35話
アップグルントーー通称、暗黒の森。
黒みがかった緑色の葉が太陽の光を遮るほど生い茂った樹木と、幻妖花呼ばれる、人や動物たちを特殊な花粉で進路を迷わせる花が至ることに咲いていることから、惑いの大迷路とも言われている。
レイの宣告通り一月後、この暗黒の森にて魔物討伐の訓練をすることになったクラスメイトたち、代表 淳は、この人たち、なんで滅亡の危機に立たされてるんだろう……と頭痛を覚えた。
何故ならーー。
「ふむ。こんなもんかの」
暗黒の森の森の最深部、広範囲に拓けたその場所に、瞬きの合間に全員を転移させたディアが、満足そうに腕を組んだ。
「おー、はやーい」
「成る程。俺はこの森を通ることがないから盲点だったな。確かに転移してしまえば、幻妖花など驚異にはならん」
「流石です、創生神様」
感嘆に拍手をする義兄弟組に、外野と化している淳たちは置いてきぼりの心境になる。心の叫びとしては、こんな森の攻略法、あんたじゃなきゃ無理だよ!である。
彼らの心境を知らないレイたちは、てきぱきと次の準備に取りかかった。
「さて、訓練方だが……」
「それは、ディアと打合せしてある。ディア、お願い」
「あい、わかった」
レイの指示を受け、ディアは徐に手を地面に向かって差し伸べた。キィンと甲高い音が鳴り響き、淡い光の輪が発生する。『創造』の魔法である。魔方陣の中央が突如隆起し、みるみるうちに形を変えていく。
出来上がったそれを見て、レイは呆然と見上げながらポツリと呟いた。
「……ミニ、魔王城?」
出来上がったのは、魔王城を精巧に模した岩の城。予想とは大分違う出来映えに、レイは呆れた表情で抗議する。
「櫓を作ってとはいったけど、精巧な魔王城を作ってとは言ってない」
「む。何事も遊び心は大切と、儂の遊び心を否定するか」
「遊び心は良いが、終わった後これをどうするつもりだ。岩だから崩れないし、まさか態々解体して帰るのか?」
「残してもよいではないか」
「魔物の巣になりそうですよ……」
「む。それはいかんの」
子供達(役)に嗜められた母親(役)はさておき、必要なものの設置を終え、準備万端とレイが次の指示を出す。
「俺、アイヴィス、ディア、リズ姉が櫓……、えーっと。ミニ・リベのバルコニーに立ってーー」
「略した」
「なんで略した」
「櫓で良いじゃん」
「うっさい。淳たちは、ミニ・リベを囲う形で配置について。騎士団の皆はその後ろに。補助要員は騎士団の後ろで援護出来るようにしておいて」
スパンっと淳たちの突っ込みを切り捨て、さっさと持ち場につく。補足だが、補助要員とは、所謂強化や回復を担う魔法の使い手を指す。手から光の球体を出せなかった者の多くは、例外こそあるがここに分類される。丸山 鈴、曰野 斗真がそれに該当し、その中でも鈴は治癒系魔法の才能があるとレイが太鼓判を押した。
球体を出すことので来た面々は渋々指示の通りに配置についたそれは、鬼畜以外の何者でもなかった。
「えっ、何これ……」
「へ?」
冷静沈着の朝比奈ですらも、困惑で頬を引きつらせた。
何故なら、結界魔法以外を録に教えて貰っていない自分たちが前衛に配置されているのだから。
「この陣形は、淳たちの結界をすり抜けた魔物を騎士団、騎士団も撃ち漏らした場合は俺たち櫓班が魔法で狙撃する形態を取ろうと思っての配置だから。皆は全力で結界を構築するように」
「「「鬼か!!!!」」」
「失礼な。俺の時なんか一人で魔物の群れの中に突っ込まされたんだから、こんなの優しい方だろ」
「「「ごめんなさい!!?」」」
はんっ、と舌打ちをせんばかりに皮肉に口元を歪ませたレイに、何をいったら言いかわからずに全員が思わず謝罪した。
レイの暗い過去に耐性の着いているアイヴィスがこてりと首を傾げた。
「この訓練方は面白いが……彼らは中距離の結界構成は可能なのか?」
自分の目の前に結界を展開した場合、すり抜けたり破壊してきた魔物にとっていい的になる。
しかしレイは問題ないと首を振った。
「近距離結界ほど無駄なものはないから、多重結界と中距離結界を重点的に教えた。結界魔法とか、守護系の魔法に才能がある梨香と細野は第五層までなんとか張れる。攻撃系に才能が片寄ってる、典型的な攻撃型の淳と朝比奈、中川でも第三層まで張れるように特訓したから、大丈夫でしょ」
レイが近距離の結界を無駄だといったのは、単に結界を突破されたときの危険度を考えてのことだ。板状の結界を自分の目の前に展開した場合すぐに被爆するが、自分から離れた場所に展開できれば、例え結界を壊されても避ける余裕ができる。
しかし、攻撃型と言われた淳と朝比奈、中川にとっては寝耳に水で、まさか使える魔法に才能があるとは思わなかった三人が抗議の声をあげる。
「才能ってなんだよ⁉」
「攻撃型とか、聞いてないんだが……」
「えっ、オレたち、攻撃型なのに結界をスパルタで身に付けさせられてた……?」
不満が爆発した淳たちに、レイは慌てるでもなく、それどころか冷めた目で地の底を這うような声で返答した。
「戦う覚悟もできてないのに魔物を殺せと言われるのと、結界で取り敢えず身の安全を図るの、どっちがいいか言ってみろ」
「「「すみません、口答えして申し訳ありませんでした、許してください……!」」」
底冷えする冷淡な瞳と声音に震え上がった淳たちは土下座する勢いで頭を下げて謝罪した。
実はレイは、クラス内では怒らせてはいけない人物堂々の一位だったりする。声を荒らげるでもなく、憤怒に形相を歪めることもない。それはおろか、能面のごとく表情が抜け落ち、静かに鋭利な殺気に似た怒気を放つのだ。普段が末っ子体質な可愛がられる立ち位置なだけに、ギャップが半端ないとは担任の台詞である。
瞬時に行われた謝罪に、怒りを霧散させたレイは、切り替えも早く今後の予定を伝えた。
「心配しなくても、この特訓が終わったら攻撃魔法も教えるから。安心して」
「…………………………」
「…………うん、そっか」
この一月でレイのスパルタっぷりが身に沁みている淳たちは、苦虫を噛み潰した表情で黙るしかなかった。
安心って、何だっけ。
勇者なのに慈悲がない。




