命する様を嗤って見ていたあの男。
「一度、魅入られたら戻るのは至難の技だよ。それでも」
「~~~それでも!」
梨香が勢い余って言葉を遮った。
「魔族の人たちが、とてもいい人たちだって、この一月ですごい感じたわ。その人たちが、私たちが守られてる中命を懸けてるのを知って、なにもしないなんて出来ないよ!」
「そうだな。例え、殺す覚悟は……当分出来なくても、それでもオレたちは見捨てる選択肢だけはしたくない」
「恩を仇で返す、じゃないけどさ、ここまで面倒見てもらってなにもしないのは自分が納得できないし。それに結界魔法を覚えて、治癒魔法を会得して、……攻撃魔法を身に付けることは、きっと将来役に立つと思うんだ」
「う、ん。せめて魔物討伐をする覚悟が、出来れば、食糧調達、とか、出来るし」
「希望としては斎賀の隣に立つことだけどさ、無理そうでも、足手まといにはなりたくないさー」
顔色悪く、でも言いきった彼らに、レイは深く息を吐いた。その肩をアイヴィスが軽く叩いてやる。
ーーレイの敗けだ。
「……わかった。でも、どのみち今の状態だと攻撃魔法は二の次だから、結界魔法と治癒魔法……は、才能もあるから……医療知識を極める方向で進めていくよ?」
「「「おう‼」」」
「「「うん‼」」」
強い光を宿した瞳で、レイを仰ぐ彼らに、再び深く息を吐き出した。
ついでに、一つ物言いたい。
ーー俺、戦うなんて一言も言ってない。
断固として戦うことを拒否する元勇者であった。
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レイの『光天浄界』を受けなかった魔物の処理を終え、一段落ついた一行は、召喚者組の疲労状態を見て城への帰還を決めた。
「そろそろ帰還しよう。騎士団たちは準備をしてくれ。……ディア、結局この櫓はどうするんだ」
「ふむ。レイと同じくミニ・リベと呼ぶがよいぞ」
「名称を付けたら、尚のこと壊しにくくなるだろう。よもや、やっぱり勿体ないからそのまま残すとか言うんじゃないだろうな?」
「む。やはり駄目か」
「だから、魔物の巣になりますって……」
「レイに聖属性魔法を掛けてもらうのは……」
「それ、定期的に掛けに来なきゃいけないじゃん。やだよ、俺」
ぷぅっと頬を膨らませたレイに、ディアは肩を落としながら寂しそうに櫓ーーミニ・リベを見詰めた。
「良い出来なんじゃが」
「「「だから精巧に作るなと……」」」
呆れた表情を見せる子供たち(仮)に、母親(仮)は惜しみながら(それでも表情は崩れない。安定の鉄面皮である)ミニ・リベに手を差し出した。ーーが。
クスクス。
フフフ……。
キャハハハッ……。
何処からか不気味な笑い声が響き渡った。
騎士団たちがアイヴィスの周りを固めて抜刀する。クラスメイトたちはぎょっと身を固くしてわたわたとアイヴィスとレイの後ろに回った。
「これは……」
「思考干渉、ですね。小賢しい」
リティスが忌々しそうに眉根を寄せる。
「ディア……」
「ふむ。知能のある魔物とは違うの」
では、とレイが言葉を発する前に、また声が響いた。
クスクスクスクス……。
フフフ……フフフ……。
キャハハハッ、キャハハハッ‼
どんどん音量を上げて恐怖を煽っていく正体不明の存在に、クラスメイトたちが身を寄せあって結界魔法を使えるように構えた。
その様子にレイはおや、と感心して微笑む。
しかし、結界は必要無さそうだ。何故なら。
「とっとと出てらっしゃい。不愉快ですよ」
ブォンッ‼
リティスの掌に光の球体が出現した。
魔力弾を作成し、暴挙に出ようとしたリティスに、慌てたのはアイヴィスだ。
「リティス」
「問題ありません、陛下。脅すだけです」
制止空しく、リティスは容赦なく在らぬ方向にぶっ放した。
そして。
ボンッ!
「ギャッ⁉」
バサバサバサッ……ドスンッ。
魔力弾が直撃した音と悲鳴、何か重たいものが落下した音が立て続けにして、レイはあーあ、と溜め息を吐いた。
木の上での所業だったのだろう、高いところから落下した人物は、勢いよく打った臀部を擦りながら涙目に叫び文句を口にする。
「いった~……。酷いですわよ、なんて乱暴をなさるの!」
「先に自分がやったことを反省するべきだと思いますがね」
鮸膠無いリティスの反応に、少女ーー左右二枚ずつ、四枚羽根の耳に銀色の髪をした精霊族は、更に喚いた。
「だって……! それもこれも、貴女様がいけないのですわ」
修羅場にどぎまぎしていた一行に、精霊族の少女は爆弾を投下する。
「待てど待てど帰ってこない……何時になったら帰って来るんですの⁉ ーー精霊王様‼」
「「「…………………………はあ⁉」」」
驚いた面々はリティスに視線を集中させるが、当人は知らん顔。事実を知っていたアイヴィスとディアだけが、頭を抱えるのだった。
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