36話
特訓の方法はこうである。
まず、結界班こと召喚者組が結界を構築。しかし板状の結界のため、隙間から魔物が侵入してくる。それを騎士団員が魔法で討伐する。櫓班は飛行可能な動物、また騎士団員でも対処できない大型の魔物ーー所謂災禍級の魔物に対する念のための配置である。
魔力は個体差によって限りがある。
召喚者組の中でも秘めた魔力量が多いのは攻撃型の三名だが、それでも騎士団員と比較すると雀の涙でしかない。ーーレイ、アイヴィス、ディアに至っては比較対照がないほどの保有量を誇るため、化け物扱いされている。儂らを倒したくば竜種を連れてこい、とはディアの言である。
因みに現在確認されている竜種の最高位は天災級であるが、そのわりには温厚な性格な上に人懐っこいのでまず敵には回らないだろう。そもそもアイヴィスのペットなので、尚更だ。
魔力が尽きた時用に待機しているのは補充、強化班だ。
此方は召喚者組からは二名しかいなかったため、残りは騎士団員が穴を埋めた。
とはいえ、実のところ補充、強化の魔法は術者に負担が掛かるために魔法の乱発は出来ない欠点がある。いかに彼らの負担にならないように結界を上手く張り、一撃で仕留めるかが課題となる。
「じゃあ、そろそろ訓練を始めよう」
レイが開始を宣言するが、そこで挙手が上がる。
「はぁい。レイくん、しつもーん」
独特な口調で質問したのは瀬名 瑞姫だ。恋する乙女はちょっとした会話の好機も見逃さない!
「魔物ってぇ、どうやって集めるのぉ? 普通ならぁ、急に遭遇するものでしょぉ?」
「ん。これを使う」
そう言って懐から出したのは、握れる大きさの黒い球体。レイはそれを手で弄びながら説明する。
「これは玄人の魔物ハンターが使う撒き餌を、更に超高濃度に圧縮した俺のオリジナル。これを空で爆発させて撒き散らせば、魔物が集まってくる仕掛け」
「態々作ったのか……」
アイヴィスが苦笑を漏らす。
実力に自信のあるアイヴィス、ディアはその程度の反応だったが、リティス他騎士団員は、嫌な予感に冷や汗を掻いた。
ーースッゴい嫌な予感がする……!
「じゃあ、行くよ。全員気を付けて」
レイは思い切り力を入れて球を放り投げ、風魔法を放つ。
「ーー一気に魔物が押し寄せてくるから」
ドォン……ッ‼
放たれた魔法は一直線に球に直撃、その中身を撒き散らした。
そしてーー。
数分足らずのことだ。
ドドドドドッ…………
四方から地鳴りが響き渡った。騒音染みた音に、召喚者組がびくりと身体を震わせる。慣れた騎士団たちは、リティスの号令に瞬時に対応を見せた。
「来ます‼ 全員迎撃態勢‼ 召喚者たち、結界構築を!」
「「「はっ‼」」」
「「「は、はいっ!」」」
号令に戦々恐々とするが、教師役のレイの怖さを思い知っている彼らは順応能力がわりと高かった。間髪入れずに結界を張る。
レイが彼らに教えたこつは、強固な壁をイメージを明確にすること。常に同じ強度を保とうとしないこと。此方は魔力の消費を押さえるための助言だったが、口酸っぱく何度も言われていたので頑張って調節を覚えた。
覚えた、が。
ーーこれはない‼ とクラスメイトたちの叫びが重なった。
レイの作成した撒き餌はえげつない効果を発揮した。……悪い方向で。
「ちょぉぉぉおおおお⁉ レイ、これないっ」
「ヒャアァァァアアア!!?」
「お前ら、実は余裕だろ……」
悲鳴あげてる時点で、と呆れた表情でレイは黙々と飛行する魔物を打ち落とした。
最初に現れたのは狼の魔物だ。その数は十を越え、獰猛な牙を剥けて襲い掛かってきた。
後から後から襲い来る狼、猪、猿、熊の魔物に、気が遠くなる。
「ひっ……!」
小さく悲鳴を上げながら結界で防いだ愛美の後ろから騎士団が水魔法を使って眉間を撃ち抜いた。
その際、血が飛び散るのに、また悲鳴が上がる。
淳たちは、やっと戦うことの意味を理解した。
戦う、即ち、相手を殺すこと。
レイが、自分たちの要求を飲んだこともあるだろうが、頑なに結界魔法しか教えなかった意図を、思い知る。ーー覚悟なんて、微塵もできてなかったことを。
「うああぁぁぁ……」
錯乱ぎみに、目の前の光景から目を離すことも出来ずに凝視して、でも焦点があっていない者が数名。
相手は人ではない。だが、幾ら魔物と言えど流す血は同じ赤い色で。自分たちと同じく生きている命で。それが目の前で喪われていく現状に、淳たちは固く目を瞑った。
ーー俺ら、全然意味を理解なんかしてなかった……!
小説や漫画とは違う、現実。命を奪うことの罪悪感と恐怖を身に刻まれた。
辛うじて結界を張り続けるクラスメイトたちに、レイは限界を悟って静かに目を閉じた。
「『聖属性魔法ーー光天浄界』」
レイを中心に、光の渦が巻き起こる。
アイヴィスたち魔族はレイの使った魔法を確認して自分たちを結界で覆った。
『光天浄界』。天地を覆う程の光で一気に周囲を浄化させる、結界魔法を応用した聖属性魔法であり、レイの十八番である。
光はみるみるうちに広範囲を侵食し、魔物を飲み込み、光の粒子へと変えさせた。
その威力に、クラスメイトたちは思わず正気に戻ってレイの顔を仰ぎ見た。
「……認識の甘さ、理解した?」
レイの容赦ない一言に、ただただ頷くしかなかった。




